《未解決探偵-Detective of Urban Legend-》屋上、灰⑤
「死が人間にとって特別な意味ものであることは間違いない。では、その特別なものが失われようとしているときになんのもわかないというのは、一どういう狀況だろう?」
タバコの煙の向こう側を見つめながら、久我刑事は空に投げかけるように口にする。
勇吾はし逡巡したのちに、頭の中にある郭の甘い仮説を言葉にする。
「大きくわけて2つ考えられます。1つは、我々普通の人間とはまったく違う価値観を持っているということ。つまり、屋上で死んだ彼たちにとって、死が特別ではなかったという仮説です」
勇吾の言葉に、久我刑事は勇吾に視線を向けて「なるほど」と頷く。
「僕はさっき、當たり前の前提として、死が特別なものだと言ったけれど、そもそも特別に思ってないから、が大きくくことがなかったということか」
「はい。殘留は“個々の価値観”をベースに、一定の閾値を超えたときに発生します。たとえば、家族関係に価値を置く人にとっては、近親者のふるまいや狀況の変化が殘留の発生要因となる。逆に、そこに価値が置かれていない人にとっては、仮に同じ事態が起こったとしても、同じようには発生しません。殘留は、その人がどんな人間で、どんな価値観を持って生きているかが濃く反映されるんです」
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かつて勇吾は、未就學児の男児拐事件に関わったことがある。
幹也くんという5歳の年が拐され、の安全と引き換えに5000萬円の代金を奪われることになったというのがことの顛末なのだけれど、殘留によって関係者の思が浮き彫りになった最もわかりやすい事件の一つだ。
まず、拐犯からの1本目の脅迫電話をけ取った當時55歳だった彼の祖母。
話の目の前に殘された彼の殘留は、後悔と祈りだった。
普段家にいない両親に変わって幹也くんの面倒をみていた彼は、拐されるほんの數分前まで彼と一緒にいた。
『自分がいっときでも目を離さなければ、幹也がこんな目に合うことはなかったのに』
そんな悔悟の念がダイレクトに伝わってくるほど、彼の殘留は後悔と孫の無事を心から願う祈りに満ちていた。
次に、拐された事実が確定してから仕事を切り上げ家に帰ってきた幹也くんの父。
彼の殘留が生じたのは、代金の金額を聞いたその瞬間だった。
怒りと憤りに満ちたのと表。
そのと憤りは、犯人だけではなく拐される直前まで一緒にいた自分の母親、拐された勇吾くん本人にまで向いていた。
殘留は言葉を発さないが、雰囲気や表で言葉以上に伝わる。
『この忙しいときに本當に迷だ。しかも、5000萬円だ? なぜ、そんな金を私が払わなければならないんだ!』
そこには、息子の安否を願う想いは含まれていなかった。
もちろん、殘留は強烈なだけが寫像されるため、心のうちには幹也くんに対する優しさや案ずる心はあったのだろう。
ただそれが、自の仕事や資産を侵害されたことへの怒りに遠く及ばなかっただけなのである。
そして―最後の関係者である母親の殘留が生まれたのは、最も遅いタイミングだった。
彼は父親と違い、拐という事実に対し人並みに悲しみ、また真剣にを案じていた。
それは祖母と違い、殘留としてから滲み出るほどのではなかったが、そのこと自は普通にありうることだ。
の振幅がそもそも薄い人も存在する。
そういう人は殘留が生まれにくいのでそういうタイプなのだろうと、事件の渦中の勇吾は理解していた。
しかし、そんな彼の殘留は、あまりにも意外なタイミングで発生することになる。
代金のけ渡しが終わり、幹也くんが無事に帰ってきたあと。
警察の捜査が拐事件の解決から、逃走犯の捜索に切り替わったタイミング。
代金のけ渡し時のデータから作した犯人のモンタージュ畫像をみた瞬間に、彼の殘留は発生した。
そののは、一言でいえば驚愕だった。
あとからわかったことだが、拐の実行犯は結婚前の會社の上司であり、當時の彼の不倫相手だったのである。
―このように、全く同じ一つの事件であっても、価値観という眼鏡を変えれば、浮かび上がる事実、切り落とされる殘留はまったく異なる。
そしてこれは、今回の事件にも同様のことが言える。
生、あるいは死が人にとって極めて特別なものであるという認識があるからこそ、そこに殘留がないのはおかしいという仮定がたつ。
しかし、もし生きること、死ぬことが彼たちにとって特別なことではなかったら。
それ以外に大切な価値観を共有していたとしたら。
殘留が一箇所たりともないことは不思議ではない。
そういう特を持つの子たちが、一つの儀式、あるいはイニシエーションとして定期的に命をたっているということは考えられないか?
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