《出雲の阿國は銀盤に舞う》一章(2)

確かに昨日、ホテルでヒマしていた俺は深く考えずに姉へ、今日の予定をラインで送った。そして彼から返ってきた『大丈夫?』のメッセージの意味が分からずスルーした。すると最後に送られてきた、

『あたしが行ってあげる!』

という返信を冗談だと思い放置してしまっていたのだが、俺はここでそれが本気だったと思い知ったわけである。

姉の家は俺の自宅の隣。

昔から姉ちゃん風を吹かせ、最近じゃ特に俺の世話を焼きたがる同高の一つ上。姉としての役割に生き甲斐をじているのかもしれないが、それにしたってここまでくると半ば病的だ。

「……なあ、姉。確かに世の中って、んな人がいるから面白いとは思う。だけどこれ、さすがに普通じゃねえよ。馴染みの修學旅行を追ってくるヤツっている? 聞いたことある? そんなんしてるからモテねえんだぜ?」

「ただの馴染みじゃないでしょ? あたしたちカップルじゃん」

「誤解を生む言い方をすんじゃねえ。アイスダンスのカップルだろ。だけどな、それでも有り得ねえよ、これ」

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「トモちゃんがいるなら地獄でも行くけど」

「來んな」

ピシャリと斷ると、姉は「またまたあ」なじで俺を指でつつく。その謎の自信はなんなのだ。

「……――もう、いいよ。俺は行くからな」

やり取りにいい加減うんざりして立ち上がり、俺はため息じりに歩き出す。気配で姉も付いてくるのが分かったが、なんとなく振り返ったら負けな気がした。

姉さ。だいたい、どうしてこの停留所で俺が降りるって分かったわけ? 停留所は他にもあるし、駅とかの可能もあんだろ」

「だってここ、出雲大社までちょっと歩くけど、あの白い石の鳥居をくぐれる良い場所なんでしょ? トモちゃん、絶対に通ぶってここで降りると思ったから」

この野郎。

「時間だって予想通り! この世で一人のトモちゃんマニアだからね。大事にしてよ」

完全に行を見かされているのが癪に障る。俺は不快を速度に込め、そのままさっさと歩を進めた。すると姉は小走りで俺の隣に並び、

「あ、ねえねえ。トモちゃんの荷さ、あたしのバッグれてあげよっか。それ小さいからるよ」

歩調を合わせて、肩にかけた俺の鞄に手をばしてくる。

「いらねえよ、自分で持つ。だいたいそっちの鞄だってパンパンじゃねえか。マジで一人分の荷かよ、それ」

「もう。怒らないでよ。っていうか大丈夫なの? ホントーにいじめられたりしてない? 友達いないんなら、あたしが付いて行ってあげるけど……」

「だからもうさ、マジで……」

俺はまた大きく息を吐き出し、頭をかいた。そしてチラッと姉を確認するけど、彼はなにが楽しいのかニコニコ笑ってこっちを眺めたままだ。それを見て、またため息をついてしまう俺。

「だいたい姉、學校は? 三年は普通に授業だろ?」

「大丈夫だよ。學校には遠征って言って休んでるから」

姉は指で丸を作って笑うが、大丈夫の拠が不明である。

「――それに、トモちゃんさ……」

「ん?」

落ちた聲のトーンに、思わず振り返ってしまう俺。

「……去年の冬、あんなことあったしさ……。最近だって元気ないし、そんなときに修學旅行の自由行抜けるって言うんだもん。あたしも責任じちゃうし。ちょっとくらい心配させてくれたっていいじゃん」

姉に責任なんてねえだろ。いい加減にしろ」

答えつつ、姉の言葉で俺は『あんなこと』を思い出し、頰に手を當てる。でも頰を押さえるこの手の犯したミスが全ての原因だったと思うと、なんとも言えない微妙な気持ちになってしまった。

「……だいたい、その厄落としでここ來てんだから」

つっけんどんに言うと、姉は答えを返さずに、困ったように眉を下げる。

うーむ。俺はこの表に弱いのだ。

「……ま、いいんだけどさ」

言葉を付け足すと、俺はふんだくるように姉のバッグを取り、肩に擔ぐ。すると彼は顔に満面の笑みを咲かせ、俺のシャツの裾をつまんだ。

まんざら悪くない気分だけど、ああ、こうやっていつも俺は、彼のペースにはまってしまうのだ。

アイスダンスはフィギュアスケートの種目の一つ。

氷上の舞踏會とも形容され、男一組が音楽に合わせしく優雅にる競技である。

トリプルアクセル! とか、四回転ジャンプ! など、シングルやペアのようなアクロバティックな要素がない分、ステップの複雑さや正確、カップルのユニゾン、そして曲想の表現に重點が置かれ、見応えもたっぷりだ。

クラスは年齢別で大きくノービス、ジュニア、シニアとあり、俺と姉はそのジュニアクラスの選手なのだが……。

正直に告白する。

俺にとって悩みのタネの質。それは重度のあがり癥だ。

日常生活に支障はないが、多ギャラリーが増えると発癥してしまうという、選手として致命的なもの。練習ではそれなりにれるが、試合じゃミス連発でいつも下位に甘んじている。

それでもどうにか続けてきたアイスダンスだが、しかしとうとう數ヶ月前、先ほど姉の言葉に出ていた『あんなこと』が起こってしまった。競技中での出來事だ。

アイスダンスにはダンスリフトと稱される要素がある。

細かく分類すると種類も多いが、多くは男を持ち上げてったり回転させたりする技だ。

側が持ち上げられるわけだから、當然、ミスをすれば事故に直面するのはの方。アイスダンスは頭より上の位置で支えるリフトは止だが、それでも高い位置に持ち上げればそれだけ、落下したときの衝撃は大きい。見た目よりはるかに危険が伴うエレメンツで、だから男側には死んでもパートナーを落とさない、という気概が必要だ。

……という基本は理解していたのだが、俺は競技中にそのタブーを破ってしまう。そのときはギャラリーなどそれほど多くなかったにもかかわらず、俺のあがり癥は憾なく発揮された。

見られている、試されていると思うとが変に強張ってしまい、姉を支える力が俺の手にどうしてもらない。しかもスケート靴のつま先、トウのギザギザがリンクの傷にはまり、バランスもし崩れた最悪のタイミング。

ヤバいと思った直後に掌中から重量が消え、やってしまったと思ったときはもう遅い。

俺の手は宙をかいていて、姉は肩の位置から落下。からリンクに叩き付けられ、橫転したままを氷にらせた。った長さと不自然な姿勢は落下の衝撃を語っていて、一瞬で場は凍りつく。肝心の俺は頭が真っ白になり、すぐに駆け寄ることもできなかった。

どうする? どうしたらいい?

周囲から集中する眼差しも俺を萎させる。視線に飲まれて膝から崩れ落ちそうになっていると、

「平気平気!」

痛がる素振りも見せず、姉は即座に立ち上がり競技へ復帰した。そのときは心から安堵したけど、でも彼の打撲はかなりひどいものだったとあとから人伝に聞いた。

そしてそのあとは、もう競技にならなかった。

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