《幻影虛空の囚人》第二幕 零時を告げる鐘が鳴る刻

「吾蔵さん、あんな終わり方で良かったんですか?」

「顧客が求めている報を手っ取り早く提示して素早く會を終了させただけだ。彼らだって素も知れない我々のスピーチなど聞きたくないだろう。」

「確かにそうかもしれませんが…」

四尾連が言い淀む。

「それより優先すべきことはクローズドベータに向けての調整だろう。デバッガーから報告されたバグが50件近くある。そちらの修正を急いでくれ。」

「りょ、了解しました!」

四尾連は彼の手元の端末に送信されたデータを確認しながら駆けていった。

そうして四尾連の足音も聴こえ無くなった頃。

「さて…」

吾蔵は手元の端末を作し、耳に當てる。

2度のコール音の後に彼は応えた。

『何かな?』

「何って、そんな言い方ないだろう?進捗報告さ。」

吾蔵の喋り方が一転、かなり飄々とした口調に変わる。

「順調そのものと言っていい出來だ。従順で優秀な部下を迎えれ、発表會では世間の注目を一気に集めることに功。そして今、我々のゲームのベータテストに名乗りをあげる者は後を絶たない。」

『相當ご機嫌なようだが、これはまだ計畫の始まりに過ぎないんだぞ?この程度ではしゃいでもらっては困る。』

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「相変わらず氷みたいな人だなぁ、あんたは。分かってるよ、あとは4人選別してからあいつを忍ばせればいいんだろう?」

『その通りだ。"扉"を開くことが出來るかどうかは君の手腕にかかっているからな。』

「可視世界と不可視世界の狹間…そんな凄まじい場所へ到達するのにここまでの犠牲を要するとは、俺の良心が痛むな…」

『何を馬鹿なことを言っている。そんなものは我々4人が同じ目的の為に全てを捧げる事を誓った日に捨てたろう。』

「ったく、冗談も通じねぇのかよ…ま、とりあえずこの本の通りにやってけばいいんだろ?」

吾蔵が懐から一冊の本を取り出す。

文庫本サイズの表紙には「天壌無窮の旅人」と印刷されていた。

『ああ。全く、私もこんな形で彼らに頼ることになるとは思いもしなかった。』

「頼るっつーか、向こうから無理やり強奪してきたんだけどな?」

『そんな事はどうだっていいだろう?目的の為なら手段は選ばない、それが我々のやり方だ。』

「そうだったな。ま、後のことは任せてくれ。また進展があれば逐次報告する。」

『了解。健闘を祈る。』

その言葉を最後に通話は終了した。

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はぁ、と吾蔵が小さくため息をらす。

「この二重生活にも慣れていかないとな…」

そう小さくこぼすと、吾蔵は白を正し部屋を出た。

「地稽古──始めッ!」

「「ヤァァァーッ!!!」」

竹刀と竹刀がぶつかり合う音と、それに負けないほどの音量で鳴り響く青年たちの気迫に満ち溢れた聲。

ここは山中嶺士やまなかれいじの通う高校の武道場である。嶺二はこの武道場で剣道部の仲間たちと共に切磋琢磨し、剣道理念のひとつでもある「人間形の道」に邁進している。

刀に見立てた竹刀をその手に握り、目の前の相手を殺さんとする気迫を持って全力で打ち込み、それに対し相手も同じく全力で応じ、激しい打ち合いの末に有効打突を二本先取した者が勝利する。それが剣道の大まかな流れである。彼らが今行っている「地稽古」は、実踐形式で行われる稽古だ。相手からどうにかして有効打突を取ろうと技を磨き合う。言葉で言い表せばなんということはないが、実際にやってみると凄まじく過酷なもので、たち続けに7回、8回と続ければ疲労で腕が上がらなくなり、技のキレも落ちてくる。

そんな中でも油斷を見せることは許されない。濁る思考、眩む視界の中でも相手を見據え、命を刈り取る覚悟をもって取り組む。

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そんな武道が剣道であり、嶺士は今その剣道に全力を注いでいた。

山中嶺士は高校三年生である。

インターハイを直前に控えている彼の目には炎が宿り、チームと共に全國大會の舞臺へ足を踏みれる夢を葉えるため汗を流していたのだ。

「全員、やめ!」

教員の聲が響く。

今日の練習はこれで終わりのようだ。嶺士は息も絶え絶えに禮を済ませ、面を外すと顔と頭、首の汗を手ぬぐいで拭う。

と言ったようなじで、嶺士は連日の稽古に打ち込み、かなり疲労を蓄積させていた。

だが、そんな彼にも楽しみがひとつあった。

それは先日吾蔵脳科學研究所から発表された「DIE:VER」なる新型ゲーム機である。

あの前代未聞の発表會はSNS上で賛否両論の嵐となっており、詳細な説明もなしに一方的に會を切り上げたとする研究所への批判と、無駄を省き必要事項のみを告げ、簡潔に発表を済ませることによりその衝撃、の高揚が最高のまま切り上げた事への賞賛とがれる狀態となっていた。

「おうおう、こりゃまた凄いことになってるなあ」

突如、背後から聲が響く。

「何も言わずに人のスマホを覗き込むもんじゃねーよ、ショーロク。」

「あっ、おい!そのあだ名で呼ぶのやめろって言ったろ!?」

「プライバシーの侵害したからそのお返しだ」

「確かに急に覗いた俺も悪かったけどよぉ、さすがにそれは無いぜ〜。レイジだって別にやましいもん見てたわけじゃ無いんだからいいだろ?」

「そういう問題じゃなくてだな…」

レイジこと嶺士が額に手を當てながら呟く。

レイジがショーロクと呼んだ相手は進 祿しょうじ ろく。普段はショージと呼ばれており、親しい間柄であるレイジ以外の人間にショーロクと呼ばれることを嫌っている。

「ま、それはさておき…例のベータテスト、レイジも応募したんだろ?」

「當たり前だろ?あんなにワクワクしたのは生まれて初めてかもな。」

「だが、當たるかどうかはまた別の話…」

ショージがおどけてそう言ってみせる。

「縁起の悪いこと言ってんじゃねーよ!」

「よっ!死男!」

「なんだとこの野郎!」

最近ソシャゲのガチャで死したレイジが怒りをあらわにする。

その一方でショージはしてやったりといった顔で走り出す。

「ショーロクって呼んだ仕返しじゃこのやろー!」

「それとこれは別だろ!逃がさねぇぞー!」

部活終わり、重い防った鞄を背負って二人は追いかけっこに興じつつ帰路に著く。

共に汗を流した後の掛け合い。

大切な友人と冗談を言い合い、軽口を叩きあって喧嘩のような遊びに興じる。

面映ゆい青春のひと幕だった。

だが、楽しい時間ほど過ぎ去るのは早いものである。

そう、彼らの元に訪れる運命は、この青春の眩さをも黒く塗りつぶしていくものだったのだ。

「ここの〜、帰りどこか寄ってかない?」

「いいですよ、本棲さん。どちらに行かれる予定で?」

「ここのが行きたいところならどこでも!てか、そろそろ本棲じゃなくて下の名前の"三姫"って呼んでよ〜」

快活な格を前面に押し出していると、お淑やかな雰囲気を纏う

ショートヘアの元気なの名前は本棲 三姫もとす みつき。そんな彼と會話しているロングヘアのの名前は西川 心音さいかわ ここの。

一見対照的に見える二人だが、そんな印象とは裏腹にとても仲が良く、西川と本棲が離れて行している所を見た事がない、という生徒もいる程である。

そんな二人が例によって肩を並べて帰路についていた時。

「あれは…」

「例の新作ゲーム!もう広告り出されてたんだね〜!」

二人の視線の先にあったのは、「DIE:VER」の広告。

これだけ注目されているのにまだ競爭相手を増やすつもりなのか、と心思った本棲だったが…

「ご存知なので?」

「あ、知らない?ちょっと前になんとか研究所ってとこから発表された新作ゲームでね、なんでもゲームの世界の中にれちゃうらしいんだよ!」

本棲が目を輝かせながら話す。

「それは興味深いですね…では、あのベータテストというのは?」

「簡単に言うなら発売前のゲームを遊ばせて貰える、ってじかな?」

「そうなんですね…ところで、本棲さんは応募されたのですか?」

「もちろん!ま、もう何十萬人も応募してるって聞いたから當選するとは思えないけどね〜…」

あはは〜、と乾いた笑いを浮かべる本棲。その表を數秒間まじまじと眺めた後、西川が手を合わせて

「それでは私も応募してみましょう。」

と言うので、本棲は驚きで目を白黒させてしまった。

「え?」

「參加定員は5名との事で非常に狹い門だとは思いますが、それでも本棲さんと一緒に発売前のゲームの世界を歩ける、というのはなかなかに魅力的です。本棲さんの普段見れないような顔も見れそうですし?」

そう言うと、西川は笑みをこぼしてみせる。

含みのある言い方に一瞬頬を赤らめた本棲だったが、すぐにいつもの笑みを取り戻す。

「えへへ、じゃあ私もここのが普段見せない顔を見てやる〜!」

脇腹あたりをくすぐりながら西川の表を伺う本棲だったが、西川は顔ひとつ変えない。

「なぜだ…ほかの子はこれでイチコロなのに…!」

「私はこの程度では表を崩しませんよ。」

「むむむ…こうなったら意地でも笑い転げさせてやる〜!」

仲睦まじいたちのやり取り。

これもまた眩い日々の1ページである。

そんな彼たちの元にも、「DIE:VER」は舞い降りてしまった。

ここから、全てが狂い始める。

二週間後、時刻は零時を回ろうとしていた。

第一次ベータテスト募集が終了し、現在吾蔵脳科學研究所では選が行われていた。

「準備できたか?」

吾蔵が問いかける。

「ええ、問題ありません。」

四尾連が返す。

「よし、では早速選を始めよう。四尾連くん、頼むよ。」

「はい。では、數生を開始します。」

吾蔵に促され、四尾連がキーボードのエンターキーを叩く。

最終的にこのベータテストの応募者は600萬人に上った。

そんな中で最初に表示された數字は…「1158810」。數字が表示されるのに合わせて、応募者の報も表示された。數字の橫に寫し出された名前は…「本棲 三姫」。

當選者の報が同期されると、四尾連は間髪れずにエンターキーを叩く。

「45301」、名前は「山中 嶺二」。

「70318」、名前は「進 祿」。

「2301572」、名前は「西川 心音」。

それぞれの報が同期され、四尾連が再び數生を行おうとしたその時。

「待て。」

と、吾蔵が突如告げた。

「どうされました?」

「最後の當選者の選は私が行う。」

「き、急ですね…分かりました。では代わりましょう。」

突然の要求に戸いつつ、四尾連がパソコンの前から立ち上がる。

れ替わるように吾蔵がパソコンの前に座る。

「では…行くぞ。」

吾蔵が重々しく告げると、エンターキーを叩く。表示された數字は…「1」。

「い、1…?」

研究員たちの間にどよめきが生まれた。當然である。

応募者たちに振られた數字は応募した順番に応じて振られている。レイジなら45301番目の応募、西川なら2301572番目の応募である。また、吾蔵研究員の行った発表會の同時視聴人數は7萬人ほどだった。

その條件下で最も早く応募した人間。

何者なのか…數字の橫に表示される名前に研究者たちの視線が注がれた。

「河口 一かわぐち かず」───。

ベータテストに最速で応募し、吾蔵によって選ばれた最後の當選者。

この5人が、世界変革の最初の目撃者となる。吾蔵研究員は口元を歪ませ呟いた。

「私の世界へ、ようこそ。」

日付変更を告げる鐘が鳴り響いたその瞬間。

5人の運命は、一人の男の手の中に握られる事となった。

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