《とろけるような、キスをして。》あの頃に、思いを馳せる(4)
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高校一年生の學式の日。
あの日の、そう。厳かな雰囲気に疲れきってしまった學式の後。
私は元々方向音癡で道を覚えるのが苦手だったため、翌日からの授業で困らないようにあらかじめ學校の中を見て回りたいと思って歩いていた。
しかし、案の定迷子になってしまったのだ。
その時にたどり著いたのが、舊校舎にある図書室だった。
あの日の空も、雲一つ無い綺麗な快晴だった。
図書室には誰もおらず、開いた窓かららかな春の空気がってきていた。
レースカーテンが揺れる音だけが聞こえる、靜かで小さい場所。
元々あまり使われていなかったのか、どことなく暗い印象のそこで、私は先生に出會った。
奧にテーブルがあるのを見つけ、ちょっと休ませてもらおうと、そこにあった椅子に座った時。
「……あれ?誰かいる?」
突然聞こえた低い聲に、私はバッと振り向いた。
今よりも若い、深山先生がそこにいた。
「どうした?こんなところで。新生か?」
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「……あ、はい。校舎の中を見ていたら、迷っちゃって……」
「あぁ、この學校無駄にり組んでるからな」
わかるわかる、と頷く先生は、私の向かいに腰掛けた。
「俺は深山修斗。ここの教師。って言っても俺も君と同じ新生だけどね」
「……新しい、先生?」
「そ。新卒。なのに學式の後から急にここの整理しろって言われてさ、雑用押し付けんのとかやめてほしいよね」
「あ、これ他の先生には緒ね?」と両手を合わせる先生の甘い笑顔に、私は心が震えたのを思い出した。
───そうだ、あの時から、先生と仲良くなったんだ。
「こういうのって、普通春休み中にやることだと思うんだけどね。何で新任の俺がこんなことしなきゃいけないのかなー」
「……」
話を聞くと、深山先生が一人でこの図書室の片付けを頼まれたらしく、一週間以には終わらせないといけないと嘆いていた。
どうやらこの図書室には、本の他に學校の資料なんかもあるらしい。
「そういえば名前聞いてなかったね」
「野々村、也子です」
「也子ちゃんか。ははっ、なんか貓みたいだな」
「え?」
「ほら、髪も黒いし、綺麗な貓目だし、黒目大きいし。可い黒貓の"みゃーこ"ってじ。俺、貓好きなんだよね」
そんなくだらない會話から生まれたあだ名。それ以來先生はずっと、私のことを"みゃーこ"と呼ぶ。
他の先生の前でも生徒の前でもみゃーこと呼ぶもんだから、いつしかそれが皆に定著してしまい、高校での私のあだ名はみゃーこ一択だった。
先生の愚癡を散々聞かされた後、そのお禮と言って簡単に學校案をしてくれて、玄関まで私を送ってくれた。
一人で玄関まで行ける自信が無かったから、本當に助かった。
あの日以來、私は學校が終わると舊校舎の図書室の片付けを手伝いに行くようになった。
最初は先生も驚いて、気にしなくていいと言ってくれたけれど。
一目見て、私はあの図書室が気にってしまった。
空気、本の香り、らかな風、カーテンが揺れる音。
教室とは違う、靜かで獨特の落ち著く空間。いつしかそこに通うのが日課になっていた。
「あれ?也子だ」
「あ、晴姉ちゃん」
ある日、晴姉ちゃんもどうやら他の先生たちに雑用を押し付けられたらしく、深山先生と二人で図書室に來たことがあった。
「え?知り合い?」
「あぁ、私たち従姉妹なの」
驚く先生に晴姉ちゃんが答えると、先生は目を見開いた。
「え!四ノ宮先生とみゃーこが従姉妹!?えっ、似てなっ!」
「失禮なっ!」
「しかも従姉妹っていう割には歳離れてんのな?」
「私の母親と也子の母親が歳の離れた姉妹なの」
「なるほど」
納得したのか、先生は何度か頷いていた。
「……ていうか、"みゃーこ"って何?」
晴姉ちゃんはむしろそっちの方が気になっていたようで、先生に呆れた視線を送っていた。
「俺が考えた也子ちゃんのあだ名。なんか名前も顔も貓みたいで可いから、"みゃーこ"」
「安直ー。まぁでも確かに、似合ってるかも」
晴姉ちゃんにもからかわれたけど、それがきっかけでその日からもっと打ち解けたような気がする。
そして穏やかな時間は、先生の図書室の整理が終わってからも続いた。
先生は職員會議があったり忙しそうで、毎日來るわけではなかったけれど。
私は何をするでもなく、一人で窓を開けて部活に勵む生徒たちを眺める時間が好きだった。
たまに先生と喋って。晴姉ちゃんもたまに來て。馬鹿みたいな話で盛り上がって。一緒に本を読んだりして。
そうして、いつしかそんな時間が私の寶のようになっていった。
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