《神籤世界の冒険記。~ギルドリーダーはじめました~》プロローグ_故郷を仰ぐ
それは正しく、世界の終わりだった。
『塔』の発見以前から、數多の神話、數多あまたの予言者がいつか來たると定めていたその日が、ついに世界に訪れたのだ。
しかし、覚悟をしていたとしても、目の前の景の衝撃が和らぐことはないだろう。
今まで積み重ねてきた歴史が終わると言われて揺しない者は、未だ積み重ねた歴史を持たない嬰児えいじだけだろう。
事実、通信球の向こうで沈痛な面持ちを浮かべる男は、その事実に打ちのめされているようだった。
日頃の悍な聖騎士としての姿はなく、を強く噛み締めることで神の均衡を保っているようだった。
《——すまない。教會は混が続いており、我々はきが取れない。もしも我々がここを離れれば、聖下をお守りするだけの武力がなくなってしまう》
「分かってるさ。門のこっちで観測できる異常なんて、ちょっとしたの異常行くらいだろうからな。でも門の向こう側は、とんでもない狀況だぞ。なんせ、世界が混ざり合ってる」
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《本當にすまない。死ぬならば君とともに戦場でと言い続けていたのに、こんな形になるなんて……》
「だったら、さっさとそっちの騒ぎを鎮圧して、助けにきてくれよ。——お前ならできる。お前が嫌ってるあらゆるものを使えば、できる」
通信の向こう側にいる相手が、政治に関わることを嫌っていることは知っている。しかし、それは政治的な力を持ち合わせていないということを意味しない。
彼ならば、次期聖騎士団総長を確実視されている彼ならば、教會の軍事力である聖騎士団を完全に掌握し、その清廉な信念と研ぎ澄まされた暴力でもって教會を纏まとめ上げることができる。それをしないのは、彼の聖職者としての倫理観からだった。
友人として、その強固な倫理観にこの上ない敬意を抱いてきた。しかし、今はもうそんなことを言っていられる段階ではない。今日より先の未來を手にするために、あらゆる手段を求める。
「いつもと同じだ。そっちはまかせる。こっちはまかせろ。俺たちは違う戦場にいるんじゃない。遠く離れているだけの、同じ戦場にいるんだ」
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平穏な世界を守る戦いに、後方などありはしない。あらゆる場所が戦場であり、そこで戦う者すべてが戦友だ。
躊躇ためらいなくそう言ってのける友人を、騎士は眩まぶしそうに見詰めた。ならば、自分に課すべき使命はひとつ、曇りなき友に応えるという騎士の、否、男子の本懐のみだ。
《承知した。武運を祈る、冒険者ギルドの長よ》
「そっちもな。教會聖騎士団筆頭」
しい敬禮を見せ、聖騎士の姿がかき消える。
最後の回しはこれで済んだ。あとは戦いに勝てばいい。
それで、自分がこの世界でし遂げるべき仕事クエストは終わりだ。
「さぁて、イベント最終日。突っ走るとしようか」
馴染なじんだ外套がいとうを羽織り、彼は拠點の一室を出る。
そうして、向かうのだ。門の向こう側、自分とその仲間たち、『冒険者』が切り拓いた迷宮の世界へと。
◇ ◇ ◇
最前線。
転移裝置を抜けた先、荒野が広がるそのエリアは、冒険者たちにそう呼ばれていた。
冒険者とそれ以外のありとあらゆる叡智を結集し、見つけ出した場所だ。ここでの戦いが、そのままこの世界の運命を決定付ける。
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「世界の終わりだな。まるで」
誰が呟つぶやいたのか、その言葉はまさしく周囲の景をひと言で示していた。
膨大な魔力が嵐のように渦を巻き、耳元では風が悲鳴を上げ、巻き上げられた砂塵さじんがを打ち付ける。雷が轟とどろき、地面は脈している。
それだけではない、人々の助けとなるべく作られた魔法は環境に適応できないため半數が使いにならず、高位の防式を施した裝備をに纏まとっていなければ、一般人はこの場に立つことすらできない。大規模な魔法的環境変に伴うマナの運が、強風や魔法能力低下という形となって冒険者たちを襲っていた。
そんな中でも、彼ら高位冒険者は目的地まで無駄口一つ叩くことなく、戦闘への張と、経験に裏打ちされた余裕のふたつを抱えて走り続けている。
《こちら煙水晶斥候隊インヴィジブル・スカウター第一分隊。目標地點に到達した。敵勢は未だ姿を————っと、訂正、お客さんは団で到著だ》
冒険者たちの耳には、それぞれ形こそ違えど魔法晶で作られた耳飾りが付いている。持ち主の聲をけ取って同じ振數を持つ魔法晶へと送り出し、また屆いた振を音に変換して持ち主の耳に伝える魔法道だ。
そこかられ聞こえる聲は、楽しげに弾んでいるように聞こえる。しかし、冒険者たちは知っている。
この聲の主は、窮地に陥れば陥るほど明るい聲を出すのだと。そしてその明るさが、自分たちの張を適度に解してくれる。
《こちら本部、インヴィジブル、敵の數はどれくらいだ? 我らがリーダーの顔が死じみてきた。さっさと覚悟を決めさせてやってくれ。見るに堪えない》
《ははははっ! そいつは悪かった。ざっと二〇〇ってところだな、なおも増加中!》
《本部了解。——おい、リッタ、そろそろ覚悟はいいか?》
通信の向こうでなにが起きているのか、そこにいる冒険者たちは容易たやすく想像することができる。
自分たちが指導者と仰ぐ男が、いつものように「センサーよ鎮まりたまえ、よ消え失せたまえ」といずれの教義にもない奇妙な呪いを唱え、「謝のスクワットっ! 筋は決して裏切らない!」と珍奇な踴りをしているのだろう。
そうすることで運がよくなるのだと彼は常々言っていた。それが真実かどうかは彼らにとってさほど重要ではない。それによって彼らの指導者がやる気になるというなら、それでいい。
《こちら本部、グジョーだ。みんな、聞こえているか?》
通信に老若男様々な返答が満ちる。
中にはガンガンと武防を鳴らす者もおり、かなり騒々しい。
それを聞き、男は大きく深呼吸をしたようだった。
《ありがとう、みんな。では始めよう》
を押し潰した聲だ。
《最初に言っておくが、世界を救うなんておまけだ。俺たち冒険者は騎士じゃない、正義の味方じゃない、ただ、俺たちはまだ満足していない。この世界が壊れてしまったら、俺たちは満足できないまま死ぬことになる。そんなことはごめんだ》
冒険者が得るのは富であり、名聲であり、地位である。しかしそれらは、究極的にはたったひとつの言葉に集約される。
《冒険者ギルド総員、前進。さあ、大いなる自己満足のために冒険をしようじゃないか!!》
大きな歓聲とともに、冒険者たちが一歩を踏み出す。
その行進はゆっくりと始まり、やがて秩序だった疾走へと変わる。
《洋銀騎兵隊ニクロムライダーズはそのまま敵中央を突破、左翼方面に運して敵を攪。紅玉抜刀隊ルビーブレイズ、轟鉄重裝隊アイアンウォールは連攜して敵中央を押し込め》
赤い飾りを腕に巻いた軽裝戦士たちが、全を鎧よろいにを包んだ重裝兵を従えて前進する。
紅玉抜刀隊と呼ばれた戦士たちはそののこなしを生かして迫り來る軍勢に飛び込み、縦橫にき回りながら敵を斬り裂いていく。
ひとつ間違えれば敵の爪や牙きばがそのを引き裂くだろう。
だが、彼らはそれさえも楽しむ。自分たちの命の燈火が消え去る剎那せつなを楽しんでいる。並大抵のパーティでは単なる死にたがり扱いされてしまうところだが、そうした者ばかりを集めたこのギルドリーダー直轄の切り込み部隊ならば、戦法、趣味の合う者同士でチームを組んでいることもあって常に最高速度で戦場を駆け抜けることができた。
一方の重裝兵たちは盾を構え、敵勢の最先鋒をけ止める。重裝兵たちはひとりとしてその場から後退あとずさることなく、自らの軀の何倍にも達する敵をけ止め、押し戻した。
彼らは仲間を守ることにその命を懸けると誓った者。盾の騎士、シールダー。
その戦いは、盾を握り、大地を踏み締めること。
彼らもまた、本來のパーティであれば消耗品のひとつとして扱われる。どれだけ堅牢な裝備でを固めようと、それを超える敵は必ず存在する。
それを防ごうとすれば、裝備に対する莫大な投資が必要となるだろう。だから、彼らはそれに耐えられないパーティでは長生きできない。
本來ならば爪弾きにされるか、反目しあって命を落としていたはずの人々がともに戦っているのは、彼らの仰ぐものが冒険者ギルドの旗だからだ。
《武甲巨人グレートウォーリア二機、起完了。——グランドマスター、我らの力、ご隨意に》
《グランドマスターはやめろ。——アンフィーは砲戦用裝備で前衛支援、ディセンディーは遊撃用裝備で右翼に回ってくれ。いいか、無理するなよ? お前たちは……》
《わかってる。わたしたちはグランドマスターの娘》
《お嫁さんになるまでは機能停止するつもりはない》
《ねえ、君たち対人インターフェース壊れてない? 會話しようよ、ねえ》
《グレート1、砲撃開始》
《グレート2、突撃する》
本陣の後方に控えていたふたつの巨大な影が、各々の戦いへとを投じる。
赤い巨人は専用の大砲を肩に擔ぎ、青い巨人は翼のような鎧を纏って敵の勢いが強い右翼へと斬り込んでいく。
その力は強大だ。
本來ならば何百人もの魔法使いが行うべき破壊を、たったひとりでし遂げることができる。
神々がこの迷宮にした落とし子。相食あいはむべしと創られた生命を共に生きていけるようにしたのも、冒険者ギルドという組織だった。
いや、この戦場にいる者たちはいずれも冒険者ギルドが誕生しなければ、この神々の迷宮のどこかで死んでいたはずの者たちだ。
それが、たったひとりの男が掲げる理想に惹かれ、集まった。
天に映し出されるのは誰も見たことがないほどの巨大な都市。煌々こうこうとした明かりが燈り、幾筋ものの河が流れる、暗闇を押し返すようなの都市だ。
《空に映っているのは、教會が言うような神の世界じゃない! あそこに住んでいるのは、俺たちと変わらない人間だ!》
あの冒険者たちの街でただひとり、冒険者ギルドリーダー、リッタ・グジョーだけが世界の危機をんだ。
今ならば教會も危機に気付いているだろう。だが、彼らが事態解決を行うにはもう時間がない。
ここにいる彼らだけが、彼らの世界を守れる。
《ここは俺たち冒険者の世界だ! 世界を守れ! 気の狂った神から! 金と信仰に狂った教會から! 俺たちはもう単なる無法者じゃない! 未知なる危険を冒し、真実を解き明かす者、冒険者だ!!》
それは神々のんだ語。
たったひとりの男が、ちっぽけで功名心の欠片かけらもない、英雄としての才能など持ち合わせていない者が紡ぐ語。
新たなるものに出會うために戦う者たちの語。
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