《じゃあ俺、死霊《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。》1-3

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苦戦する俺の背後から聲をかけたのは、背の高い娘だった。足が悪いのか、杖を突いている。それでも背筋はピンとしていて、そこにびる栗の髪は、後ろでぴしりと一括りにされている。いかにも生真面目な雰囲気だ。

「見ない顔だけれど。私たちの村に何か用かしら」

「お、助かった。このじいちゃんに話を聞こうとしてたんだけど、なかなか上手くいかなくてさ」

「……ジョージ爺さんは數年前から耳を悪くしているの。話なら私が聞くわ」

「ホント?よかったぁ、もう誰も話してくれないのかと思ったよ。なんか俺、変なヤツに見えるらしくって」

「それについては私も同意見よ。私の気が変わらないうちに、早く本題にった方がいいと思うのだけれど」

「おっと、わかったわかった。ええっと、今俺は人探しをしてるんだ。三年前にいなくなったの子なんだけど」

「……三年前?」

「おっ、なにか知ってるか?この村の外れの森に行ったみたいなんだ」

「あなた、どこでその話を……?」

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「ん?この道を真っすぐ行ったところにある家のおばあちゃんにだけど。なあそれより、なんか知ってたら教えてくれよ。ばあちゃん、ずっと探してるみたいなんだ」

娘は、はっとしたように目を見開いた。だが、すぐにスッと目を細めると、かすれた聲で言った。

「……死んだわ」

「へ?」

「あの子は死んだわ。だから探しても無駄よ」

「え、でも行方不明だって。だったら、萬が一の可能も……」

「本気で言っているの?ただのの子が森で三年生き延びれるわけないでしょう。皆にもそう言われなかった?」

娘は頑なだ。俺は、しだけ意地悪な言いかたをしてみる。

「ああ、“村の人”にはそう言われたよ。けどさ、ばあちゃんはそれを信じてない。だからこそ、“よそから來た俺”に頼んだんじゃないか?」

「……所詮よそ者のあなたに、何が分かるっていうの。私たちは十分探したわ、それでも見つからなかったのだもの。これ以上しようが無いじゃない」

「あんたたちにどうこうしてくれって言いたいわけじゃないよ。けど俺は、自分の目で見て納得したいんだ」

「だから、それが迷だって言っているの!皆ようやくあの事件を忘れようとしてるのに、混ぜっ返さないでちょうだい!」

娘はいよいよ聲を荒立てはじめた。けどこの反応、絶対何か知ってるよな。だからこそ、おいそれと引き下がるわけにはいかない。するとその時、娘の怒らせた肩を、ポンと叩く人が現れた。

「ジェス。どうしたんだ、大聲を出して」

「あっ。お父様……」

やってきたのは娘の父親らしい、中年の男だった。刺繍のった高そうな服をピシッと著こなしている。娘と同じ、栗の口ひげがダンディだ。

「この若者がどうかしたのかね?」

「……この人、ヴォルドゥールさんに頼まれているんですって。人探しを……」

ダンディな親父さんの眉が、ぴくりといた。親父さんはあごに手を當てると、俺を上から下まで、値踏みするように見回す。

「……そうか。年くん、村の外から來たのかね?私はマネル・フランク。この村の村長であり、この子・ジェスの父だ。君は、ヴォルドゥールさんの親戚か何かかな?」

村人からも何度か聞いた、このヴォルドゥールっていうのが、ばあちゃんのことらしい。苗字か名前かは分かんないけど。俺はフランク村長の質問に首を振る。

「いいや、今日知り合ったばっかり。けどそんな俺に、ばあちゃんは親切にしてくれたんだ。だから恩返しに、出來る限り協力してあげたいんだよ」

「ふむ。わが村の住人のために盡力してくれるのはありがたいが、きっと娘からも聞いただろう。あのことは我々の中で既に終わったことなのだ。みな悼み、傷つき、ようやくそれが癒えようとしている。その傷を開くようなことは、どうかよしてくれまいか」

「……」

ふーむ。村の人たちのために、と出てきたか。こういう話し方をする人は、苦手だ。娘は人のためにくタイプのようだが、父親は人を盾にするタイプに見える。俺は慎重に言葉を選ぶ。

「……うん、わかった。もうこれ以上、この村を嗅ぎ回ることはしない」

「そうか。私たちとしても、ヴォルドゥールさんの事は気の毒に思っているんだ。“娘さん”に続いて、お孫さんまで……だが村長としては、村全を見なければならない」

「そうだよな。分かる気がするよ。ただ、代わりと言っちゃ何だけど。その子の靴が見つかった場所を教えてくれないか?」

「知って、どうするのだね?」

「せめて現場くらい見ておかないと、ばあちゃんに申し訳が立たないだろ?」

「……あそこは危険だ。君も聞いているだろう。彼が亡くなったのは、恐ろしい魔のすむ森なのだ。気軽に向かうのはお勧めできない」

「そっか。じゃあその森を、遠くから見るだけにしとく。ばあちゃんにはそれで許してもらうよ」

「……そこまで言うのであれば。これ以上は、とやかく言うまい。ただ、我々にとってもあそこは忌むべき地なのだ。そこに至る道まででよければ、娘に案させるが」

「それで十分、助かるよ」

「わかった。ジェス、村はずれまででいい。彼を案しておやりなさい」

「けど、お父様」

「ジェス。彼が“道に迷ってしまわないか”、お前も心配だろう。きちんと見送って差し上げなさい」

これはつまり、俺が勝手に村をふらふらしないか監視しろ、って意味だろうだ。やっぱりこのおっさん、嫌いだ。ジェスはそれを知ってか知らずか、しぶしぶうなずく。

「……分かりました」

「頼んだぞ。それでは私は、そろそろ失禮させてもらおう。なにぶん多忙なのでね。君も、これ以上私を煩わせるようなことは、くれぐれもしないでくれたまえよ?」

フランク村長は骨に嫌味を吐くと、取って付けたように気を付けたまえとだけ言い、さっさと行ってしまった。後に殘された娘、ジェスはいかにもしぶしぶだ、という顔をしている。

「えーそれじゃ、案してくれるか?」

「……ついて來て」

さすがは真面目らしく、嫌そうでも一応案してくれるようだ。ジェスは杖を突きながら、ゆっくりと俺の前を歩いていく。

「足、悪いのか?」

「気にしなくていいわ。この程度ならさわりないから」

「そう?……ところで、例のの子について、やっぱ聞いちゃダメかな?」

「……お父様との約束を守る気がないのなら、私はいつだって案役を降りるわよ」

ジェスは足を止めると、凍てつくような視線を向けた。俺は慌てて取り繕う。

「わ、わ。うそうそ冗談だって。あ、なぁほら!この村って何て名前なんだ?」

「あなた、それすらも知らないの?だいたいあなた何者なの。どうしてここに來たのよ?」

「あはは、それはまたおいおい……」

「……ふん。まあいいわ。この村はモンロービル。聖者ロメロが巡禮の旅で訪れた、聖禮拝堂の一つがある村と言えば、ピンとくるのではなくて?」

「……ああ。なるほどね。よくわかった、うん」

「あなた、本當に分かっているの?」

「ははは、もちろん……けどそれなら、禮拝堂ってのがあるんだ?」

「ええ……し前までね」

前まで?過去形だな。けどその理由はすぐに分かった。前方にそれが見えてきたからだ。

「これが……禮拝堂?」

「……そうよ」

そこにあったのは、黒焦げの建の殘骸……かろうじて燃え殘った柱の、豪華な彫刻を見るに、相當立派だったであろう禮拝堂……の焼け跡だった。

「焼けちまったのか」

「ええ。三年前の火事で。一瞬だったわ」

「三年前……」

俺はこの數字に、妙な引っ掛かりを覚えた。

の子がいなくなったのも、三年前だったな?同じ年か」

「……そうね。嫌な年だったわ」

「ふぅん。その子って、どうして森に行ったんだろうな。よく出かけてたのかな?」

「たまに散策に行く冒険家はいたけれど、私たちは滅多な事では立ちらないわ。深く、恐ろしい森よ。引き返すから今のうちだけど?」

「怖いのは嫌だけど、遠くから見る分には平気だろ。近寄りゃしないって」

「……忠告はしたわよ」

そこからさらに、數分だけ歩いた。そこでジェスは足を止めると、道の先を真っすぐ指さした。

「後はこの道をひたすら進むだけよ。もうこの先には件の森しかないわ。もう誰も使っていなくて荒れ放題だから、私は付いていけないけれど」

「そっか。いろいろありがとな。なにか手がかりがあったら、ジェスにも知らせるよ」

「はい?別に、私はいいわよ」

「だって、の子のこと心配してるんだろ?じゃなきゃあんなに必死にならないもんな」

「べ、別に……そんなわけじゃ……」

ジェスは何か言いたげにもごもごさせたが、はっきりした言葉にすることはなかった。

「まぁ、何も見つからなかったらごめんな。じゃ、ちょっと行ってくるよ」

俺はひらひらと手を振ると、石ころだらけのでこぼこした道を進み始めた。

つづく

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読了ありがとうございました。

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11/20 誤字を修正しました。

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