《サウスベリィの下で》5._6.
5.
「ふっ……」
ドキドキしながら目を開けると、そこにいるのは、やっぱり姉さんだった。
空気の香りが異様に甘い。そんな、風に靡く彼の長い黒髪は、まるで終幕のように僕たちふたりを覆い隠そうとしている。
姉さんのほうは靜かに呼吸を始めていたが、僕はまったく、それどころじゃない。顔が熱い。とりわけのぬめりが何より熱かった。
「――あなたに」
赤い、姉さんの真っ赤なが開く。息苦しいほどに、罪深いまでに甘いのは、その赤だ。
「弟に私の初めてのキス、奪われちゃった……」
心臓が高鳴るのに強がり、彼は僕にそんなことを言った。
「か、家族同士でも……! 仲が良かったら……キスするのも普通だって、姉さんが……!」
「外國でならそうかもね」
*
その彼の戯言の意味に気づくまで、ずいぶん永くかかった。それまで僕は、自分のやったこと――やらされたことの本當の重大さを理解できなかったのだ。
ずっと騙されてきた。時代の姉さんの仕掛けた計略に。
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*
「嫌い? 私とキスするの?」
「…………!!」
僕は必死に、激しく首を橫に振る。
いまだ赤く甘い流れに溺れる僕には、それは意地悪すぎる問いだった。姉さんのまない応答なんて、できるわけがないのに。
「嫌いじゃ、ないの?」
こくん、こくん!
聲の出ない僕は頷くのに必死だ。どうしてこんなにも必死だったのか、自分でも判らない時期があった。のちに、姉さんが消失したときになって、その反応は愚かしいものではなかったと得心した。
「普通の男の子って――?」
目を開けるだけで一杯の僕に、姉さんはわざと顔を近づけて、あの特有の、甘い、甘い吐息を浴びせた。
「自分のお姉さんを好きになっちゃいけないのよ。あなた、もしかして、気が狂っているのかもね」
*
正確な言葉は忘れた。ただ、そんな意味のことを言われた衝撃だけがに生々しい。
たしかにひどい衝撃をけた。だが、僕はそこで決して、姉さんを「嫌いだ」と言えなかった。それも、なぜかは判らない。
そしていまでも言えないままだろう。
*
ほどなく僕は姉さんに犯された。
回を重ねる毎に常識を見失ってゆく僕たち姉弟の遊戯が、ごく一般的な道徳の領域――その線引きから逸した。無論、正常でも健康的でもないが、この上なく自然なり行きでもあったと思う。
僕は、姉さんのことが好きだ。している。それは當時もいまも変わらない。している。姉さんもまた、実弟の僕をしていた。
ただ、僕の心が淡く曖昧だったのに対して、彼のそれはあまりにも激しく、熾烈だった。
年とはいえ、思春期を迎えようとしていた頃だ。僕も、それが“あってはいけない”だとじてはいた。だから僕は、姉さんの長くて黒い艶のある髪を見ている時間が、何より幸せだった。
しかし、ある日とつぜん平衡は崩れた。
僕の前に、ひとりのが現れた。
*
6.
生家で暮らしていた頃、僕は、家人以外とはまともに話のできない子供だった。當然、の子どころか男友達のひとりもいなかった。必要をじもしなかった。(これは現在でも変わらないかも知れないが)
出會いの機會はじつに些細なこと、僕の家の郵便けに1通、隣の屋敷への封書が紛れこんでいたのだ。
その、隣の屋敷というのは、永く住人のない空家だったところについ過日、1家族が移り住んできたばかりだった。だから、郵便配達人がそれを忘れて、あるいは知らずに、その封書の宛先を僕の屋敷の住所番號の誤記と考えたのだろう。
それを最初に見つけたのが、僕だった。僕は家の者に屆けさせようとしたが、姉さんがそうさせてくれなかった。
姉さんは意地悪だった。
いちばん初めに見つけたのは僕なのだから、屆けに行くのも當然、僕の役目だと彼は言った。姉さんは僕の格をよく判っている。だからこそ、僕を見ず知らずの他人の屋敷に出向かせたがった。いち面識もない隣人を呼び出し、満足に挨拶もわせないまま封書を手渡して、真っ赤になって戻ってくる僕を見たかったのだろう。
ともあれ僕は、たった1通の封書に、常ならない勇気と決意で臨むはめになった。
*
隣家の門前で呼鈴を鳴らした。
「はあい?」
建のほうから返事が聞こえた。それは、まだいの聲だった。
「どなた様ですか?」
「あ、あのっ、僕はっ……」
自分が何者で、どんな要件で訪ねたのかを必死に告げようとしながら、僕は、門の表札からこの屋敷の新しい主が草薙家だと知った。
「何かご用ですか?」
奧から現れたのは、僕より年下と思えるの子だった。彼は微笑んで、首をかしげる。
「こ、これが……。僕の……家に……」
「お手紙ですか? 間違って配達されたみたいですね」
「そうみたいで……す」
僕は必死に告げて、に封書を手渡す。
「すみません。わざわざ、ありがとうございます。あっ、待ってください。ただいま屋敷の者を呼んで參りますから」
「えっ? いいえ!」
自分でも驚くほどハッキリした聲で、僕は首を橫に振った。それを見てはクスッと笑った。
「お隣の方でしょう? 遠慮なさらなくて結構ですよ。もちろん、そちら様のお屋敷には、改めて主人がご挨拶に出向かれると思いますが」
「えっ? ええ……?」
その時のそれは、いったい何だったのだろう? の微笑みのせいだったのだろうか?
僕は彼に言われたまま素直に、屋敷から主人が現れるのを待った。黙って自分の屋敷に逃げ帰ることも考えつかずに。
そして現れた草薙氏は、人の好い白髪白髭の老紳士だった。
*
ところが僕は主人の老夫妻と意外にも和やかに會話ができた。
その流も楽しかったが、僕はこの日、とても大切な出會いをした。初めに門まで出てきてくれたの子――彼のことを、僕は知ったのだ。
は、かえでさん――といった。
彼は草薙氏の孫でもなければ、子供でも親類でもない。草薙家の使用人だ。しかし実質的には、富の代わりに子供に恵まれなかった夫妻の“娘”だった。法律か何かの問題で正式に養子に迎えられないのか。何にしろ老夫妻は、かえでさんをとても慈しんでいた。
「そうだ」
もっともっと彼のことを知りたいと思っていたところに、草薙氏は言った。
「嫌でなかったら、どうか、かえでと友達になってくれないかな?」
そのとき僕はいままでにじたことのない喜び、気分の高揚を覚えた。そしてその日のうちに、僕とかえでさんは“友達”になった。
*
門外の世界を怖がっていた自分が、自分で恥ずかしかった。
もちろん、俄かに元気に外へ飛び出すようになれたわけじゃない。僕が屋敷の門を越えられたのはその外に、かえでさんが姿を見せたときだけだ。
彼が來るのは、毎日、決まって午後のいちばん退屈な時間だ。
かえでさんと歩く街は、僕は、怖くなかった。いや。怖くはあった。しかし、それに勝る冒険心が僕の中に生まれるのだ。
不思議だ。
これまでの畏怖が巨大だっただけに、ふたりで駆け抜ける街はまさに新世界だった。
広く雅びる市街の人ごみの中、かえでさんはいつも僕の手をギュッと握りしめた。
その時まで――生涯でその時代だけとなるだろう――誰かに頼られた経験のない僕は、いつしかそこに、“友”以上のものを見た。當時はそれと明確には判らなかったが。
郷愁にかられるとき、僕は、あの小さな手にこめられた小さな力――その想いが、心に甦らないときはない。
*
そんなことなどがあってのち、ほどなく僕は、姉さんに犯された。
*
クリフエッジシリーズ第三部:「砲艦戦隊出撃せよ」
第1回HJネット小説大賞1次通過、第2回モーニングスター大賞 1次社長賞受賞作品の続編‼️ 銀河系ペルセウス腕にあるアルビオン王國は宿敵ゾンファ共和國により謀略を仕掛けられた。 新任の中尉であったクリフォードは敵の謀略により孤立した戦闘指揮所で見事に指揮を執り、二倍近い戦力の敵艦隊を撃破する。 この功績により殊勲十字勲章を受勲し、僅か六ヶ月で大尉に昇進した。 公私ともに充実した毎日を過ごしていたが、彼の知らぬところで様々な陰謀、謀略が行われようとしていた…… 平穏な時を過ごし、彼は少佐に昇進後、初めての指揮艦を手に入れた。それは“浮き砲臺”と揶揄される砲艦レディバード125號だった…… ゾンファは自由星系國家連合のヤシマに侵攻を開始した。 アルビオン王國はゾンファの野望を打ち砕くべく、艦隊を進発させる。その中にレディバードの姿もあった。 アルビオンとゾンファは覇権を競うべく、激しい艦隊戦を繰り広げる…… 登場人物(年齢はSE4517年7月1日時點) ・クリフォード・C・コリングウッド少佐:砲艦レディバード125號の艦長、23歳 ・バートラム・オーウェル大尉:同副長、31歳 ・マリカ・ヒュアード中尉:同戦術士兼情報士、25歳 ・ラッセル・ダルトン機関少尉:同機関長、48歳 ・ハワード・リンドグレーン大將:第3艦隊司令官、50歳 ・エルマー・マイヤーズ中佐:第4砲艦戦隊司令、33歳 ・グレン・サクストン大將:キャメロット防衛艦隊司令長官、53歳 ・アデル・ハース中將:同総參謀長、46歳 ・ジークフリード・エルフィンストーン大將:第9艦隊司令官、51歳 ・ウーサー・ノースブルック伯爵:財務卿、50歳 ・ヴィヴィアン:クリフォードの妻、21歳 ・リチャード・ジョン・コリングウッド男爵:クリフォードの父、46歳 (ゾンファ共和國) ・マオ・チーガイ上將:ジュンツェン方面軍司令長官、52歳 ・ティン・ユアン上將:ヤシマ方面軍司令長官、53歳 ・ティエン・シャオクアン:國家統一黨書記長、49歳 ・フー・シャオガン上將:元ジュンツェン方面軍司令長官、58歳 ・ホアン・ゴングゥル上將:ヤシマ解放艦隊司令官、53歳 ・フェイ・ツーロン準將:ジュンツェン防衛艦隊分艦隊司令 45歳 (ヤシマ) ・カズタダ・キムラ:キョクジツグループ會長、58歳 ・タロウ・サイトウ少將:ヤシマ防衛艦隊第二艦隊副司令官、45歳
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