《じゃあ俺、死霊《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。》3-1 鬼

3-1 鬼

その小川はし歩いたところで見つかった。昔はもうし大きな川だったのだろうか、今は厚く積もった落ち葉にほとんど埋れている。木の葉の腐る獨特の匂いが立ち込める中、川のほとりに探していたそれがあった。

「これか。レイスのみた足跡」

『のようですね。それにほら、向こうにも跡が続いてます』

アニの言う通り、そこから川沿いにし進んだところにも小さな足跡が殘っていた。

「川伝いに歩いていったみたいだな」

『土の狀態などを見るに、真新しい足跡のようです。となると、この跡の主は、つい最近ここを通ったことになりますね』

「……ん?ってことは、この跡をつけた奴は、生きてるってことじゃないか!」

『その可能が高いです。ただ、この何者かが人間かどうかは、まだ判斷できません』

「だって、これどう見ても人の足跡だぜ?」

『まず第一に、普通の人間はこの気に耐えられません。よしんば生きていても、正気ではないでしょう』

あ、そうか。俺は何ともないけど、この森には毒みたいなのが蔓延してるんだった。

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『第二に、人の姿に近いモンスターである可能。これならば、気にあてられないことも納得できます。それに、ほら。あそこを見てください』

あそこって、どこだ?と俺が言うよりも早く、アニからレーザーライトのようなの筋がびた。は川岸に転がる巖を指している。パッと見は普通の巖だけど……

「なんだこれ……爪痕?」

巖には、爪でひっかいたような筋が、きれいに三本刻まれていた。筋といっても、かなり深いぞ。斷面もすべすべしていて、とんでもなく鋭い刃に切り裂かれたようだ。おまけに傷の周りは、高熱に溶かされたようにどろりとしていた。

「こんな跡殘せるって、どんなやつだ……?巖がバターみたいになってるぞ」

『これだけでは何とも……ライカンスロープの爪か、サラマンダーの炎の牙か。もしかすると、ドラゴンの腐食毒爪かもしれません』

「ドラゴン……けど、ドラゴンの足はもっとでかいだろ?」

『そうですね。変ポリモーフした可能も捨てきれませんが……いずれにしても、この足跡と巖の爪痕は無関係には思えません』

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うーん。足跡はどう見ても人間のそれだ。けど、この森にいる人間ってこと自が、異常事態を示している。それならまだしも、もしかしたら人に扮したモンスターかもしれないってことか……

『追いますか?足跡は川上に向かっているので、森のより深くへ向かう事になりますが』

「……うん。そうしよう。やっぱり確かめてみないと、わからない」

『わかりました。では、殘りのレイスを呼び戻しましょう。まだ戻らないということは、あまり有益な報は見つかってないのでしょう』

「あ。忘れてた」

『……』

俺がもどってこーいと呼ぶと、殘りのレイスはすぐに飛んで帰ってきた。

「あれ。そういや、こいつらは仏を頼んでこないな」

『彼らは何もし遂げていないではないですか。強制的にあの世へ送れるとは言いましたが、何もなしにというわけにはいかないんですよ』

「へー。いろいろ厳しいんだな」

『當たり前です。しは役に立ってもらわないと』

「……それってアニの決めたルールじゃないよな?」

『まさか』

川をさかのぼるにつれ、森の木々はより影の深さを増し、日のはめっきり屆かなくなっていった。レイスの桃がちょうどいい行燈がわりだな。

「夕方か、下手すりゃ夜みたいだな」

『気を付けてください。森のモンスターは、往々にして夜目がききます。こちらからは見えていなくても、あちらからは見えているかもしれません』

そんなこと言われてもな。見えないものは見えない。その時、一のレイスがぴくりと震えると、ふらーっと前方に漂っていく。

「どうしたんだ?」

『何か見つけたようですよ』

レイスの明かりに照らされた地面には、一足の木靴が落ちていた。片足だけだ。ずいぶん汚れているし、ところどころ焦げたような跡がついている気がする……

「こんなとこに、靴?」

『似ていますね』

「ん?……あ、そっか。えーっと」

俺はポケットから、ばあちゃんから預かったお孫さんの靴を取り出す。それと今拾った靴を見比べる。拾った靴の方が傷みは激しいが、、サイズ……うん、そっくりだ。

「ラッキー!やったぜアニ、さっそく見つかりそうだ!」

まさかこんなに順調にいくなんて!俺は上機嫌になって、小走り気味に歩を早める。突然元気になった俺を、アニが慌てたようにたしなめる。

『あ、ちょっと。そんなに急がなくても』

「なんでだよ?もしかしたらすぐそこに、あのの子がいるかもしれないんだぜ!あの足跡は、やっぱりの子のだったんだよ!」

『けど、正気じゃないかもしれないんですよ?』

「だとしても、死んじまってるよりマシだ。生きてれば、いずれ治せるかもしれないじゃん」

『ですが……再三言っていますが、この森で無事に生存している可能は限りなくゼロです。例え彼が“まだ地上をき回っていた”としても、それは生者としてではなく……』

生者ではない……生きていないが、この世を歩き回るもの。それってつまり。

「アニが言いたい事って……」

『止まってください』

アニは突然、強い口調で話を遮った。俺も思わず足を止める。

「アニ?」

『何かが……妙な気配をじます。そう遠くない……』

ごくり。

あたりを見回し、耳を澄ませる……不気味なほど靜かな森は、木の葉がそよぐ音すらしない。だがレイスたちも何かをじとっているように、ソワソワと落ち著きのない様子だ。これは、タダごとじゃないかもしれない。

『來ます!右前方!』

「うええ!?」

つったって、目の前に見えるのは木の茂みだけだ。別に何も……だがその時になって、ようやく俺の耳にも異音が聞こえてきた。カサカサ……パキリ。木の葉をかき分けるような音、時折枝を踏みしめる音。まるで何者かが、森の中を歩くような。そして気のせいじゃなければ、ソレはだんだんこちらに近づいてきている。

「こいつは……気のせいなんかじゃ、ないな」

音はどんどん大きくなってくる。ガサガサガサ!バリバリ!もうすぐそこだ。そしてついに目の前の茂みを突きやぶって、そいつが飛び出してきた!

「ギアアアァァ!」

鬼!?

とっさに地面にを投げ出す。バタつきながら起き上がると、俺がさっきまでいた場所に、不気味な怪が佇んでいた。老人のような真っ白な髪。額からは毒々しい紫の角が突き出している。幽鬼のように白いは、ところどころ紫の鱗に覆われていた。そしてこちらをギョロリと睨む二つの目だけは、のような赤だ。

「な、な、なんだコイツ!?」

『分かりません!夜叉か、フィーンドか……ですが今はそれは重要ではないでしょう!また來ます!』

「グワアアァァ!」

鬼は恐ろしい聲を上げながらこちらへ向かってくる!その手にはドス紫の鉤爪がっていた。あれで引っ掻かれたら……

「グルルウウウゥ!」

「うひゃ!」

俺は猛スピードで繰り出された鬼の鉤爪を、間一髪でかわした。我ながら奇跡的な回避だ。鉤爪は勢い余って後ろの巨木に突き刺さる。すると木の幹が……

「ひえっ。く、腐ってくぞ?」

『腐食毒……!あの爪にってはいけません!れたら最後、が腐り落ちますよ!』

鬼が爪を引き抜くと、そのからはブスブスと黒い煙が上がっていた。木はその箇所からみるみる紫に変していく。もしも、あれが俺の腕だったら……ううっ、考えるんじゃなかった。

「どう見ても、やばい奴だな?」

『同です。あの爪、竜の気を帯びていますね。巖に傷をつけたのも、あの鬼の仕業でしょう』

「じゃあ、あの足跡も……?」

俺は鬼の姿を改めて見る。恐ろしい容姿だが、確かに背格好は人間くらいだ。足だって、うろこに覆われているが、サイズは人間相當に見える。くそ、なら俺の予想ははずれだったってことか?

「早急にお引き取り願いたいところだな……アニって、なんかこういう時の、一発逆転必殺技とか持ってないの?」

『私に聞かないでくださいよ。あるとしたらあなたでしょう。ですが今は、戦うより逃げた方が賢明な気がします』

「それは、確かにそうだな」

俺はじりりと鬼の様子をうかがう。鬼のほうも、まさか渾の鉤爪をかわされると思っていなかったのか、警戒するように俺から距離をとっている。そのままビビってくれればいいんだけど、いま俺が走り出せば、確実に後を追ってくるだろう。そうなった時が問題だ。俺は足の速さに自信はないし、あの鬼の瞬発力はとてつもないぞ。

「なにか、あの鬼の気をひければいいんだけどな……」

どうする、苦し紛れに石でも投げつけてみるか?俺が焦心苦慮していた、その時。バキバキバキっとつんざけるような音がした。

「なんだ!?」

『見てください、木が!』

鬼の爪にやられた巨木が、腐食した本からボッキリ折れたのだ。折れた幹は俺と鬼のほうへと倒れ込んでくる。

『っ!今です!レイスたちを鬼へ!』

「え?こ、こうか!?」

アニにせかされ、俺は夢中でレイスたちを投げつけた。鬼は木の折れる音に気を取られ、一瞬反応が遅れた。レイスは煙となって鬼に纏わり付き、この世のものとは思えない恐ろしいうなり聲を上げた。

「オオオォォォン!」

「ガアアアアァァ!」

レイスを振り払おうと、鬼はめちゃくちゃに爪を振り回す。しかしレイスは霊だ。いくら爪で散らされようと、そのすぐ後には元に戻る。鬼は狂ったように宙をかき回し、その頭上に大木が倒れ込んでいく……バキバキメキ!

『何ぼーっとしてるんですか!早く逃げますよ!』

「あ、おう!」

アニの聲ではっとなった。このままじゃ俺も巻き込まれちまう。俺はに火が付いたように走り出した。だけど、どうしても後ろが気になる。思わずちらりと後ろを振り向くと、まさに木が折れる寸前だった。大木によって俺と鬼とが遮られる直前の、ほんのわずかな間だけ、鬼の深紅の瞳と目が合った。その時。

「ガエゼッッ!」

「っ!?」

その時たしかに、鬼が何かをんだんだ。だが次の瞬間には、轟音とともに巨木の幹が俺たちの間に倒れてきた。ズズゥゥン!濡れた落ち葉が舞い、黒い土が小石とともに吹き上がる。その混に乗じて、俺はからがら鬼から逃げおおせることができた。

つづく

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読了ありがとうございました。

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