《黒竜王の婚活》1 黒竜王の婚禮(4)
翌朝、輿れの行列がグラシュリンガを発った。
民はこぞって軒先や屋の上や城壁の縁に顔を出し、行列を見送った。
名高き黒竜王も見初めたという王アンジュの貌を、ひょっとしてこの機會ならば拝めるのではないかと大勢が期待したが、アンジュを乗せた牛車は堅牢な箱狀の造りで、その戸は、行列が王宮を出て街の中央通りを抜け外壁の門に至るまでついに一度も開かれることがなかった。
それでも民は大いに楽しんだようである。
豪奢に飾り立てられた八臺の牛車を牽くのは、角を剪定せずに特別に育てられた純白の獏牛たちである。その前後に最上禮裝の護衛兵たちがおよそ二百人付き従う。磨き上げられた冑の穂先が朝をけてきらめき、青と金の旗が海からの風をけてはためいていた。
これほどの壯麗な行列が組まれたのはおそらくグラシュリンガの歴史上はじめてのことである。加えて行列の中程、牛車の並びの先頭には、白馬にまたがった王太子シナンジュの姿があった。
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國境までアンジュを見送る――といって聞かなかったのである。
シナンジュのわがままのために、護衛兵は倍に増やされた。
実際に國境までとなると行き帰りで丸一日が費やされてしまうため、見送りは街の北に広がる火炎樹の森を抜けたところまでとなった。
「アンジュ。ほんとうはおまえを……行かせたくない」
細く開いた牛車の戸の向こうでシナンジュは泣きそうな顔で言った。護衛兵たちはさぞかし弱り果てているだろうなとアンジュは思った。
「なぜ、おまえが、このような……なんの罪もないのに、ただ生まれの星巡りが悪かっただけなのに、なぜ死ににいかなければならないのだ……」
兄が自分のために嘆いてくれることはうれしくはあったが、アンジュは自分が死ぬことはもうどうとも思っていなかった。
いずれにせよ二百度目の満月までの命なのだ。
「しかたのないことです、兄さま」
なだめるように言う。
「もうお戻りください。父さまや母さまが心配しておられますよ」
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それでもシナンジュは戸に手をかけたままこうとしない。目を伏せ、肩を震わせている。アンジュはため息をついた。
「兄さまもこれから父さまを助け、國を支えるお役目があるのでしょう。私と同じです。私には私しか、兄さまには兄さまにしかできないことがあります」
やがてシナンジュの指が力を失って戸板からり落ちた。隣に控えていたマイシェラが戸を閉め、鏡に映したように同じ顔をした兄弟はの下と車の暗がりとに隔てられた。
シナンジュと、王太子付きの護衛兵百名が、行列を離れて元來た道を戻り始める。
飲み水を與えられた獏牛たちが再び歩き出す。アンジュは牛車の中で、遠ざかっていく馬の蹄音をぼんやり聞いていた。
雙子の兄との、永遠の別れ。
先刻の父と母との別れに比べれば、いくらか慨はあった。
王宮にいた頃は、なにかと自分にかまおうとするシナンジュを疎ましく思ったこともあったけれど、もう二度と逢えないのだと思うと、自分の中に兄を慕う想いがあることに気づいてアンジュはいささか驚いていた。
(お元気で、兄さま……)
アンジュたちの行列が襲撃されたのはその日の夕刻のことである。
ちょうど狹い谷が開けて行く手にウァスタヤ首都ゼスパの街並みが落を背に広がっているのが見えたところだった。
長旅で疲れていた護衛兵たちは、宿を取る予定の場所を目にして気が緩み、左右の崖を駆け下りてくる襲撃者に気づくのに一瞬遅れた。
矢が降り注ぎ、何頭もの馬がいなないて立ち上がり、倒れて騎手を投げ出した。黒い布を顔に巻いた一団が剣と松明を手に橫毆りの暴風雨のように行列を襲った。儀禮用の冑が斷ち割られて護衛兵がしぶきをあげて倒れる。
「黒宗國にへつらう犬めがッ」
「ウァスタヤの怒りを知れェッ」
下卑た聲が夕闇に響き、刃と鎧のぶつかり合う音でかき消される。
牛車にいたアンジュには外の様子がわからない。ただ荒れた聲と剣戟の音が聞こえてくるだけだ。腰を浮かせ、小さな窓越しに者に訊ねる。
「なにがあった?」
「敵が――」
そう答えかけた者は肩に矢をけて席から転げ落ちた。隣でマイシェラが悲鳴をあげかけて口を両手で押さえる。
「輿を囲め、殿下をお護りしろォッ」
護衛隊長が引きつった聲でぶのが聞こえ、なにか重たいものが牛車の戸にぶつかって車全が大きく揺れた。
アンジュは戸を押し開いた。
すぐ目の前でが飛び散りアンジュの視界を汚した。
牛車を背にしていた護衛兵の一人がくずおれ、その向こうに幅広の剣をで濡らした襲撃者の姿がある。賊はアンジュを目にしてわめいた。
「王だ、いたぞッ」
「殿下いけません中にッ」
だれかの制止する聲が飛ぶが、アンジュのはほとんど無意識にいていた。車から飛び出して貓のように著地し、橫薙ぎに振られた剣を躱すと、足下に倒れていた護衛兵の手から剣をもぎとりをひねりながら突き上げた。
刃は襲撃者の腹からまでを切り裂いた。
黒のはそのまま仰向けに崩れ落ちる。
むせかえるような鉄とのにおいの中で、アンジュはあたりを見回す。
きにくい儀禮用の甲冑をにつけたグラシュリンガの兵たちはすでに何人も土に橫たわり、軽な黒の襲撃者たちは二重に牛車を取り巻いている。何十人いるだろうか。
「ウァスタヤの恩を忘れた牝犬め……」
「ここで八つ裂きにして辱めて塊を黒竜王に屆けてやる」
憎しみの言葉がアンジュに吐きかけられた。
アンジュは剣の柄を握り直した。
頭の中が奇妙に冷えて冴え渡っていた。
黒の男たちが、もはや言葉にならないわめき聲をあげて刃を振りかざし走り寄ってくる。
「アンジュさまッ」
牛車からを乗り出したマイシェラがんだ。アンジュの後ろ姿が、殺到したいくつもの黒い影に呑み込まれて潰れたように見えたからだ。
けれど、稲がその黒い影を切り裂く。
くぐもったうめき聲とともに、黒の男たちはばらばらと倒れて土を噛んだ。
地面にだまりが広がっていく。
ひとり立つアンジュは刃のを払った。
華麗な宮廷服の袖や裾を汚しているのは返りだ。
殘りの襲撃者たちはなおアンジュを隙なく包囲していたが、目にはそれぞれ狼狽のが浮かんでいる。
「――こ、殺せッ」
聲が飛び、砂を蹴散らしてさらに何人もの刺客がアンジュに躍りかかった。アンジュの華奢な細が風をけた蝋燭の火のようにゆらりと揺らめいたかと思うと、弾けた。
一閃、また一閃――
黒のは斬り伏せられ、また跳ね飛ばされて宵空に舞う。
何人目がアンジュの刃にかけられたときか、恐怖が閾値を超えて一瞬にして襲撃者全員に伝播した。
「ひ、退けッ」
黒の一人がアンジュに背を向ける。
まだ十數人生き殘っていた襲撃者が次々とそれに続いた。
アンジュは剣を下ろし、急激にを呑み込む疲労の中で立ち盡くして、逃げ散る敵を見送っていた。
しかし、護衛隊長の必死の聲が飛ぶ。
「に、逃がすな! 全員殺せッ」
士気を取り戻した護衛隊が襲撃者たちの背中に飛びかかり、次々に斬り倒していく。アンジュの手にかかって打ち倒され、まだ息のある者も、隊長が手早くとどめをさしていった。
「……尋問しなくていいのですか」
護衛兵の一人がおそるおそる進言する。
「いい、とにかく一人も殘すな、殺せ!」
アンジュが手練れの剣士であるところを見られたのだ。黒宗國側にれる可能を考えれば一人として生かしてはおけなかった。
一行のうち、アンジュが花嫁を裝った暗殺者であると知っている者は、本人とマイシェラを別にすればこの護衛隊長ただひとりである。だから他の者たちはなぜ賊をひとりも生け捕りにしないのか理解できない。不可解な命令に従って殺戮を遂行した。隊長としても、理由を説明するわけにもいかない。
アンジュはぐったりと後ずさって牛車に戻った。
「アンジュさま、お怪我は」
マイシェラが裾や袖をまくりあげてを確かめてくる。
「大丈夫。みんな返りだ。著替えを」
息をつき、自分の手を見下ろす。
人をはじめて殺した。
ごく自然に、あれだけ大量に。
まわりの者たちもアンジュの強さに度肝を抜かれただろうが、いちばん驚いていたのは他ならぬアンジュ自だ。
キサナに教え込まれた剣技がこれほどのものだとは思っていなかった。
(まぎれもなく、殺すための剣だ)
(でも、おかげでマイシェラを護れた……)
アンジュは目を閉じてマイシェラのにを預けた。
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