《初が俺を振って、妹になったんだが》プロローグ 桜、散る

「南野、今日こそ決著をつけたい。これからいつもの場所まで顔をかしてくれ」

放課後の教室。

俺は意を決してクラスの子達と談笑していた南野遙花のところに行き、話しかけた。

努めていつもの調子を裝ったつもりだが、傍目にはどうだろうか。

張で手汗がすごい。心臓が勝手にばくばく鳴って、顔が熱い。

ほんの數メートルのはずなのに、彼までの距離が果てしなく長くじた。

くそっ、落ち著け俺。

「いいよー」

一方、南野は俺とは真逆に、いつもの人懐っこい笑顔で応じてくれた。そして、周囲の子に「ごめん、ちょっと沢渡をまた倒してくる」と言いつつ席を立ち、

「沢渡、あたしは分かってるからいいけど、そーいう言い方怖いから、他のの子にしちゃダメだよ」

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と俺に忠告をしてくれた。

「えっ、そうなのか、悪かった。ごめん」

俺は慌てて南野と彼の友人達に、頭を下げる。

「いいっていいって、ウチらも沢渡君いい人なのもう分かってるし」

「そうそう、クラス替えの直後はちょっとヤバい人かもって思ってたけど、あたし黒板消すの手伝ってくれた時マジ嬉しかったよ。背低いから助かった~~」

南野の友達は気さくに、俺に話しかけてくれた。

格がいいヤツばかりだ。さすが南野の友達なだけはある。

「沢渡は無駄に目つきが鋭いから損してるよねー。ほら、もっと笑って笑って」

南野が俺の口角に、両手の人差し指を當てて、むにっとつり上げる。

いつの間にそんなに至近距離に?!

てか、顔られてるし! 髪の匂いとかするし! やめろお前はどうしてそんなに無防備なんだよ?! 俺だって男なのに。もしかしたら、俺はお前にとって異としてはまったくのアウトオブ眼中(死語)なのか?! だとしたら、俺はこの場で腹を切りたい。

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「おもひろくひゃいのひふぉらへほ?(面白くないのに笑えと?)」

を押さえつけられながらしゃべったせいで、めちゃめちゃなアクセントになってしまった。

「あははは! 沢渡、何言ってるか分かんない、超ウケる」

「お前のせいだろっ!」

俺はワンステップ後退して、南野の手から逃れて抗議する。

「ごめんごめん、今日はハンデつけてあげるから、許してカナタン」

「いらん! 互角の狀態で戦わないと勝っても意味がない。あとカナタンと呼ぶな」

「今までだってハンデつけても、あたしに一度も勝ったことないじゃん」

「今日は勝つ! 絶対勝つ! 死んでも勝つ!」

そう、今日こそは、今日だけは絶対にこいつに勝つと俺は決めている。

今までもう何百いや、何千連敗したか分からないが、今日は特別なんだ!

「すごい気合いだねー、じゃあ、賭けようか? あたしが勝ったら、これからずっと沢渡彼方君をカナタンって呼ぶし」

「いいぞ、じゃあ、俺は――」

一瞬り出そうになった言葉を俺は、ハッとして飲み込んだ。

危ねー! クラスメイト達であふれかえっている教室で言えるわけがない。マジヤバかった。

「何々? 沢渡は勝ったら、あたしに何してしいの?」

南野が一歩踏み出して、俺の顔を見上げてにこにこ笑っている。

「それは……勝ってから言うよ」

目を逸らしてしまう。そうしないと絶対俺は顔に出る。

「分かった。エッチなことだ!」

「違うわ!」

即座に否定する。

「あははは! 沢渡、顔真っ赤だよ、あいかわらず真面目だね~~。ウケる」

南野はぽんぽんと俺の左肩を叩きながら、大笑いしていた。

くっ、不意打ちで変なこと言うからつい顔を向けてしまった。

いかん、すでに主導権を握られている。

これでは勝てないぞ。今日こそはガチで負けられない勝負なのに。委員長でかつクラスで一番の人気者である南野にとって教室はホームグラウンドだ。つまり俺にとってはアウェーなのだ。ここはさっさと移しよう。

「南野、そろそろいつもの所に。時間が惜しい」

俺は必死に平靜な振りをしつつ(もう南野にはバレバレだが)、教室の出口へと歩き出す。

「いいよー」

南野はあいかわらずの調子で元気に返事をすると、小走りで俺に追いつき真橫に並んだ。時折、南野の肩が俺の肘辺りにれる。それだけで、俺はまた顔が火照ってくる。意識するな、俺。別にフツーのことなんだから。南野は誰に対してもこうなんだ。こいつは誰にでも気さくで、警戒心がなくて、馬鹿かと思うくらい優しい子なんだ。たまに年頃のの子がそれでいいのかと、こっちがハラハラするくらい他人に対して壁がない。

もし、この世界に神様がいたとして、お前が知ってる一番優しい人間は誰かと俺が尋ねられたとしよう。

俺は即答するだろう。

それは南野遙花だと。

疑いようもない。こいつに五年前に救われた俺にとって、南野はそれくらいの存在だった。

「桜ほとんど散っちゃったね。あー、今年こそお花見したかったのになー」

俺の隣で渡り廊下を歩きながら、校庭の方を眺めて南野がそんなことを言う。

の隣で、俺は神様に桜前線を引き戻せ、と無茶なことを願った。

「あっ、ちょうど桜の下のベンチ空いてるじゃん。行こ、沢渡」

「おい、まだ上靴のままだぞ」

まずは下駄箱まで行って、履き替えてからここまで戻ってくるのが毎度のパターンだ。

「その間に誰かに取られちゃうかもだし、終わったらこのまま昇降口に戻って上靴洗えばいいんだよ」

「それは、面倒だろ……」

「もう降りちゃったよ」

南野は勝手に渡り廊下から、地面へと上靴のまま降りていた。笑顔で俺に右手でおいでおいでとってくる。まったく、こいつは。

「しょうがねーなぁ」

嘆息混じりに俺も上靴で地面に降りると、桜の下のベンチの方へと歩いて行く。

申し訳程度にピンクが殘ったほとんど葉桜狀態の木の下で、南野はすでにスマホを取り出して座っていた。畫面を見つめ細い指先でフリックしている。俺も制服のポケットからスマホを取り出す。手汗で一瞬落としそうになった。

ヤバい。

やっぱ、ハンパないわ。

「じゃあ勝負しますかー」

俺が隣に腰掛けたのを見て、南野が聲を上げる。

「おう!」

その聲を合図に、俺も自分のスマホを作して“ぱよぽよ”を立ち上げる。

“ぱよぽよ”はもう十年くらい前からある対戦型落ちゲーの傑作だ。コミカルなデザインのキャラクターに派手な演出、そして何より単純だが、プレイヤーによって様々な戦略を駆使できる。たくさんの機に移植され、未だに男子のみならず子にも強い人気を誇っている。

「初めて沢渡と対戦した時は、スマホじゃなかったよね」

南野がWi―Fiで、俺のスマホに接続しながら言う。俺のスマホの畫面上では南野お気にりの貓型アバターが登場し、準備のようなきをしている。

「ああ、あの時はゲーム専用機だったな」

俺も自キャラの騎士型アバターを召喚する。するとさっきまでタップ不可になっていた『対戦』ボタンがピポッという電子音とともに使用可能狀態へと変化した。

「沢渡、負ける準備はいい?」

隣で南野が俺の左肩を自分の右肩でつつきながら、にまにまと笑う。

「勝つ準備しかしてない! てか作しにくいから離れろよ」

くそっ、こんな時までくっついてきやがって。集中できねー。くそっ、ただでさえ南野の方が強いのに、こんなのは反則だ。無論、南野は全然そんな気はないんだろうが。

「沢渡、あの枝が風で揺れたら対戦スタートしようよ」

南野がしだけ花びらの殘った桜の木を見上げて言った。

「分かった」

俺もスマホを橫向きに持ったまま、視線を上に――

突然、風が吹いて、枝が傾いだ。

「「スタート!!」」

俺と南野は同時に聲を上げる。靜かだった校庭の片隅がいきなり電子音まみれになる。カラフルな畫面上で、俺達のアバターが可らしい形をしたモンスター“ぱよ”と“ぽよ”を互いの陣地へと落としていく。相手の陣地を落としたモンスターでいっぱいにして占拠すれば勝ちだ。なので基本、落ちてきたモンスターはすぐさま消去する。しかし、わざと貯めることで、いくつかの必殺技を発して一気に形勢逆転することもできる。

「ほいほいほいほいほいほいほい!」

南野はまずは小手調べとばかりに、俺の落としたモンスターをけとめてこっちに投げ返すという基本技を繰り出してきた。ただそのスピードが尋常ではない。あっという間に自陣がモンスターで溢れかえる。

「おらおらおらおらおらおらおら!」

だが、俺は敢えて、落ちてきたモンスターを放置してさらに新しいモンスターを召喚して、南野サイドに投げつける。

「沢渡、序盤からモンスター出し過ぎー。もう勝負は投げたの? 明日からマジでカナタンって呼んじゃうよ?」

軽やかに俺の攻撃を打ち返しつつ、南野がさらに俺にくっついてけらけら笑った。

「はっ、余裕だな、南野」

「余裕だよ、このくらいのモンスター、あたしなら簡単に投げ返せるもん。墓を掘ったね」

「その余裕が、命取りだっ!」

「えっ? わわわっ?!」

『さいど・ちぇんじ~~!』

間の抜けた音聲とともに俺の繰り出した必殺技が発した。

俺は貯まりまくった必殺技ゲージをフル投して、俺の陣地と南野の陣地を換する技を出したのだ。さっきまでモンスターまみれだった俺の畫面はすっきりとカラッポになる。逆に南野の畫面はとりどりの“ぽよ”と“ぱよ”で大混雑だ。殘りスペースはあと二列のみ。いける! 今日こそ勝てる!

「沢渡、何これ、ズルい」

「ズルくないぞ、これは立派な戦略だ!」

「いつの間にこんなに、高度なテクニックをにつけたのよ?」

「はっはっはっ! 俺の知り合いのぽよぱよマスター師匠に伝授してもらったんだ!」

「マスター師匠って何よ。意味被ってない? ああん、もう! てかあんた何でそんなに必死なのよ?」

「今日こそはお前に勝ちたいからだ!」

「何で、そんなに勝ちたいのよ? 勝ったら、あんたは何がみなのよ?」

ぴくっ

南野の言葉に、俺の指が一瞬止まる。心臓が高鳴る。再び手汗が滲んできて、顔面が熱を帯びてくる。だけど、俺はもう逃げない。俺は、震える指先でゲームをプレイしながら、ありったけの勇気をかき集めて、五年間、貯まりに貯まった南野への想いを全部つっこんで會心の一撃ならぬ、告白をする。

「南野、俺が勝ったら、俺と付き合ってくれ!」

「――えっ?」

南野が呆けたような聲を上げる。俺はスマホの畫面でなく、南野の顔を見ていた。彼も俺を見ている。紅した顔で。じっと俺を見つめている。俺達は黙り込む。その間も軽やかな電子音は流れ続けている。彼が、く。再び突風が吹いて、南野のセミロングの髪と、俺達の頭上の桜の枝を大きく揺らした。せっかく殘っていた桜の花弁が完全に散って、葉っぱと一緒にくるくると宙を舞った。彼の聲が俺に屆く。

――ごめんなさい。

『さいど・ちぇんじ~~!』

南野は俺に同じ技を返し、俺のスマホの畫面には、『YOU LOST!』というメッセージを表示された。HPがゼロになった騎士キャラが倒れている。

そして、俺の目の前で初の相手、南野遙花が深々と頭を下げていた。

俺の五年越しのが終わった瞬間だった。

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