先ほどまで手のなかにあった指が見當たらないのだ。

ポケットの中や周囲の床を見回してもそれらしいものはない。

「誰かに蹴飛ばされて、遠くに転がってったとか？」

立太はもはや唯一の財産といってもいい指を探し、周囲を見回す。

立太が今いる場所は、ロビーと呼ばれている塔の玄関だ。

創世の神と言われる顔のない神像を中心に、常に人が行きっており、探しをするのにこれほど向いていない場所もないだろう。

立太は先ほどのように吹き飛ばされるのを避けるべく、神像の前まで移する。

「でかいなぁ」

神像の大きさは立太の長の十倍ほどだ。理由は分からないが髪と手のひらで顔が隠されているため、表を窺うことはできない。

「いいつきしてんのに勿もったいないなぁ」

立太は上から下まで神像を眺めると、そんな結論を下した。

どんな偏執的な彫刻家が作ったのか分からないが、まるで本の布を石化させたのではないかと思えるほどに、神が纏う一枚布の裳は躍に溢あふれ、神の恵まれたを引き立てている。

「はぁ、いいものを見せて頂きました。ありがたや。ありがたや」

職人魂をじた立太は神像を拝み、ついでにと指が見つかりますようにと願った。

「よろしくお願いします。良いの神様……」

神本人が目の前にいたら果たしてどんな態度を取っただろうか。立太のセクハラじみた參拝の結末は、彼の頭上に貨が激突するというものだった。

「いっ〜〜!!」

立太は知らないことだが、この神像に貨を投げてどこかに引っ掛かると、その日の冒険で命を落とすことがないという験げん擔ぎが過去に存在した。

しかしそれも、冒険者たちの間で何年かごとに巻き起こる一過の流行でしかなく、すぐに別の験擔ぎをするようになる。

神像に引っ掛かっていた貨は神たちの手によって寄付金として集められ、もうその名殘も殘っていないはずだった。

そう、そのはずだった。

天へとびる神の手のひら、その指と指の間に殘されたたった一枚の銅貨を除いて。

「いってぇ……」

立太は頭を抱え、近くの床に落ちていた銅貨を手に取る。

それが頭にぶつかったのだと気付くと、がっくりと肩を落とした。

「マジかよ……そりゃないって……」

どれほど運が悪いのか、立太は大きく溜息を吐いた。だが、落ち込んでばかりもいられない。立太は立ち上がり————し離れた場所にいる冒険者の一団で目を止めた。

「あっ!?」

その中のひとり、茶の髪を無造作にばしたが、足下から何かを拾い上げている。

不思議そうに首を傾げ、拾いを見詰めていた。

それは、立太の指だった。

「ありがとう神様!!」

現金な男だと思われようが、それは立太の本心だった。

その聲が聞こえたのか、は不思議そうに周囲を見回し、立太と視線が錯すると、指を示してみせた。

「そうそれ！　俺の！」

立太は力強く何度も頷き、は穏やかに微笑んだ。

出會いとしてはあまりにもけないものだったが、これこそがひとつの世界と數多あまたの命の未來を賭けた、たったひとつの運命の出會いだった。

◇　◇　◇

「ごめん！　ありがとう！」

立太は想良く笑いながら、へと駆け寄る。怪しい人だと思われたら困るため、可能な限り明るい態度を心がけた。

「おっとっと！」

転びそうになりながらのもとへ走り寄ると、彼はおかしそうに笑いながら指を差し出した。

「どうぞ、綺麗な指ですね。贈りですか？」

「そんなまさか！　俺にそんな人がいるように見えます？」

立太はホッとした様子で指をけ取ると、茶化したように肩を竦すくめてみせた。

元來の格もあるが、営業職として初対面の人々から報と果を得るため、口はそれなりによく回る。

「それ、答えたらわたしの方が失禮じゃないですか」

「それもそうか。いや、そんなつもりはなかったんだ」

頭を掻かきながら弁解する立太。

その仕草にくすくすと笑ったは、立太の目を真っ直ぐに見詰めてきた。そんな風に見詰められると思っていなかった立太はかに張したものの、の髪の一房が銀であることに気付き、驚いたような顔をした。

それに気付いたは、銀の一房を手に取り、不思議でしょう？と首を傾げた。

「生まれつき、この一房だけ銀髪なんです。いっそ全部そうだったら、髪を売るだけでも一財産だったのに……」

しい髪はそれだけ高く売ることができる。

それは立太の生きていた時代でさえ、一部の地域に殘されていた価値観だった。たしかにの一房はしい合いで、の加減で虹に輝いていた。

（いや、髪もそうだけど、このひとどこかで見たことあるような気がするんだけどなぁ）

そう訝いぶかしんだ立太だが、「どこかで會ったことがあるか」などというナンパの常套句じょうとうくを口に出すことはしなかった。

冗談だと思われるならまだしも、一気に不審者扱いされてしまう可能も否定できないのだ。慎重に慎重を重ねるくらいでちょうどいい。

「おい、イーリス、そろそろいくぞ。ランデル村戦士団の初陣ういじんだ！」

の屬する一団のリーダーらしい筋質の男が、立太に胡な目を向けつつを呼ぶ。

はすぐに返事をすると、立太に一禮して微笑んだ。

「じゃあ、わたしはこれで！　またお會いできたら、その指の話を聞かせてくださいね」

「うん、わかった。気を付けてねー」

立太は軽く手を振ってとその一団を見送った。

一団は數名だけが革鎧を著け、だけが一部金屬でできた防を著けていた。

それ以外の者はほとんど著の著のままといった有様で、周囲に似たような服裝の冒険者がいなければ、不審者の集まりに見えたかもしれない。

「あの人たちも冒険者志ってことなのか。あんな若いの子まで冒険者になるんだなぁ」

そう口にしてみると、先ほどの自分の判斷がひどくけなくじてしまう。

明らかに自分より年下のがああも前向きに冒険に出ようとしているのに、自分は我が可さに冒険から逃げようとしている。

その判斷は客観的には間違っていないだろう。

だが、自分自が後悔することのない選択かどうか————

「まあ、決まってるよな」

立太は塔の外へ向かっていた足を、初心者冒険者支援を謳うたう窓口へと向けた。

もしかしたら、まだ何か方法があるかもしれない。

そんな期待をに、彼は一歩を踏み出した。

未來とは、努力した者にこそ開かれる。立太はあのを見習い、そう信じることにした。