７－３

しばらくすると森が開け、切り立った崖が見えてきた。昨日見たのと同じ景だ。崖の一部には、縦にびる裂け目が走っている。やつらの巣は、ぱっと見た限りではなにも変わりない。

「ここが、ルーガルーの巣なんですね……今もまだ、あの中にいるんでしょうか？」

「どうだろう。俺には見えないけど……フラン、何か見えるか？」

「何も。奧に潛んでるのか、そもそもいないのか」

「そうか。一度様子を見てみたほうがいいかもな」

「あ、だったら私が見てきましょうか？」

ウィルが自分のに手を置いた。

「今の私は生霊？ってやつですし、私なら見つからずに様子がうかがえますよね」

「おお、なるほど。それは名案だ。じゃあ頼んだぜ」

ウィルはうなずくと、ふわふわ飛んで巣へと向かっていった。それをみてフランがぼそりとつぶやく。

「あの子が、山ん中ぜんぶ飛び回って探せばいいのに。どうせ霊なんだから」

「おいおい、いくらなんでもそれは。あんまり時間をかけたら、がどうなるかわかんないだろ」

「もしそうなったら、ゾンビになって甦ればいい。案外、ゾンビも悪くないかもよ？」

「……お前が言うと、冗談にならないな」

俺たちがやや不謹慎な話をしているとも知らずに、ウィルは巣のそばまで近づいていた。のふちにを隠して、そーっと中をのぞき込んでいる。すると窟の中から、唸るようなグルグルという音が聞こえてきた。離れている俺たちの耳にも、はっきりと屆くくらいだ。

「ひえっ」

ウィルはぴょんと飛び上がると（浮いているにもかかわらず）、一目散にこっちへ戻ってきた。

「ど、ど、どうしましょう。なんだかバレてるみたいです！はっきり目が合いました！」

「ええ？なんでだ、ウィルが見えてるのかな」

「あ！そういえば、犬とか貓とかって、人には見えないものが見えるとか聞いたことあります。ほら、たまに何もないところに吠えてたりするじゃないですか」

「あー、は霊あるっていうよな。じゃあやっぱり気付いてんのか」

そういやこの前の狩りの時も、俺たちがここに陣を構えた段階で、オオカミたちはこっちに気付いていた。やつらの覚はずば抜けているのかもしれない。

「ど、どうしましょう？もう一度行ってきますか？最悪バレていても、怪我をすることはありませんし……」

「……いや、下手に刺激しないほうがいいんじゃないか。ウィルのがやつの手もとにあるとしたら危険だ。魂は無事でも、がダメになっちゃ話にならない」

「そ、そうでした……」

ウィルが青ざめた顔で巣を振り返った。やつのむくじゃらの腕に抱かれる、自分ののことを想像したのかもしれない。けど、さてどうしたものかな。こうなると博識な字引だよりだ。

「アニ、毎度で申し訳ないけれど。なんか方法ないかな？」

『そうですね……魔法であの窟にを焚くこともできますが、それだとルーガルーを刺激しかねない……でしたら、遠視魔法で中を覗いてみますか』

「遠視魔法？」

『遠くの景を見る魔法です。問題は、そこが何も見えないほど真っ暗だと、なんの意味もないところなのですが……やるだけやってみましょう』

アニはぶつぶつと、魔法の準備にとりかかった。俺たちは息を詰めてそれを見守る。すぐにアニから青い輝きが放たれた。

『ホークボヤンス』

「うわっ」

アニが呪文を唱えるのと同時に、俺の目の前に突然、今までとまったく違う景が映りこんできた。今俺たちがいる林の中じゃない、暗い巖と狹い天井……窟だ。

『今主様は、あの巣の景を見ています。集中してください、者の見たいとする意志がぶれると、接続が途切れてしまいます』

アニの聲が聞こえるが、姿は見えない。視界に広がるのは、ルーガルーの巣の景だ。けどどうやら、遠くに飛んでいるのは視界だけらしい。意識を集中すれば、隣で息をのむウィルの吐息が聞こえるし、足には地面の覚がある。目だけが、あの窟まで飛んでいっているみたいだ。俺は視覚に集中して、全神経をそこへ傾けた。

今俺が見ているのは窟の口付近らしい。突然景が切り替わったから戸ったが、目が慣れれば、近場ならぼんやりとみることができた。さて、この奧はどうなっているんだろう？頭の中でそう思うと、視界も奧へと移した。なるほど、移は自由にできるんだな。

俺は窟の奧へ、ゆっくりと進んでいく。明るい場所から暗い場所へ移するから、目が慣れるまで時間がかかる。俺は目を慣らしながら、そこまで長くない巣を慎重に、時間を掛けて進んでいった。やがて俺の目は、何かの郭を捕らえた。

「これは……！」

「ど、どうしたんですか？何が見えたんです！？」

うわ。すぐ隣でいきなりウィルの聲が聞こえた。姿が見えないから、驚くんだよな。ウィルはじれったそうな聲でやきもきしている。俺は目に映るものを聲に出して説明してやった。

「これは……オオカミだ」

「オオカミ？やっぱり、生き殘りがいたんですね！」

「いや、これは……違う。生き殘りじゃない」

「え？じゃあ、別の場所からきたオオカミですか？」

「そうじゃない。ここにいたオオカミに間違いないけど、“生きて”いない。ここにあるのは、オオカミの死だ」

「したい……？」

ウィルの聲は枯葉のすれあう音のようにか細かった。

俺の目の前に広がっているのは、オオカミの死の山だ。切り、突かれ、られたオオカミたちが、床にいくつも橫たわっている。どうしてこんなにいっぱい？窟で死んだオオカミは、數匹しかいなかったはずなのに。

（あれ、そういえば）

俺はあることを思い出した。この巣の前には、オオカミの死は一つも転がっていなかったな……？俺たちが立ち去るとき、數頭は猟師が獲として持ち帰っていたのは覚えている。それでも、あのルーガルーの巨は野ざらしにされていたはずだ。どうしてそれがないんだろう。

俺は何となくべたつく気配をじながら、奧へと進んでいった。ついに一番奧までたどり著く。そこには何か、細く白いものと、大きく黒いものが橫たわっていた。この白いのは……オオカミの死じゃないぞ。もっとほっそりしている。それに、がなくてすべすべ……

「あ！人のだ！」

俺は思わずんでいた。これは人間のだ！今まで俺が見ていたのは背中と、腕の一部だったんだ。それが今、そこからつながる首と頭を見つけて、ようやく人だと認識できた。

「おっ、桜下さん！それは、そこにいるのは、私なんですか！？」

ウィルが上ずった聲でたずねる。

「いや、待ってくれ。暗くてよくわからないけど、この人の髪は赤っぽいんだ。ウィルの金髪とは違うみたいだ」

「そ、それじゃあ。その人は……？」

俺は再び目を凝らす。目がようやく闇になれ、窟の全貌が見えてきた。

俺が見ていたのは、人間の背中だ。そこしか見えていなかったから、人だと気づくのに時間がかかった。なんで背中しか見えないのかといえば、そこに覆いかぶさるように、大きな黒い塊が橫たわっているからだ。この塊は、最初はクマに見えた。むくじゃらで、太い腕が見えたから。けどそこで気づいた。

これは、あのルーガルーの死だ。だって、見慣れた傷跡があったから。やつの腕は鋭利な刃で切斷されていた。間違いなく、フランの一太刀によるものだ。そう考えると、橫にいる人間にも見當がついてくる。これ、あの名無しののじゃないか？あのの髪も赤茶だったし、顔は見えないが、背格好も似ている。

（けど、どうしてここに……？）

ルーガルーたちの死と、あのの亡骸が一か所に集められている。いったい何のために？これもあの生き殘ったルーガルーの仕業なのか？まさかこれが、怪しい儀式の下準備だとでもいうのか……？

だがその時、俺ははっきりとみた。とルーガルーの亡骸の間にる、二つの眼を。

そして俺は、俺たちの今までの考えが、ルーガルーへの冒涜だったと理解した。

つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日０時】に更新予定です（日曜日はお休み）。

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8/18　容を一部修正しました。