《ぼくには孤獨に死ぬ権利がある――世界の果ての咎人の星》B_001「死置場への宇宙船」(4)

「……誰、ですか?」

突然、部屋の扉が開いたので、急いで枕元の眼鏡を拾い上げると、エプロン姿の知らない誰かが立っていた。

「永田香名子さん……ですよね?」

ミトンで小さなを持っている知らない誰かは、嬉しそうな聲で訊いてきた。

「そうですけど……あなたは、誰?」

「あ、えっと、ぼく、新・し・い・家・政・婦・のハヤタですっ」

「は……あ?」

新・し・い・家・政・婦・をやぶにらみで覗き込むと、それはどう見ても男——いくつか年上と思われる青年だった。

の髪のてっぺんを狼のたてがみのように立たせ、襟足や耳のあたりの髪を長くばした奇妙な髪型ウルフカットの青年が天真爛漫そうな笑顔を浮かべていた。

東洋人とも西洋人ともつかない甘い風貌は、この時代——1990年の地方都市では珍しいものだった。

「あれ……お粥じゃない方が、良かったですか?」

「え、えーと……そうじゃなくて……あなた、男ですよね?」

「はい、とりあえず」

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「とりあえず、ではないです。見れば分かります」

端正な風貌、張りのある聲——確かに男だが、青年と呼ぶには表が甘すぎるような気がした。背は見上げるほど高く、どう見ても年とは言い難いのに。

そんなちぐはぐな印象に苛立っていた、もうひとつの理由は——。

(確かに、新しい家政婦の名前、ハ・ヤ・タ・さ・ん・と書いてありたけど……まったく、あの母親おんなは……!)

名字と思い込んでいたのだ。

「あの……男の家政婦なんて、聞いたことがないですよ?」

「でも、こうして派遣されました」

気を取り直し、冷淡に訊いても──ハヤタはのほほんと笑っていた。

指摘すべき事柄はいくつもあったが、しきりに粥を食べさせようとするので、問い質す機會タイミングを失っていた。

仕方なく、差し出されたけ取り、粥を啜った。

日本の食卓ではあまり使わない〈レンズマメ〉がっているのは奇妙だったが、弁當を食べてから6時間近く経過して、腹が空いていたから殘さず食べた。

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「もしかして、これ……」

「香名子さん、工場跡で倒れていたんですよ。溫に異常がありましたし、雨で濡れていたから、著替えた方が良いかと……」

下著だけの香名子は赤面しながら訊いたが、ハヤタは平然としていた。

「ハヤタさんは……気を失っているの子をがして、著替えて、何も思わなかったのですか?」

「事前に學習していた平常溫より低下していましたから、乾燥したタオルを用いて、皮や髪の水分を除去しましたが、もしかして、その手順に問題がありましたか?」

背筋が急に冷えた気がした。ハヤタは気づいていないのだ。

「なるほど、〈わたし〉のは、魅力的ではない……ということですか……」

形狀……ですか?」

「ええ、発育不全ですから……たとえば、同級生はみんな……とっくにあ・る・のに、〈わたし〉だけが……な・い・んですよ?」

わざと開き直るような口調で答えたのに、聲は震えていた。

だが、ハヤタはそのことにも気づかないまま、首を傾げ、質問の意味を計りかねている——。

「このまま、大人にもなれなくて、ずっと、獨りで生きていくんだ……そんなことは、薄々分かってるんです。だけど、いつも不安で、息が詰まりそうで、どうしたらいいのか分からないのに……あなたも子供扱いして、バカにするんですか?」

昨年の春も、祖母が狹心癥で院したことを伝え聞いた母親が、家政婦を派遣してきたが、祖母とは逆の意味で人格的問題があった。

香名子の境遇を勝手に哀れに思い、〈多福會〉からの會を強く勧めてきたので、數日で激しい口論となり、彼の判斷でクビにしたのだ。

地方都市でのカルト宗教は地域社會と同化しており、信者は互いの向を常に監視している。

そんな狀況下で會などすれば、村八分になり、二度と故郷には戻れなくなる——母親のように。

故郷というほど、この団地に著はないが、自分はまだ義務教育の中學生でしかない。

ましてや、この貧相なには、獨りで生きていく金を稼ぐほどの価値もない。

今はまだ、息を潛めて生きていくしかないのだ——。

退院した祖母は、常日頃から『家が汚れるだろうッ! うちは〈しい部屋〉に載ったこともあるのにッ!』『〈多福會〉の信者としか付き合うんじゃないッ! けっして家にれるなァ!』と言っていたので、香名子の対応を勝手に勘違いして喜んでいた。

祖母は香名子が外界へ目を向けてしまうことをひどく怖れていた。

「それは、形狀と長期的な生活展ライフデザインの関連……ですか?」

結局、香名子が何に憤っているのか全く理解できないこの青年は、表現を保留し続けるしかなかった。

そうなれば、ハヤタの表に自己の妄念を投影して、手前勝手に解釈するしかない。

そうしなければ、この憤りを吐き出すことができない——。

「まだ……分からないんですか?」

怒りのへ辿り著いた香名子は握った拳をばしてハヤタに突っかかったが、急にかしたことによる起立圧——立ちくらみを起こしてしまった。

「大丈夫、ですよ」

ハヤタは倒れ込む香名子を支えるように抱き留めると、そのまま抱きしめ、まるで自分に言い聞かせるように呟いた。

(……ひんやりして、気持ちいいな……)

溫は異様に低かったが、微熱を帯びているには心地よく思えた。

「ぼくは……まだ、香名子さんのことを、よく知りませんけど……でも、香名子さんは、とてもいい匂いがします」

「匂い?」

「すごくあったかくて、安心する匂いがします。匂いには……敏なんです」

そんなことを言いながら、うなじの匂いを嗅ぐように鼻先を近づけたので、香名子の時間は、ほんのし止まったような気がした。

「……いつまで、そうしているのですか?」

「あっ、す、すいませんっ!」

あわてて離れたハヤタは食べ終えたけ取り、臺所へ戻っていく。やがて、洗いの音が聞こえたことを確認すると、香名子は汗ばんだ下著をぎ、寢間著パジャマに著替え、下著に殘っていた匂いを嗅いだ。

外見への世辭は信用しないが、外見以外の自分の要素——嗅覚で褒めたことは、信用できると思っていた。早い話が、嬉しかったのだ。

(よく見ると、可い顔立ちだった……かな?)

再び、ベッドへ潛り込んだ香名子は、さっきの殘像と壁にっていた「當時の男アイドルグループ」の褪せたポスターを比べていた。

巷では年と評されている7人組のアイドルたちと比べても、ハヤタの風貌ルックスはかなり高い水準——いや、頭・一・つ・抜・け・て・い・る・と思った。

(冷たい手……でも、らかくて、優しい手……)

すぐに布の中へ潛り込んだ香名子はやがて、退屈を持て余したのか、自らの指をへとばしていた。ハヤタが握った手を意識しながら。

1年くらい前から、自行為の習慣はあったが、初対面の男——その殘像を用いて行為に及んだことはなかった。

発熱による思考力の低下は、〈波作〉で紛れ込んだ他者への違和を麻痺させ、同時に思春期の度を増幅していく。

そして、彼は正も定かでない侵者を普・遍・的・で・安・全・な・存・在・と認識——錯覚していた。

†††

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