《とろけるような、キスをして。》落ち著く聲

「……そうか。野々村さんが辭めてしまうのは會社としては大分痛手になってしまうが……。もう決めたことなら私が止めるわけにもいかないからな。上に通しておくよ」

「ありがとうございます」

「ただ引き継ぎもあるから、すぐにとはいかないと思うからその辺はちゃんと考えておいて」

「はい。わかりました。ありがとうございます。失禮します」

上司である総務部長に頭を下げると、私は自分のデスクに戻る。

───あれから、一週間が経過した。

東京での暮らしは相変わらずで、特別仲の良い同僚もいなければ友達もいない私はルーティンワークをこなして家に帰るだけの日々。

寂しくないと言えば噓になるけれど、毎日のように先生や晴姉ちゃんと頻繁に連絡を取っていたため、今までよりは孤獨をじることがなかったように思う。

あの後、深山先生と晴姉ちゃんはすぐに高校の教頭先生に話を聞いてくれた。そして教頭先生は快く面接を引きけてくれ、來月面接のためにもう一度地元に帰ることが決まった。

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どうやら今のところまだ求人を出してはいないようで、上手くいけばそのまま採用になるらしい。

世間一般で言うところのコネと言うやつだ。

とんとん拍子に話が進んでいくことに若干の困はあれど、これも何かの縁かもしれない。そう思って私も面接に前向きな気持ち。

もう半分決まっているようなものならば、と今の仕事を辭める決心がついた。

先ほど、ようやく退職願を総務部長に提出してきたところだ。

先生に"退職願出した。張した"とメッセージを送って帰る準備をする。

會社を出たタイミングで、先生から"頑張ったな"と返事が來た。

家に帰ると、適當に晩ご飯を済ませてお風呂にる。

上がってしばらくしたところで、スマートフォンが鳴っていることに気が付いた。

畫面を見ると、"深山 修斗"の文字。

電話だったため、そのまま通話ボタンをタップして耳に當てる。

「もしもし?」

『あ、みゃーこ?』

「どうかした?」

『んー……特に用はないんだけど』

髪のをタオルで拭きながら首を傾げていると、

『みゃーこの聲が聞きたくなったから』

そんな彼氏みたいなことを言われて、一気に溫が跳ね上がる。

『みゃーこの聲聞くと、安心するっていうか……落ち著くんだよね』

私が戸っているのが電話越しでもわかるのだろう。先生はクスクスと笑っていた。

「か、からかわないでよ……」

『からかってない。俺はいつだって本気です』

「タチ悪……」

『ははっ』

ほら、やっぱり笑ってる。

私をからかうことの何がそんなに面白いのかはよくわからない。

私の聲が落ち著く?

……それは、先生の方だよ。

先生の聲は、電話越しでもとても優しい。

『今日な?四ノ宮先生がさ───』

「ふふっ、なにそれ楽しそう」

『だろ?でさー……───』

會話の容はくだらないのに、元気が出るというか、心が穏やかになれるというか。

しかも、私が寂しくなりそうなタイミングを狙っているかのように電話が來るから不思議だ。

「先生、私明日會議だから早く寢なきゃ」

『あ、もうこんな時間?ごめんな、話しすぎた』

「ううん。電話嬉しかった。ありがとう。おやすみなさい」

『可いこと言うなあ。……おやすみみゃーこ」

先生の言う"おやすみ"を聞くと、その日の夜はいい夢を見ることができるって、最近気が付いた。

"おかえり"とか、"ただいま"とか、"おやすみ"とか。そういうことを言い合える相手がいるのって、いいなあって。

先生は話の流れでそう言ってるだけなのはわかっているけれど、いつのまにか先生からの"おやすみ"を聞くのが楽しみになってしまっていた。

數日後。無事に私の退職願が理された。

「次の仕事は決まってるのかい?」

「まだ確定ではありませんが、知人に紹介してもらえることになっていて」

「そうか。じゃあ退職屆書いておいて。人事部に聞けば用紙くれるはずだから。あ、後引き継ぎもよろしく頼んだよ」

「はい。ありがとうございます」

総務部長のデスクを離れ、自分のデスクに戻る。

「野々村さん、辭めちゃうの?」

私の二年先輩の橋本ハシモトさんが小聲で聞いてくる。

「はい。地元に帰ろうと思って」

「そっかあ。……寂しくなるなあ。辭める前にご飯行こうね!」

「はい。ぜひお願いします」

私が社した時から可がってくれている橋本さんの優しさに、何も相談せずに決めたことへの申し訳なさをじた。

課長に言われた通り人事部に出向き、退職にあたっての書類をいくつかけ取る。

「そっか。離職票も貰わないと……」

転職はやることが山積みだ。

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