《じゃあ俺、死霊《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。》3-4

3-4

「……ってことは、きみはフランセスで間違いないんだ?」

俺は毆られたあごをさすりながら、そうたずねた。すると、俺の目の前に座る……フランセスは、コクリとうなずいた。やはりあの鬼の正は、ばあちゃんの孫、フランセスで間違いなかったらしい。正直、パッと見では自信がなかった。ばあちゃんに聞いていた、月のような銀の髪というのは、ほこりに汚れすっかり白くなっているし、こんなに全やけどを負っているなんて聞いていなかった。

「じゃあ本當に……ゾンビになって、今までさまよい続けていたんだな」

フランセスはまたコクリとうなずく。そのしぐさは、さの殘るそのものだった。こんな子どもがこの森で存在し続けるには、それこそ魔にでもならなければ不可能だったんだろう。けどそのおかげで、今こうして話もできているのだ。悲しんだらいいのか、喜んだらいいのか……複雑な気持ちだった。

「なあ。どうしてこんなとこに來ちゃったんだよ。今更だけど、せめて大人と一緒なら、今頃生きたきみと話せていたかもしれないのに」

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これに対しては、はだんまりだった。そのほかに何を質問しても、名前以外は教えてくれない。俺はへとへとになって、アニにぼそりと愚癡をらす。

「アニ……俺この子に、あんまりよく思われてないみたい」

『そのようですね。能力自は問題なく発したはずなので、その気になれば服従させることもできますけど』

「そんなことしたらもっと嫌われちゃうでしょ」

うーん、困ったな。そのとき、俺はフランセスが、俺の頬のあたりにちらりと目線を向けたのに気付いた。

「ああ、これか?気にすんなよ、もう痛くないから」

俺は自分の頬を指さした。フランセスの爪に切り裂かれて、俺の頬にはかっこいい傷跡が殘った。そのままだと顔が腐食毒で真っ黒に腐っていたらしい(!)けど、アニが回復魔法とやらで解毒をしてくれた(この時初めて知ったけど、アニは魔法が使えるらしい。便利なナビゲーターだ)。今は痛みもないし、解毒も間に合ったから俺は気にしていない。

(もとからそこまでいい顔でもないしな)

けどフランセスはもしかしたら、この傷のことを負い目にじていたのかもしれない。俺が何でもないというふうに笑いかけると、フランセスはしだけ表をやわらげたような気がした。

「よっし!ここでこうしててもしょうがないし、とりあえずばあちゃんとこに戻ろうぜ。まずはフランセスが見つかったことを報告してあげないと」

俺がそう言って腰を上げても、フランセスはそのまま座り込んだままだった。

「おい、どうしたんだよ。お前のばあちゃんに會いに行こうぜ。すっごい心配してたんだから。お前の靴を持たせてくれたのも、ばあちゃんなんだ」

フランセスは返した木靴を履いたつま先を、もじもじと突き合わせるだけだ。なんだろう、何か行きたくない理由があるのかな?

『會いづらいんじゃないですか?當時はかわいい孫でも、今は化けなんですし』

「あ、こら!またそうやって歯に著せないようなことを」

案の定、フランセスはぎりっと俺をねめつける。俺じゃないぞ、この口の悪いガラスの鈴が悪いんだ。

『なんですか?仮にも主に向かって、その顔は。さっきから態度も気に食わないんですよ』

「ちょ、ちょっとアニ……」

『従いなさい、家畜のように!』

リイン!アニが甲高く鳴ると、フランセスはびくりとを震わせた。と思った次には、すっくと立ちあがった。なんだ、あんなに嫌がっていたのに、ついてくる気になったのか?だけど當の本人も、自分の挙に困しているようだった。

「アニ、まさかお前……フランセスに何かしたか?」

『ちょっと躾がなっていないようでしたので、作を強制してみました。大丈夫、本人の意識はきちんと殘してあります』

じゃないと調教になりませんし、と騒なことをつぶやくアニ。こいつ、死霊たちにはやたら辛らつだよな……

フランセスには、従いたくないという自分の気持ちも殘っているらしい。それでもいてしまうんだろう、あまりの悔しさに目を潤ませている……おかしいな、かわいそうだな?俺たちはこの子を助けに來たはずなのにな?

(けど暴れられてもこまるしなぁ)

しょうがない。俺はせめてもで、フランセスをなだめるように聲をかけた。

「と、とりあえず行こうぜ。な?」

フランセスはうなずきもしなかったが、もう抵抗することもなかった。俺と二人で、森の出口へ黙々と歩く。いたたまれなくなって、途中何度も聲をかけたが、すべて無視された。俺の聲ばかりがむなしく、靜かな森に吸い込まれていった……

「……あら?あなた、ちゃんと帰ってきたのね」

俺たちが森を抜け出し、村はずれに戻ってくると、木に座っていたジェスが聲をかけてきた。ジェスは読んでいた本をぱたんと閉じると、杖を突きながら用に立ち上がる。

「ジェス。待っててくれたのか?」

「そんなわけないでしょ。誰かさんが、本當にすぐに帰ってくるかどうか確かめようと思っていたの」

「あ、そう……」

そういや、森だけ見て帰ってくるって話してたんだっけ。もう太もずいぶん傾いている。ずいぶん時間が経ってるみたいだ。とてもじゃないが、行って帰ってきました、という言い訳は通りそうにないぞ。じとーっと目を半分にするジェスに、俺はははは、と乾いた笑いで答えるしかなかった。

「あっ。あなた、けがしたの?頬のところが……」

「あ、これか。ああその、ちょっとひっかけちってさ。たいしたことないよ」

「……まあいいわ。でもその様子じゃ、どうせろくなものは見つからなかったんでしょうし」

ジェスは手ぶらで帰って來た俺を見て言った。そりゃそうだ、なぜなら肝心のフランセス本人がいないんだから。フランセスは村の近くまではおとなしくついてきたが、村にることは斷固として拒絶した。こればっかりはてこでもかず、いやいやと首を振るばかり。アニですらお手上げだと匙を投げるほどだった。よっぽどいやだったらしいが、理由もわからないし、無理強いしても仕方ない。そういうわけで、仕方なく俺だけで戻ってきたのだった。

「はは、まあそんなところだよ」

「それで、もう気は済んだのかしら。この後はどうするつもり?」

「うーん、とりあえず調査結果をばあちゃんに報告かな。なんて言ったらいいやら、悩ましいとこだけど」

「え……あなた、なにかわかったの?」

ジェスは驚いたように目を見開くと、數歩こちらに詰め寄ってきた。やっぱり、どうにも彼はこの件にえらい食いつきたがるようだ。

「まあ、ちょっとな。やっぱり気になる?」

「……別に、そういうのじゃないわ。ただ、どんなことを知ったのか、と思って」

「そう?ただ悪い、とりあえず最初にはばあちゃんに話したいんだ」

お孫さんがゾンビになっていましたなんて、ほいほい言いふらすものでもないだろ。ジェスも俺の言い分を理解したのか、納得はしてなさそうだったが、これ以上食い下がることもなかった。

「……そうね。まずはヴォルドゥールさんに報告すべきだわ。引き留めて悪かったわね」

「いいよ。じゃ、そういうことだから……」

俺はジェスと別かれて、ばあちゃんのいる村はずれまで歩き出す。ジェスから十分距離をとったあたりを見計らって、アニが小聲で話しかけてきた。

『彼、ずいぶんあのに対してご執心のようですね。その割にはあっさり引き下がりましたけど』

「まーそうだな。生きてたら年も近いはずだし、やっぱり気になるんじゃないのか?」

『そうですね。それだけだと、いいんですが……』

つづく

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読了ありがとうございました。

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