《じゃあ俺、死霊《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。》0-2
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……
奴に斬られてから、では三十分ほど経ったように思えたけど、実際には三十秒にも満たないであろう時が過ぎた。僕の意識は薄れるどころか、むしろすっきりと覚醒している。はて、人は死ぬときこんな覚なのだろうか?
「目を開けなされ、勇者殿。そなたはまだ死んではおらぬぞ」
ゆっくりと目を開けた。切られたはずのは、夢でも見たかのように傷一つなかった。深く息を吸い込むと、が空気を吸って膨らむ。確かに僕は、まだ生きているようだった。目の前には、僕を切った骸骨が刀を付いて立っている。
「ご気分はいかがですかな。勇者殿」
「うん、ああ……悪くないよ。けどいったい……?」
「ええ。某のこれは『ノチグイ』と言いましてな、心を切る妖刀の類でございます」
骸骨がその刀を一振りすると、刃は紅い霧となってふっと消えてしまった。
「心を?」
「勇者殿の心にはずいぶんと々“くさり”が絡まっておりましたので。それを斷ち切らせていただきました」
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心の、くさり……さっきから妙に晴れやかなのは、そのせいなのか?
「そのご様子ですと、某の愚策も功を奏したようですな。いかがです?全てから解放された今、なおも終ついをまれますか?」
「……」
さっきまでは、本當に死んでもいいと思っていた。いつもなら、ここでたくさんの言い訳が、僕ののどをふさぐはずだ。けど不思議なことに、今はそのつかえが、きれいさっぱり無くなっていた。
僕は心に浮かんだことを、そのまま口にした。
「……生きたい。こんな終わり方、まっぴらだ」
「左様ですか」
骸骨は満足したように、カタカタとあごを鳴らした。
「僕の……いや、俺の語は、まだ始まってもないんだ。こんなところで、終わらせてたまるか」
「ふはは!語ときましたか、勇者殿は詩人でございますな。気にりましたぞ」
骸骨はまたあごをカタカタ鳴らす。俺はこれが、骸骨が笑っている仕草なのだと気づいた。
「さて、それでは……の前に、し外野が騒がしいですな」
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「え?」
「……お、おい!ななな、なにをしてるんだっ!」
俺はその時になって、ようやく格子の向こうの兵士たちが、大慌てしていることに気が付いた。そりゃそうだ、なんたって骸骨が目の前でいてるんだから。おまけに俺はそいつに切られるし。
「う、くな!いや、いっそ今ここで……」
「おい、だが王様はむやみに手を出すなと……」
「馬鹿やろう!勇者に逃げられたら元も子もないだろっ!」
兵士たちはパニックになって、構えた槍を今にも格子の隙間から振り下ろしそうだった。
「ちっ、無粋な連中め。し黙っておれ」
パキン。骸骨は乾いた音で指を鳴らした。するとその瞬間、鉄格子はぐにゃりと歪み、ドロドロに崩れはじめた。呆気にとられる兵士たちの前で、格子の隙間はどんどん塞がっていき、やがて一枚の巨大な鉄板になってしまった。
「な、なんだ?何が起こって……」
「なに、大したことではございません。某のつまらん才でございますよ。鉄をるのです」
「す、すげえ……もしかしてあんたも、能力ってのを持ってるのか?」
「いやいや。勇者殿と比べては取るに足りませぬ。それより今重要なのは勇者殿のお力です」
「俺の?」
「左様。今の某にはこの程度の、いわば奇の真似事しか出來ません。しかし勇者殿のお力添えが有れば、某も勇者殿のお役に立てるやも知れませんぞ」
「……助けてくれるのか?」
骸骨は片膝を折ると、パキリと音をたててひざまずいた。
「おみであるならば」
「……そっか。ありがとう、助かるよ」
二つ返信をすると、骸骨はぽかんと(しているのかはわかりづらいけど。何せ表がないから)口を開けた。
「どうした?」
「いえ……失禮ながら、しくらい勘ぐられるか、とも思っておりましたので」
「ああ、うん。なんか信じてもいいかなって、そう思えたからさ」
理由は分からないが、なぜか親になってくれる骸骨。うん、怪しい要素たっぷりだ。だけどなんだろう、直とでも言うのか、とにかく今は人を疑う気になれなかった。
「俺はあんたを信じても後悔しない。そう決めたんだ」
「はぁ。達観というか、なんというか……いやあっぱれ。つまらないことを伺いましたな」
「それより、これからどうする?俺の力が必要なんだろ?」
「ええ。ここに留まっても展はめますまい。走をはかりましょう」
「走……いいね。語の始まりにはうってつけの展開だ」
「ただ、そこで問題が。某も剣の腕にしは覚えがあるのですが、いかんせん力を枯らしすぎてしまいました。そこで、勇者殿の魂をし分けていただきたい」
「俺の、魂?それって分けられるものなのか?」
「並の者にはできませんでしょうな。しかしそれを可能にするのが貴殿のお力です。首にかかっている、それをお出しなされ」
「首に?」
「ええ。勇者殿にも、某と同じものがかけられているはずです」
そういうと、骸骨は自分の元を指し示した。すっかり汚れていて気付かなかったけど、小さな何かがひもでぶら下がっている。
俺はシャツの襟もとに手を突っ込んで、指先にれたものを引っ張り出してみた。それは、明なガラスの鈴?のようなものだった。いつの間に?
「これ、なんだ?」
「さて、実は某もよく知りません……はは、そんな顔をしなさいますな。とはいっても、それが勇者殿の意思と力の仲立ちをすることだけは知っています」
「これが?」
「ええ。念じてください。貴方の思うがままに」
よく意味は分からなかったけど、とりあえず言われるまま、俺はガラスの鈴を手に握ってみた。
(うーん。よくわかんないけど、今は何でもいいや。もし俺を助けてくれるなら、俺とこの骸骨とを自由にする手助けをしてほしい!)
かなりアバウトだけど、自分への願いだから、こんなもんでいいだろ。実際、それは通じたらしかった。ガラスの鈴は俺の手の中で、ぼうっと青くった。
「これで、いいのか?」
「ええ。うまくいったようです……おぉ、久々に気が満ちるのをじます。さすがは、勇者殿の霊みたまだ」
「そう、なのか。よくわかんないけど。魂なんてみんな同じじゃないのか?」
「いいえ。魂……ここの者どもは魔力とか言ってましたが、勇者殿は特に膨大なお力をお持ちのようだ」
「ふーん……能力の次は魔力ねぇ」
いよいよ現実味が無くなってきたな。けど、今は紛れもなくこれが現実だ。そしてここから出なければ、その現実もはかなく散ってしまう。
「じゃ、行けるか?」
「無論。さあ、まいりましょう!」
言うが早いか、骸骨はまたも指をパキンと鳴らした。その瞬間、兵士たちの前に立ちふさがっていた鉄板がどろりと溶けたかと思うと、今度は階段狀になって、俺たちの前に道を作った。それを一気に駆け上ると、そこには槍を構えた兵士たちが、待ってましたとばかりに構えていた。いっせいに兵士たちが湧きたつ。
「出てきたぞ!絶対に逃がすな!あの勇者を必ず殺せ!」
「おおー!」
地下牢全を揺るがすほどの怒聲をけても、骸骨は平然としていた。
「ふん。數ばかり揃えよって。なまった腕の慣らしにはちょうどいいわい」
骸骨は骨だけの腕をすうと突き出すと、宙をつかむような仕草をした。そのとたん、階段狀になっていた鉄が再び溶け、今度はつぅと上へ吸い上げられていく。鉄は空中でいくつもの雫に分かれ、それらはさらに薄く引きばされると、無數の鉄刀へと姿を変えた。すごい……まさしく千刃だ。その景に兵士たちは肝をつぶした顔をし、骸骨はカタカタと殘忍に笑う。
「骨にはの溫かさはさぞ染みましょうな。さて、どやつのはらわたから……」
「あ、待った!」
慌てて駆け寄って骸骨の腕を引く。すると、かしゃりと音を立てて腕が引っこ抜けてしまった。
「う、うわぁ!ご、ごめん!そんなつもりじゃ」
「ぬ?落ち著きなされ、大したことはござらぬ。腕が一本もげただけです」
「大慘事だよ!」
「某は骨だけですから。それより、なぜお止めなすった?」
「え。あぁいや、今にも切っちゃいそうだったからさ」
「はて?勇者殿は、殺生はせぬおつもりか?」
「いやいやいや、目の前で人が切られるとか絶対無理だよ。俺、グロいのとかとか、ほんとダメなんだ」
「おぉ。なぜよりにもよって貴殿が死霊士なのか、いささかの不條理をじますな」
「俺もそう思う……なるべく、なるべく穏便に行けないか?」
「ふむ。斬らぬと言うことを意識したことはありませんでしたが、しかしおみとあらば、やれるだけやってみましょう。むうん」
骸骨がさらに手をひねると、鉄刀の刃がつぶれ、ただの鉄の棒になった。
「これなら、を見ることはないでしょう」
「いいね!それでいこう」
がダメな死霊士なんて、今まで居たことがあるのだろうか。それに俺、実はもう一つダメなものまである。それを言ったら、本格的に笑われてしまいそうだな……
「おいっ!さっきから、な、な、なにをごちゃごちゃやっているっ!」
俺たちがあーだこうだとしてるうちに、気を取り戻した一人の兵士が詰め寄ってきた。ほかの連中より立派な鎧をつけているから、リーダー的なポジションなのかもしれない。そいつは他の仲間たちにも檄とツバを飛ばす。
「お前らもビビるな!あいつの能力は貧弱なネクロマンスのみだ!たかがスケルトン一匹、俺たちでどうとでもなる!」
「そ、そうだ!やっちまえ!」
「王殿下に首をもっていって差し上げるんだ!」
兵士たちは見る間に勢いを取り戻した。反対に俺はしょんぼりと肩を落とす。
「うわぁ。すごいなめられてる……」
「いいことです。相手が侮ってくれるのであれば、こちらもきやすい」
骸骨は宙に浮かべた鉄棒を一本手に取った。それを何度かビュンっと素振りすると、兵士たちに向けてびしっと構えて見せた。
「さあ!我こそはというものは、かかってくるがよい!いざ尋常に勝負!」
それを皮切りにしたように、兵士たちがどどどっと突撃してきた!
「うおおおおー!」
「ふふん。勇み足よ!ぬうりゃ!」
骸骨が鉄棒をふりかざすと、それに呼応するように宙の鉄棒たちも一斉にく。鉄棒は一直線に整列すると、床に真っすぐ突き刺さった。まるで柵のように立ちふさがった鉄棒たちに、兵士たちがたたらを踏む。
「ふん!」
骸骨が見えない壁を押すように鉄棒を突き出すと、鉄棒の柵もずずっと押し出された。そのまま骸骨がずんずん前進すると、柵は兵士たちを巻き込んで、壁へと押しこみ始めた。
「うおおぉぉ!?」
「どおおぉぉぉっせい!」
骸骨が勢いよく棒を突き出す。ガシャアン!鉄棒の柵と壁とに挾まれて、兵士たちの鎧が騒々しい音を立てた。
「げぇっ」
「うぐぐ……くそぉ」
押しつぶされた兵士たちはくばかりで、腕の一本もかせない。すごい、一瞬で片が付いてしまった。
「勇者殿のおけだ。命までは勘弁してやろう。さ、片付きましたぞ。勇者殿、先へまいりましょう」
「う、うん」
骸骨が手を一振りすると、鉄柵はずいっと割れて、俺たちが通れるように道を開けた。押しのけられた兵士たちが再びぐええとく。災難な兵士たちに、いささかの憐憫を覚えながら地下牢を出ると、そこはすぐに階段になっていた。ほかに牢屋は見あたらない。あの古井戸みたいな地下牢は、俺だけの個室だったみたいだ。変な作りだな、こんな大きな建に牢屋一つなんて。まるで最初から、俺一人を閉じ込めるためだけに造られたみたいだ……
階段を上りながら、俺は骸骨に聞いてみた。
「な、なあ。ところであんた、めちゃくちゃに強いけど。何者なんだ?」
「うん?見てのとおり、しがない骸です」
「いやいや、そうだけど、そうじゃないでしょ」
「そうですな。しかし、その続きはここを出てからにしましょう。次が來ました」
見上げると階段の上から兵士たちがドカドカとかけ降りてくる。
「うわ、また多いな。行けそうか?」
「承知。なぁに、一瞬で片づけましょう!」
つづく
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読了ありがとうございました。
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