《じゃあ俺、死霊《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。》6-1 別れ
6-1 別れ
「フランセス。ばあちゃんのこと、ホントにいいのか?」
俺はフランセスに追いつくとたずねた。フランセスは、何も言わなかった。俺は肩をすくめると、待たせていたジェスとフランク村長に近寄る。
「さてと。待たせたな、村長さん。ぼちぼち行こうか」
村長はこれ以上食って掛かってくることはしなかった。俺たちは黙って歩き出す。し離れたところを、フランセスもついてきた。
俺たちは村の外周をぐるっと迂回するように、草むらや畑のあぜを歩いた。村の人にこんなとこ見られちゃ面倒だからな。アニがほの青くるおかげで、夜道でもなんとか歩いていける。俺は拾った剣を手に構えたまま歩き、そのせいか村長は終始居心地が悪そうだった。
ところで、フランク村長といっしょに、ジェスまで俺たちについてきた。
「お父様がご同行されるのなら、私もご一緒させていただきます」
人質にしたのは村長だけだったし、あぜ道は足の悪いジェスには厳しいかとも思ったが、ジェスは気丈に平気だと言い切った。フランク村長が肩を貸そうとしても、丁重に斷ったくらいだ。別に困ることもなかったし、俺は何も言わなかった。
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道すがら、俺はフランク村長に俺の用件を伝えた。フランク村長はいぶかしげに眉をひそめる。
「ヴォルドゥールさんの、面倒を見ろだと?」
「これからも変わりなく暮らしていけるように、最低限サポートしてやってほしいって言ったんだ」
「……縁者でもないくせに、なぜだね?どうしてそこまであの老人にこだわる」
「何度も言ったけど、俺はばあちゃんとは今日會ったばっかりだし、グルにでもない。言ったら、ばあちゃんは巻き込まれた側なんだ。俺にせっかく親切にしてくれたのに、そのせいでばあちゃんが不幸になるなんて嫌なんだ」
これが、俺のフランク村長への用件だった。俺が去った後で、ばあちゃんが村人から迫害されないか心配だったんだ。きっといまの段階でも、彼はあまりいい暮らしをしていないはずだ。ばあちゃんの家は、村の外れも外れにあった。そんな寂しい家に、老人で一人暮らし。そこにかつての勇者の悪評をプラスすれば、村での立場なんて簡単に想像できるだろ。けっ。
「どのみち、この先ばあちゃんがもっと歳をとったら、あそこでの暮らしは難しいだろう。俺は恩人に孤獨死なんてしてもらいたくないから、そうならないように手助けしてやってほしい。そういう、いわゆるお願いだよ」
「お願いだと?」
「ああ。だってそうだろ。俺が村を出て行ったら、だれもそれを確かめられない。なにか契約を結ぶわけでもないし。だからあんたは、この場ではイエスと言っておいて、実際はそんなもの知らん顔することだってできるんだ」
「……もし私がそうしたなら、どうする気だね?」
「さてね。未來のことは俺にも分からないからな。だけど、これだけは覚えておいてくれ。俺は、必ずここに戻ってくる。いつになるかは分からないけど、必ずだ。その時の狀況次第では、何が起こるかは……俺にも想像つかないな」
俺の言葉に、フランク村長は苦蟲を噛み潰したような顔をした。こんな脅迫じみたやり方、あんまり好きじゃないんだけどな。勇者はこんな渉しないだろ?だけど俺の見立てでは、村長はそんなに難は見せないはずだ。この人がきらいなのは勇者である俺であって、基本的に自分の村民には善良でなきゃいけないはずだから。もちろんフランセスのことがあるから、百パーセントとは言えないけど。
「で、どうだ?俺の頼みを聞いてくれるかな」
「……馬鹿にするなよ、小め。貴様に言われなくとも、村民を守るのは村長である私の義務だ。そんな依頼など、聞くまでもないわ」
……ひねくれていて分かりづらいけど、聞いてくれるってことだよな?ふう。俺がフランク村長と友達になる日は、今後一切こなさそうだ。俺が呆れた表をしていると、ジェスがくすりと笑って、そっと耳打ちした。
「心配しないで。お父様は約束を違えない人よ。って、私が言っても信用できないかしら」
「ジェスがそう言うなら、信じるけど……」
「そう?ありがとう。お父様は、村のためなら冷徹な判斷を下すこともあるけれど、だからと言って非な人でもないの。困っている人を打ち捨てるようなことはしないわ。それにもしも、お父様や村の人が約束を破ろうとしても、私がそうはさせない」
「ジェスが?」
「ええ。こう言うと、言い訳がましく聞こえるかもしれないけれど……もともと、ヴォルドゥールさんへの援助は、私が主導だったの。しでも罪滅ぼしになればと思って」
「ジェスが、ばあちゃんに援助を?」
「そうでなきゃ、おばあさんが一人で暮らしていけるわけないじゃない。食べを手配したり、時々様子を見に行ったり……表立たないように、こっそりとだったけれど。きっとおばあさんも私のことは知らないはずよ」
なんだ、そうだったのか。なら俺が余計な心配することもなかったのかもしれないな。その時ふと、以前聞いたあることを思い出した。
「なあ、もしかして、ばあちゃんちに花を添えたりもしてた?」
俺の質問に、ジェスは目を真ん丸にした。
「……驚いた。どうして知っているの?」
「ばあちゃんに聞いたんだ。いつも窓辺に花を置いていくやつがいるって。ばあちゃんはイタズラだと思ってたみたいだけど」
「そう……毎月、いちばん夜が深い日に、花を手向けに行っていたの。おばあさんへの謝罪と、フランセスの鎮魂のために……けど、それならもうよした方がよさそうね」
ふふ、とジェスは自嘲気味に笑った。
「……そうだな。やめちまえよ、そんなこと」
ジェスは俺のほうを見る。
「やめちまえよ。夜の闇に紛れて花を添えたって、きっと誰にも屆かない。そんなことするくらいなら、いっそきちんと向き合って話してみろよ。明るいお日さまの下でさ」
「……けど」
「それが嫌なら、ずっとに抱え込んでいたっていい。誰にも屆かないような祈りよりは、ましなはずだ。それは無意味で、虛しいだけだよ」
「……そうかもしれないわね」
ジェスは目を伏せて、自分の足元を見つめた。俺は言うだけ言った後で、勢いでしゃべってしまったことを後悔していた。
「……悪い、偉そうなことを言った。否定とか非難とか、そういうつもりじゃなかったんだ」
「ええ。わかってるわ。ありがとう、すこし気持ちが整理できた気がする」
「……だったらいいんだけど」
俺たちはいつの間にか、村はずれまで歩いてきていた。村の明かりがずいぶん遠くに見える。ちょうどうまい合に、畑を抜けて街道に出ることができた。ここまで來れば十分だろう。言いたいことも言えたしな。
「さてと。見送りはここまででいいよ。俺たちは行っちまうけど、まさか後を追ってきたりはしないよな?」
俺の軽口に、フランク村長は歯ぎしりで答えた。男たちがまとめてコテンパンにやられたんだから、追いたくても追っかけられないだろ。くくく。
「じゃあな、ジェス、村長。ばあちゃんのこと、くれぐれも頼んだぜ」
フランク村長は応じなかったので、ジェスだけがうなずいた。俺はくすりと笑うと、二人に背を向けて道なりに歩き出した。やはりし距離を置いて、フランセスもついてくる。一本道だから迷うことはない。特に行くあてもないけど、道なりに歩いていけば、そのうち別の町が見えてくるだろ。
「……まって!」
ぶような呼び聲に、俺は足を止め、振り返った。ジェスが荒い息をして、俺たちの後ろに立っていた。
「待って、フラン。どうしても、あなたと話がしたいの」
「……」
フランセスは無言で、ジェスを見つめた。
「けど、あの。なんていったらいいか……」
ジェスは腕をぎゅっと抱くと、もじもじと視線をさまよわせた。
「あの、フラン……私たちのこと、どう思ってる?」
どう思ってる?それは……アバウトな、質問だな。何を聞きたいんだろう?
「ああ、ごめんなさい。遠回しな言い方をしたわ。ダメね、逃げてばっかりで。そうじゃなくて……」
ジェスはぎゅっと目をつぶると、覚悟を決めたように、まっすぐフランセスを見た。
「恨んでいるでしょう、フラン。私は、報いをけに來たの」
つづく
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