會社を解雇された帰り道は、一人と一匹が増えていた。

その帰りの途中で、『そう言えば、片桐に最後の挨拶しなかったな』と思い出した。

會社の同期の一人で、それなりに仲良かった數ないの一人なのだが……『まぁ、誰かから事を聴くか』と、頭の中から追い払う事にした。

貓ちゃんは、そのままだと電車に乗れないので、仕方なくレジ袋にって貰った。

貓ちゃん――いや、にゃん太・・・・は現在レジ袋の中で靜かにしている。

その、にゃん太のったレジ袋を膝にのせているのは、"レジ子"基、神楽坂カグラザカヒトミだ。……何やら、申し訳なさそうにしている。

その理由は、俺を泥棒扱いした事でも、弁當を全て食べてしまった事でも、通費が無くて俺が代わりに出した事でも、これから家に泊まりに來る事でもない。

その事・・・を考えていたらしいヒトミが、聲を掛けて來た。

「あ、あの……さっきの『兄です』って、ありがとうございました……」

ヒトミが恥ずかしそうに言う。

「なに、良いさ。それに、電車賃が無い事忘れてて悪かった」

「いえいえいえ。そんな、挙がおかしかった私のせいなので」

「まあ、確かに、駅員に職質されるのは初めて見たな」

「ぷふぅ～」

俺の言葉に、しだけ頬を膨らませたヒトミが、自分の頬に手を當てて、熱を冷ますような仕草をしている。

……膝の上の、にゃん太を落とさない様に気を付けてしい。

先程ヒトミは、先程お金が無い事を俺に言い出せずにあたふたしていた。そのヒトミの行を不審に思った駅員が、『失禮ですが～』と聲を掛けて來たのだ。

通常の駅員とは違ったので、鉄道警察とかそう言ったモノだろう。

職質をされているヒトミを見て、俺が『そいつの兄ですが、なにか？』と割ってったのだ。

正直、駅員から本當の兄妹かの確認をされると思った。

しかし、直後に抱き著いて來たヒトミを目にした駅員が、何やら気まずさをじたのか、直ぐに開放してくれたのだった。

駅員も驚いていたが、俺だって驚いた。

「……あぁ、ほら、もう直ぐだ」

車両の、駅案のパネルを指差す。

そこには、予め教えておいた"最寄り駅"の名前が點燈していた。

「あ、ほんとです！」

「にゃっ！？」

ヒトミが、腰を浮かす様にして反応したせいか、袋にっていたにゃん太が聲を上げた。

……車に居る乗客の視線が痛い。

「……」

ジトっとした目で見る。

「にゃ、にゃあぁ～」

……ヒトミが、貓の鳴きまねをしている。

「……」

おをするようにしてしずつ、ヒトミの隣から離れて行く。

席に座った時は、周りに人が居た。

しかし、その大半が途中で殆どが降りる為、居ないのだ。

「な、なんで離れるんですかぁ～」

「いや、お前が挙不審だからに決まってるだろ」

「そんなぁ～」

「く、來るなって」

「え～……」

「ったく。ほら、著くぞ？」

最後の方は、乗客の殆どが笑顔になっていた。

取り敢えず、嫌な気分にさせて、逃げる事にならずに良かった。

まあ、ある意味逃げるのと変わらないのだが……実際恥ずかしい。

「わぁ、凄い――」

「……凄い、田舎か？」

「い、いえ、その……私の地元よりは大丈夫です！」

「大丈夫、って……」

余りにもフォローが下手過ぎて苦笑しながら、駅のホームへと降りた。

――無駄に豪華な駅舎を歩いて行く。

「何だか寂しいじですね」

ヒトミがビニール袋の底を、両手で抱えながら言う。

「まあ、そうだな……特徴のない街だが、強いて言えば"利用者がないのに駅が立派な街"が特徴だからな……仕方ないさ」

俺がそう言うと、ヒトミは引きつった笑いを浮かべていた。

その後、何事も無くガランとした駅舎を抜けた。

そして――

改札を出ると、數段ある階段を下りてから振り返り、言った。

「ようこそ、我が街へ！」

しおどけたようにポーズを取って、ヒトミに手を差し出す。

すると、一瞬面食らった顔をしたが、直ぐに頬をにへらっと緩ませて手を出して來た。

……今日一日で々な事があった事と相まって、ここ最近の疲れがピークに來ていたのだろう。普段だと絶対にしない、事をしている……その自覚がある。

しかし、そんな事はどうでも良い。

今日は、いつもと違うのだ。

ヒトミが差し出して來た手を摑むと、『さぁ、お嬢様此方へ』とおどけて見せた。

すると、ヒトミは笑いながらも『良きに計らいなさ～い！』と乗って來た。

…………

その後、こんな調子で街の中を紹介しながら自宅へと戻って來た。

「ただいま～」

いつも通り、ドアを開くと右手にある鍵置き場にカギを置き、一歩外で待っていたヒトミに手招きをした。すると、ヒトミは恐る恐ると言ったじで聞いて來た。

「……他に誰か居るんですか？」

「いや？　……どうしてだ？」

「あ、いえ、さっき『ただいま』って」

「……あぁ、帰った時はな……癖なんだ」

そう、出る時は自分一人しか家に居ないと知っているが、帰りは両親が帰っている可能が有るのだ。だから、家に帰っていても大丈夫なように"挨拶"を欠かさないようにしている。

俺の、『癖なんだ』という言葉を聞いたヒトミは、し考えるそぶりをしていたが、直ぐに"まぁ、いっか"と言った風に表を変えた。

……分かりやすい。

「お、お邪魔します……」

「あ、にゃん太は風呂……じゃ無くて良いか、洗面臺で綺麗にしてくれ」

……流石に、公園で寢ていたであろうにゃん太を、そのまま家の中にれる事は出來ない。

「はい……その、お風呂でも良いですか？」

「ん？　あぁ、良いが？」

「そ、それで、ついでに私もってしまったりしても……」

モジモジして、俯いている。

「……そういう事か、良いぞ。もしだったら著替えも持ってくるか？」

一応、母の著替えが簞笥にしまってある。

母は特別な型をしている訳では無いので、問題無いだろう。

……の辺りは母の方が大きいので、心配だが。

そんな事を考えながら見ていると、プルプルと震え出したヒトミに怒られた。

「あんまり、ばかり見ないで下さい」

「……そうだよな。悪いな……うん」

何となく、哀れんだ様な調子になってしまったのは仕方ないだろう。

……つくづく（格差って有るんだな）と思ってしまったのはだ。

「それで、著替えは必要か？」

「そ、その……」

「ん？」

「もしかして……その」

煮え切らない。

「どうした？」

「あの、そういう・・・・趣味ですか？」

……わけ分からん。

「そう云うって、どう云う？」

「そ、その『自分の服を著せたい』とか『後でいだ服を著て喜ぶ』とか……」

……微妙に、恥ずかしそうにしながら言っているのがまた、頭にくる。

「あほか、んなわけないわ」

「それじゃあ、普通に私に男の服を著ろって事ですね……安心しましたぁ～」

……未だに勘違いをしている。

「違うわっ！　……あれだ、ちゃんとがあるから！」

「え！？　……あっ！　そういう事なんですね……分かりました！！」

勢いよく頭を振って『分かった』と言うと、そのまま廊下を歩いて行ってしまった。

風呂が何処か分かるのだろうか……

そして、案の定――

「すみませ～ん、お風呂ってどこですかぁ？」

ヒトミの聲が、廊下の先から聞こえて來た。

『……そうなるよなぁ』と呟くと、ヒトミに風呂の場所を教えに行く事にした。