「ここだっけ？」

「うん。ここ。中に停めていいよ」

「おっけ」

実家の敷地に車を駐車してもらい、二人で降りた。

木造の三階建ての実家。

先生は家を見上げて「デカイ家だな」とこぼす。

「ちょっと片付けもしたいから、中る？」

「いいの？」

「うん。今誰も住んでないし。大丈夫だとは思うけど、もし蟲とかいたら退治してくれると助かる」

「蟲退治要員……まぁいいか。お邪魔します」

久しぶりに開ける鍵。

ガチャリと懐かしい音を立てて開いた扉。

「……ただいま」

反的にこぼした聲に、返事は無い。

昔は広くじたガランとした玄関を通り抜け、リビングの扉を開ける。

薄暗くじて電気をつけようとするものの、パチンと音が鳴るだけで明るくならない。

そういえば電気は止めてあるんだと気が付いて、諦めて中にった。

「ごめんね。電気も水道もガスも止めてるの忘れてた。トイレとか大丈夫？」

「うん。大丈夫」

「行きたくなったらそっちにコンビニあったはずだから行ってきていいからね」

「ありがとう」

リビングやお風呂場、置など、家の中を一通り確認すると、思っていたよりも埃は被っていなかった。

晴姉ちゃんのお母さんがたまに掃除してくれているとは言っていたから、多分そのおかげだろう。

式で會った時にもっとちゃんとお禮を言っておくべきだった。

最後にった三階の自室で、両親と映る家族寫真が寫真立てに飾られているのを見つけた。

……懐かしいな。

それをそっと手に持って、埃を払った。

「……お父さん。お母さん」

私の両親は、もういない。

私が高校三年生の時に、事故で亡くなったのだ。

「……あれからもう、大分経ったな」

「……先生」

私が戻ってこないから心配したのだろうか。

先生がドアの前で私が手に持つ寫真立てを見つめながら言う。

もちろん先生も、私の両親が亡くなったことを知っている。

「ねぇ先生」

「……ん？」

穏やかな聲に、一瞬言葉を詰まらせる。

「……私って、薄な娘かなあ？」

「……なんで？」

隣に並んだ先生は、私の頭にそっと手を乗せた。

「言い訳にしか過ぎないんだけどさ。……私ね？何も知らない子どもだったから、一周忌も三回忌もよくわかってなくて。……そうなったら知った後も行きづらくて、七回忌も來なかったの。……全部、そういうのは晴姉ちゃんの家族がやってくれたの」

あの頃はまだ子どもで、法要なんて全く知識も無くて。

よくわからないまま葬儀と納骨を終えて、相続の話なんかも親族がやってくれて。

自分では何一つしないまま高校を卒業して、著の著のまま上京して就職した。

「あの時は誰にも言えなかったけど。一人ぼっちのこの家に住むのがつらくて、両親がいないこの街にいるのが苦しくて……。逃げ出した。そうしたら、今度は帰ってくるのが怖くなっちゃって」

晴姉ちゃんにも散々迷をかけた。

親戚にも、合わす顔がないとさえ思うほどに、迷しかかけていない。

さすがにお祝いの場の雰囲気をぶち壊すことはしたくなかったため、近いうちにちゃんと頭を下げに行くつもりだ。特に晴姉ちゃんのお母さんである伯母さんには、何度謝っても足りないかもしれないくらいだ。

「晴姉ちゃんの結婚式が無かったら、多分私、いまだに帰って來られてなかった」

寫真立てを握る手に、力がる。

先生は、そんな私を黙って自分に引き寄せた。

ポフ、と頭が先生の肩口に當たる。

「世間一般では、みゃーこのことを薄だとか、親不孝ものとか。そう言うかもしれないな」

「……」

「……でも、俺はあの時のみゃーこをずっと見てたから、みゃーこを責めるつもりはないよ」

「……先生」

「みゃーこがあの時、どれだけ苦しんでどれだけ悩んで東京に行ったか。一人で全部抱え込んで壊れそうになってたみゃーこが、どんな思いで今日帰って來たか。それを考えたら、誰も何も言わねぇよ。みゃーこのことをそんな風に言う奴はこの街にはいない。……きっと、みゃーこの両親も同じだと思う」

先生の優しい聲が、スッと頭にってくる。

先生の聲は、昔から魔法みたいだ。

私を優しく、包み込んでくれるみたいにらかい。

先生にそう言われたら、そんな気がしてくるんだから不思議だ。

「せんせー……、ありがと」

返事の代わりに私の頭をでてくれる先生は、それからしばらく私の気が済むまで寄り添ってくれた。