《じゃあ俺、死霊《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。》5-2
5-2
「はぁ……」
小さなため息は、夜のとばりに吸い込まれて、消えた。
シスター・ウィルは、夜風がいたずらにかきす髪を手で押さえながら、とぼとぼと歩いていた。
「眠れない……」
ウィル自、今日は祭事に客人の世話にと引っ張りまわされて、へとへとに疲れていた。だがそれ以上に、今日のおわりにやってきたの告白は衝撃的だったのだ。
ウィルは心ついてからずっと、このコマース村で育った。羊とガサツな牧たちに囲まれて育ったは、同年代に比べると“世間れ“している。とはいえ、それでも心のっこの部分は、まだまだであることに変わりはないのだ。
「彼・・に、そんな事があったなんて」
ウィルは時おりぽつぽつとひとりごちながら、ふらふらと足を進めていく。特にどこかへ行こうというつもりはなかった。ただ夜風に當たって、し気持ちの整理をしたかったのだ。だが彼は、自分の足がおのずとそこへ向かっているのを、他人事のようにぼんやりとじていた。
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ウィルは神殿の裏の林を抜けて、墓地へとやってきていた。
こんな時間に墓場をうろつくシスターなんて、村人に見られたら噂になってしまうだろうな。ウィルはやはり他人事のように自分を評すると、くすりと笑いをらした。
夜の墓場は當然ながら暗い。昨日は満月だったから、月が出ていれば明るいだろうけど、あいにくと晝間からの薄雲が、まだ空にへばりつくように殘っている。ウィルはランタンの明かりを頼りにして、墓石の間を進んでいった。
とある一つの墓石の前で、ウィルは足を止めた。
「……」
その墓石に、名前は無い。ここに眠っているのは、名も知らない一人のだ。村人があわれに想い、人里に葬ってやった。怪にさらわれ、花嫁にされてしまった。さぞかし辛く、悲しい生涯だったに違いない。そう、さっきまでは思っていた。
「ねえ、あなたならどう思う?」
ウィルは墓石に問いかける。
「いったい誰が、悪かったのでしょう……」
當然、こたえるものはいない。彼自もまた、答えを期待しているわけではなかった。ただ、自分の心の落としどころを探している。それだけだ……
「……」
それからしばらく、ウィルはその場にしゃがんでぼうっとしていた。心のすみでは、まだ小さなわだかまりがからころと転がっていたが、いい加減そろそろ戻ろうと腰を上げた。
し冷えてきた。風もさっきより強く吹くようになっている。まだまだ溫暖な季節だが、この墓場は他にくらべて空気が冷たい気がする。
「ベール、持ってきてよかった」
ウィルは肩にまとっていたベールをに引き寄せた。これでしは風よけになる。さっき一度いだのが、神殿を出る時はきちんとした格好をしろと、祭司長に厳しく言われているのだ。シスターたるもの、いつ何時人に見られても恥ずかしくないようにせよ、とのことらしい。
「こんな夜中に、人の目もあるまいし……」
ばかばかしい。ついくせでもってきてしまったが、いっそいでしまおうか。
自分がおよそ真面目ではないことは分かっている。だってしょうがないじゃないか、こんな田舎で清廉潔白な乙を求める方がどうかしてるのだ。
(それを、あのニシデラとかいう人は。大して歳も変わらないくせに、私をハレンチ呼ばわりなんかして……!)
あれ、これは私が自分で言ったことだったっけ?
「あら……?」
その時ふと、耳に違和を覚える。ジャリッと、地面を踏みしめるような音が聞こえた。え、こんな時間に人が?どきりとして、耳を澄ませてみるけど、聞こえるのは夜風が耳元で唸る音ばかり。ひゅおぉぉ。
「気のせい、かな……」
辺りは闇に包まれている。ランタンの明かりは、そう遠くまで照らしてはくれない。影の中で、得の知れない何かが蠢いている気がする。
(違う。落ち著け、目が夜になれていないだけだ……)
急に、ここにいてはいけない気がしてきた。一度だけ深く息を吸うと、足早に神殿へと戻り始めた。焦っちゃいけない。気が転してるだけ。ランタンを持つ手が汗ばむ。怖がるな。一歩一歩、確実に。
ジャルル!
「ひっ」
聞き間違いじゃない!はっきり聞こえた。何かが地面をひっかく音だ。音のした方へランタンを向ける。何も見えない。
「だれ!?誰かいるの!?」
返事はない。風が吹く。木々が唸る。どうしよう、どうしよう!
「も、もどらなきゃ。はやく、もどらなきゃ……」
ウィルは震える足を必死にかして、もがくように走り出した。
(どうして、神殿ってあんなに遠かったっけ?)
どれだけ走っても近づいてこない気がする。それでもようやく林の口が見えてきた。
「い゛っつ!」
ほんのしだけ気を緩めたとたん、右のすねを何かに思い切りぶつけた。墓石だ。ぶつけたすねがかぁっと熱を持ち、涙がにじむ。それでも足を止めちゃだめだ。もどらなくちゃ。もどらなくちゃ。
その時。
ゴオオォォ!
ひときわ強い風が背中から吹き付けて、ウィルは思わず転びそうになった。膝に手をついて必死に踏ん張る。すると急に、ぞくりと震えが走った。辺りがぞくぞくするほど青白く、明るくなっている。どうやら薄くなった雲が風で引きちぎられ、隙間から月が顔をのぞかせたらしい。自分の影がくっきり濃くなり、地面が蒼白に染まった。
そして、ウィルは見てしまった。
自分の影の、その隣に。月明りをけて、長く引きばされた影が立っている。いや違う、元々が大きいんだ。自分の倍ほどもあるその影は、広い肩幅、太い腕、そして頭には大きな耳が付いていた。まるで、オオカミのような……
「……」
ウィルの足は止まっていた。正確には、震えがひどくて、これ以上走れなかった。心臓は発しそうなほど騒いでいるのに、は冷水を浴びせられたように冷たい。ウィルは何を思ったのか、よせばいいのに、ゆっくりとの向きを反転させた。その影の正を見て、安心したかったのか。実は木の影がたまたまそんな形に見えただけで、ぷっとふき出して笑いたかったのか。今となっては、もう分からない。
ウィルは、振り返った。そして、それの姿を見た。
ランタンが手からって、地面に落ちる。
パリン―――
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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