《初のが俺を振って、妹になったんだが》第4話 初のが豹変したんだが
放課後になる。
帰りのホームルームを終えた教師が出て行くと、教室の空気は一気に弛緩した。「また明日ねー」「部活かったりぃなぁ」「コンビニ寄ってこーぜ」とほとんどのクラスメイト達はめいめいの連れと共に、放流された鮎の稚魚のごとく、とっとと退散していく。
楽しそうでうらやましい。
俺は、これからとても気の重い會合に參加しなければならないというのに、この違いは一何なのか。
「さ、沢渡くん、ちょっといい?」
俺が級友と自分との落差に嘆いていると、真橫で申し訳なさそうな聲がした。
「どうした、寶生」
我がクラスの二大アイドル様の一人、寶生菜が學校指定の鞄を肩に引っかけて立っていた。し張しているように見えるが気のせいか。南野とシノー同様、小學校からの付き合いの俺に今さら気を遣う必要などないしな。
「こ、この後、し時間あるかな?」
「悪い。今日だけは予定ってるんだ。明日じゃダメか?」
「うっ、ううん! 明日でも全然いいよ! 私こそごめんね、急に」
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寶生はぶんぶん、と首を大きく橫に振った。
「もしかして、大事な話だったか? また生徒會の手が足りないか?」
寶生は生徒會役員で書記をやっている。ウチの生徒はあまり行事に積極的に參加しないので、男手が足りない時は、俺やシノーが生徒會にボランティアとして協力するのだ。
「あっ、そうじゃなくてね、えっと……」
ののののののののののののののののののののののののののののののののののののの
寶生がうつむいて、自分の左の手の平に、右手の人差し指でのの字を書き始めた。
寶生が困っている時のクセだ。
それにしても、今回は多いな。気になってきた。
「なあ、どうしてもって言うなら、俺、連絡して一時間くらいなら時間作れるぞ。そうするか?」
「ううん! 本當にいいの! 沢渡くんごめんね!」
寶生は、早口でそう言うと、まるで逃げるように小走りで教室から出て行った。
てか、もしかしてマジで逃げた?
「何だよ、水臭いな……」
シノーは放課後は毎日野球部で練習中だし、本當に良かったのかな。
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俺はしだけ考えて、スマホを取り出し、寶生に『本當に困ってたら言えよ』とメッセを送って、鞄を手に教室を出た瞬間、
ぐいっ!
制服の襟首を何かに強く強く引っ張っぱられた。
「沢渡~~~~っ、あんた何してくれちゃってんのよ」
「お前こそ、俺を絞殺する気か?」
俺は教室の出口付近に立っていた南野に、襟首をつかまれたまま返事を返する。
「菜に何で付き合ってあげないのよ」
「今日は家族會議があるんだよ」
「家族よりの子優先しなさいよ。馬鹿ね、鈍」
「メッセでフォローはしたっての。だいたい何で、お前は寶生が俺に用事あるって知ってるんだ?」
「子の報伝達力ナメない方がいいわよ、沢渡。メッセのグループ會話で、たいていのことは筒抜けよ。誰と誰がデートしてたとか、誰が誰を好きっぽいとか」
「は? じゃあ、お前は、俺の気持ちずっと前から知ってたのか?」
「ううん、それは知らなかった。あんた誰にも言わなかったし態度にも出さなかったでしょ――って、こんな場所で話すことじゃないわね。帰ろ」
「ああ、是非そうしたいな」
さっきから、廊下を通り過ぎる生徒達に、じろじろ見られていて落ち著かない。
俺はともかく、南野みたいな校でも有名な子が、男子の襟首をつかんで説教しているという図は、否応なしに目立ってしまう。
「ん、帰るわよ、KYな沢渡くん」
南野はくるりと踵を返すと、昇降口に向かってすたすたと歩き出す。
「今時、そんな言葉使う子高生なんていないぞ。あと、襟をいいかげんに放せよ! 裁が悪すぎる!」
そんなことを言いつつも、俺は南野に引っ張られるまま、ついて行く。
こうして、南野のそばにいられることが、単純に嬉しかった。
ああ、チクショウ。
まだ、俺は完全にこいつを吹っ切れてないな。
マスター師匠は、は星の數ほどいる、さっさと次の相手を探せと俺に言ったけど。
でも、南野遙花は、こいつ一人だけなんだ――。
***
「あれ? お前、まっすぐ帰らないの?」
銀河商店街のアーケードをくぐり抜け、南野は俺と同じように住宅街へと続く橫斷歩道の前で立ち止まった。ここで左に曲がって緩い坂道を上っていくのが、南野の帰宅コースだ。
「あっ、うん、今日はちょっとね」
南野は言葉を濁しつつ、まなじりが下がる。
「奇遇だな、実は俺もこれから気が重いイベントがあるんだ」
「えっ、あたし、沢渡に今日のこと話したっけ?」
「話してねーよ。でも、顔見りゃわかる」
ほんの微妙な変化だが、長年こいつと付き合っている俺には、彼の心があきらかにマイナス方面に傾いているのがわかった。
「何だよー、沢渡には、あたしの心筒抜けかよー」
にひひ、と何故か南野は嬉しそうに笑った。
「俺で良かったら、相談に乗るけど……たぶん、お前は誰にも話したくないんだろ?」
信號が青に変わって、俺と南野は歩き始める。南野は俺の隣で空を見上げながら、
「話したくないってわけじゃないけど……ほら、昨日のことあったし」
俺をフッたことを気にしているらしい。
「昨日、お互いそのことは忘れて、今まで通りって決めたろう」
「そうは言っても、まだ一日だし。そこまで甘えられないわよ」
「俺が嫌なら、寶生かシノーでもいい。一人で抱え込むなって」
俺は橫斷歩道を渡りきると、狹い路地にる。あまり人通りはないがマンションへの近道だ。會話の途中だからか、南野もついてきた。
「篠塚は今は春の大會で、野球漬けじゃん。邪魔したくないよ。菜もちょっと々あってさ。今はタイミング悪いかな」
「じゃあ、やっぱ俺でいいだろう」
「あはは、何だよー、沢渡、優しいじゃんかよー、もしかして、まだあたしを諦めてないなー♪」
南野は笑いながら、ばんばんばん! と俺の背中を痛いほど強く叩いた。
「ち、ちげーよ! 俺は、ただ友達としてだな、」
ちょっとしどろもどろになる。
諦めなきゃと思ってはいるけど、諦め切れてないのは事実だから。
「昨日も言ったけど、沢渡は何も悪くないんだ。あたしが一生誰とも付き合わないって決めてるだけで。だから、自信なくしたりしないで。大丈夫だよ、沢渡にはすぐにもっといい子が彼になってくれるわよ。あたしが保証する」
「……そんなすぐに切り替えられねーよ」
南野の前を歩く俺は、彼に聞かれないようにぽつんとつぶやく。
五年間ずっと好きだったんだぞ。ダメだからって、すぐに他のになんて、やっぱできねーよ。マスター師匠も、南野も、強すぎだ。
それにしても。
「お前、どこまで著いてくるんだ?」
いつまで経っても、いくつ四つ角を通り過ぎても、南野は俺の後から離れない。
「著いて行ってるわけじゃないわよ。あたしは用事のある場所に最短距離でまっすぐ向かってるだけ。その前をあんたが歩いてるんじゃん」
「この先店も何もねーぞ、お前どこに行く気だ?」
「桜臺ハイツ」
「へっ?」
俺は思わず聞き返した。
「だから、桜臺ハイツってマンションよ。沢渡この辺住んでるんでしょ? どこにあるか知ってる?」
「知ってるも、何も――」
俺の住んでる所だ、と言いかけた時、件のマンションの出り口真正面に立っていた俺の親父とハルカソラ先生が、俺達を見るなり、満面の笑みを浮かべて、んだ。
「「お帰り、する我が子達よ!」」
「「はああああああああああああああああああああああああああああああっ?!」」
俺と南野は、親達のあまりに唐突な言葉に、すっとんきょうな聲を上げる。
親父の再婚相手の娘が南野?
俺をフッた初のの子が、妹になる?
俺は、一度に開示された衝撃の真実に、呆然と立ち盡くす。
そして、俺の隣に立つ南野は、さっきまでの人懐っこい笑顔がすっかり消え去り、今まで見たことも無いような、兇悪な顔をして俺をにらんでいた。
「……あんたが、あのバカ編集の息子なわけ……?」
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