殺しの學 第13章
平二十四年の梅雨の時期、當直を終えた大倉春香は、缶コーヒーを買うためにサービスエリアを訪れた。この場所でしか売っていないコーヒーを飲むため、自販売機に手をばした時、突然彼の背後に長髪のが大倉春香に聲を掛けてくる。
「大倉春香さん。もうすぐ村上のやり直し裁判が始まるようね」
どこかで聞き覚えのある聲を聞き、大倉春香は背後を振り返る。そこには黒髪のショートボブの髪型の長のが立っていた。の首筋には黒子があり、である大倉春香でさえも注目してしまうほどの巨が特徴的だった。
白のシャツにタイトスカートを履き、黒のマリンキャップを深く被ったに、大倉春香は首を捻る。
「もしかしてあなた……」
そのは周囲に人がいないことを確認し、彼の口を左手で塞いだ。
「靜かに。三年前から変わっていないんでしょう? あなたの彼氏のから覚せい剤の分が検出されるなんておかしい。彼が無差別殺傷事件を起こすはずがない。この三年間、疑念を抱いていたあなたに面白いことを教えます。あの事件はある刑事を殺害するために行われた」
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は左手を離し、大倉春香は目を大きく見開く。
「どういうことですか?」
「彼はホストクラブの面接に行ったらしくてね。そこで丸山翔っていう男に出會った。その男は覚せい剤の売人で、あの無差別殺傷事件で亡くなった林警部補にマークされていました。それで丸山はどうしたと思う? あなたの彼氏に強力な覚せい剤を投與して、無差別殺傷事件を引き起こした。彼は無差別殺傷事件に偽裝して、林警部補を殺したんですよ」
「そんなことが……」
言葉を失う大倉春香に、は優しく彼の肩を叩く。
「酷いですよね。あの事件の黒幕は、今でもホストクラブで働いていて、大金を巻き上げているのに、あなたの彼氏は刑務所の中。そんな男を警察に突き出しても、怒りは収まらないよね。だからジワジワと彼を追い詰めて、殺しませんか? 兇だったらあなたに馴染み深い奴を手できますし、私の指示通りにけば、復讐は上手くいきます」
「確かに許せない」
の言葉によって復讐心に火を付けた大倉春香は、何度か會ったことのあるに従い、犯行に及ぶ。
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そして現在、大倉春香の前には、真相を見抜いた野次馬の男と対峙している。
「ある人というのは?」
「首筋に黒子がある巨の」
「分かりました」
澤春樹は予想通りの答えに頬を緩め、大倉春香から離れ、出り口に向かう。そんな彼の手には攜帯電話が握られていて、彼は片手でメールを打った。
それから三十秒後、大倉春香は潰れたショッピングモールの出り口から姿を見せる。その様子を三百ヤード離れた位置からスコープ越しに金髪の外國人男が見ていた。
レミエルはライフルのスコープで大倉の姿を捉えると、白い歯を見せ引き金を引く。銃弾が飛び出し、の頭を撃ち抜くのには、數秒も必要ない。頭からが噴き出し、その場へ倒れ込んだ大倉春香の近くには、瞳を閉じ佇む澤春樹の姿があった。真相を見抜いた彼は、先程まで生きていたのことを気にしない。
「見事でしたね。重要な証言を聞かせないために、渋谷花蓮を気絶させるなんて。ウリエル」
澤の言葉に反応して暗闇の中から、ポニーテールのが現れる。その、宮本栞は大倉春香のから目を反らし、彼に尋ねる。
「どうして私の正が分かったのですか?」
「手がかりは電話でのあなたの言のみ。あの時あなたは僕に聞きましたよね。まるでトカゲのしっぽを切るように、書に罪を著せる政治家をどう思うのか。その真意が気になった僕はあなたについて調べたんです。そうしたら、面白いことが分かりましたよ。あなたは七年前の一月にマンションの屋上から投自殺を図った桜井真の娘だってことがね」
「ラグエルの報収集能力は凄いですね。あなたの推理通り、私は桜井真の娘。確か私の母とあなたは馴染だったようで、一度會ってみたかったんですよ」
「なるほど。ところであなたはどうやってここに來たのですか?」
「仲間に送ってもらいました。ラグエルの自車の助手席に乗って、母についての話を聞きながら大學に戻るのも悪くないと思って」
を前にしても堂々とした彼は可らしくウインクする。その態度に澤は溜息を吐く。
「分かりました。乗ってください」
宮本栞の申し出を了承した澤は、自車を停めた空き地に向かい歩き始める。それを宮本栞は追いかけ、彼の右隣りを歩きながら、彼に聲をかける。
「どうして大倉春香は狙撃されたのですか? ザドキエルからは渋谷花蓮を気絶させろとしか聞いていなくて……」
「そのことですか? あると関わったから消されたんですよ。もっとも彼には別の思があるようですが」
「渋谷花蓮は一応気絶させましたが、それでも聞こえていたらどうしますか? 人間は死ぬ間際でも聴覚だけは健在だって言いますし」
「疑わしきは罰せよ。僕達が逃亡した後で、組織の殺し屋が殺害する手筈になっていますから」
ウリエルがラグエルの自車の助手席に座り、2人を乗せた自車は、夕に照らされた道を颯爽と走り抜けた。
7月10日の早朝、喜田參事は自宅のリビングで朝刊を読んだ。
『橫浜のショッピングモール跡地で若い2人のの』という見出しの新聞記事を瞳に映した參事は頬を緩める。
新聞記事によれば、ショッピングモールの解作業のため駆け付けた作業員が、頭を撃たれた若いを発見。その後通報をけた県警の刑事が中を調べると、首を絞められた別ののを見つけたらしい。殺されたは大倉春香。絞殺されたは渋谷可憐。警察は殺人事件と見て調べを進めているとのこと。
新聞記事を要約した喜田の元に、一本の電話がかかってくる。攜帯電話に表示された文字を瞳に映した彼は頬を緩め、それを耳に當てた。
『もしもし』
喜田の攜帯電話からは、大倉春香に殺人を唆したの聲が流れる。喜田は揺することなく彼に話しかけた。
「まさかあなたが黒幕だとは思いませんでしたよ」
『サマエルが容疑者になることは、想定外なことだったけれど、それ以外は計畫通り。丸山翔という覚せい剤の売人を消せば、私達が贔屓にしている指定暴力団流星會が販売する覚せい剤が売れやすくなる。暴力団の組長に商売敵を消してくれって頼まれたから、彼を利用しました』
「それにしては、やり方は回りくどいと思いますが」
『ただ殺すのも面白くないでしょう。問題はなぜ殺されたのか。商売敵だから殺されたっていう不純な犯行機より、復讐に手を貸した方が楽しいですから。覚せい剤と一緒ですよ。一度やったら二度と止めることができない。善良な人間に殺意を芽生えさせ、自らの手を汚さずに対象を消す。それが私の殺しの學です』
「相変わらずですね。それで要件は何ですか?」
『八月一日。私の仕掛けたもう一つの弾が発するから、処理を任せます。今回は消さなくていいからね。七年前の酒井と同様。以上ですよ。ナンバーフォーさん』
電話は一方的に切れ、喜田參事は床を強く蹴った。
「お前もか」
獨り言で不満を発させた參事は、新聞を畳み、職場である警視庁に向かい、歩き始めた。
          
【書籍化作品】離婚屆を出す朝に…
書籍化作品です。 加筆修正した書籍のほうは、書店での購入は難しいですがネットではまだ購入できると思いますので、興味を持たれた方はそちらも手に取って頂ければ嬉しいです。 こちらのWEB版は、誤字脫字や伏線未回収の部分もあり(完成版があるので、こちらでの修正は行いません。すみません)しばらく非公開にしていましたが、少しの間だけ公開することにしました。 一か月ほどで非公開に戻すか、続編を投稿することになれば、続編連載の間は公開します。 まだ未定です。すみません。 あらすじ 離婚屆を出す朝、事故に遭った。高卒後すぐに結婚した紫奈は、8才年上のセレブな青年実業家、那人さんと勝ち組結婚を果たしたはずだった。しかし幼な妻の特権に甘え、わがまま放題だったせいで7年で破局を迎えた。しかも彼は離婚後、紫奈の親友の優華と再婚し息子の由人と共に暮らすようだ。 思えば幼い頃から、優華に何一つ勝った事がなかった。 生まれ変わったら優華のような完璧な女性になって、また那人さんと出會いたいと望む紫奈だったが……。 脳死して行き著いた霊界裁判で地獄行きを命じられる。 リベンジシステムの治験者となって地獄行きを逃れるべく、現世に戻ってリベンジしようとする紫奈だが、改めて自分の數々の自分勝手な振る舞いを思い出し……。 果たして紫奈は無事リベンジシステムを終え、地獄行きを逃れる事が出來るのか……。
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