《じゃあ俺、死霊《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。》9-3
9-3
赤々と燃え続けた炎は、あれほどあったまきの山がほとんどなくなるころ、靜かに燃え盡きた。後に殘ったのは、大量の真っ白な灰と、そこに埋もれてほとんど見えなくなったウィルの骨だけだった。俺は、戻ってきたフランと一緒に、灰ごと骨を地面に埋めた。墓石は用意することができなかったから、代わりに大きめの石を拾ってきて代用した。フランが爪で石を削り、そこに“W”と刻み付けた。
「これで、完了かな」
これで今回の事件の真相を知るのは、俺たちだけになった。ウィルのは、永遠に隠されることになるだろう。
「桜下さん……」
ウィルは泣きつづけて、すっかりかすれた聲で話しかけてきた。ウィルは膝を抱えて、地面にうずくまっている。
「どうした?」
「私は……これから、どうなるんでしょう」
「どう、か……ウィルはいま、幽霊になってる。つまり、アンデッドだな」
「アンデッド……」
「うん。アンデッドっていうのは、一度死んだけど、この世に未練を殘したせいで仏できない魂のことを言うんだって。つまりウィルは、未練が殘っているし、それを解消しなきゃ仏できないことになるんだ」
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「未練なんて……あるにきまってます。私は、死んだこと自が未練なんですから。けどそれって、どうすればいいんですか。もう死んでるのに、死んだ後悔なんて消せるわけないのに……」
「そうだな。時間をかけて、別の落としどころを探すとか。じっくり考えれば、きっといい方法が見つかるよ。幸い時間は無限みたいなもんだし」
「それだけの時間のあいだに、悪霊になってしまうかもしれないじゃないですか!自我のないモンスターになって、人を呪うだけの存在に……」
するとウィルは、突然立ち上がると、すがるように俺の手を握りしめた。冷たい手にひやっとする。
「桜下さん!桜下さんは、ネクロマンサーなんですよね!」
「え、うん」
「なら、私を消してください!ターニングできるでしょう?私の存在を消し去ってくれませんか」
ターニング……たしか、アニが言っていた。アンデットを浄化させ、この世から消し去るとか……
「いや、ダメだ」
「どうしてですか!」
「そもそも俺はそのやり方を知らない。それにできたとしてもやりたくない。あれは仏なんかじゃなくて、存在そのものを抹消するやり方だ。ウィルにそんなことしたくない」
「桜下さん!私にをかけるなら、いっそ消してください!私、モンスターなんかになりたくありません!」
「いやだ」
「桜下さん!」
「きみは、忘れられるのを恐れていたじゃないか」
「え?」
「言ってただろ。自分が死んだことを隠せば、村の人たちはウィルを覚えていてくれるって。それって、忘れられたくないってことだろ。まだどこかで生きていると思われて、ふとした拍子に自分の名前を呼ばれたかったから、ああ言ったんじゃないのか」
「それは……」
「けど魂が消えたら、あの世に行くことはない。だれもきみの名前を呼ばないし、呼ばれたことにも気づけない。そんな悲しいことを、俺はしたくない」
「でも、でも……」
ウィルはうつむくと、俺の手を握ったまま、ずるずるとその場に崩れ落ちてしまった。
「私……私、怖いんです。このままひとりぼっちになって、次第におかしくなっていくなんて。桜下さんたちが行ったら、私のことわかる人は一人もいなくなっちゃう。そうなったら、きっと耐えきれない。そうなるくらいなら、いっそ……」
「ウィル」
俺はかがみこむと、ウィルの肩にぽんと手を置いた。
「そんなにふさぎ込むなよ。大丈夫、どうにかなるって。おっと、何の拠もなしに言ってるんじゃないぞ。現に俺に一つ、いい案があるんだ」
「いい、あん?」
ウィルが泣きはらした顔を上げた。俺はウィルに向かってにっこりほほ笑んだ。
「俺たちと一緒に行こうぜ。それなら、ウィルが一人になることもないだろ?」
「え?ど、どういうことですか?」
「俺が勇者を辭めたってのは、前に話したよな。俺たちは勇者でも魔王でもない、第三勢力を目指してるんだ。そこにウィルも加わってくれよ」
「え、え?意味が……」
「まあ簡単に言えば、一緒に旅しようぜってことなんだけど。今んとこ、俺は自由にこの地で生きることを、フランは自分の未練を見つけて仏することを目的にしてるんだ」
「えぇっ。あの、フランセスさん、本當なんですか?」
ウィルの驚いたまなざしに、フランはこくんとうなずいた。
「ウィルも自分の中で折り合いがつくまで、一緒に行かないか?俺たちは誰の敵でもないし、誰のしがらみにもとらわれない。居心地は悪くないと思うんだけど」
「で、ですが。私、戦いとか、得意じゃないですし。その、魔を殺したりとか……」
ウィルは気まずそうに瞳を伏せた。ああ、きっと俺たちが今回の狩りみたいに、魔を殺して回っていると思ったんだな。
「ああ、そのことか。うん、今回の一件で俺も思うところがあってさ。そこで、今後の方針をし変えたいと思う」
「はい?方針ですか?」
「うん。今後俺たちは、“殺し”はしない方針で行こうと思うんだ」
「は?」「はい?」
これには、ウィルより先にフランが食いついた。
「殺さないって、今後ずっと、何も殺さず行くつもり?」
「ああ。そりゃもちろん、時にはも食べるだろうし、本當に危ないときはなりふり構ってられないだろうけど。それ以外で、殺さなくても済むときは、余計な戦いを避けようぜ」
「また始まった……」
フランは額に手を當て、はあーと大きくため息をついた。
「で、今回はなに?あのルーガルーのこと?」
「まあ、ちっとはな。アイツらを殺したのは、どうしようもなかった。そのことをグチグチいうつもりはもう無いけど、その後ウィルの話を聞いてさ。ああ、いいなって思ったんだ」
「私、ですか?」
ウィルはきょとんと俺を見上げた。
「ウィルに、ルーガルーをかばったのかって聞いた時、殺さなくてすむならその方がいいって言っただろ。俺さ、あれ結構気にったんだよな。救える命なら救う。見逃せるやつなら見逃す。殺さなくてもいいなら、殺さない。そうすりゃ今回みたいな、微妙な気分も味あわなくてすむかもしれないだろ」
ルーガルーたちを殺した結果、村は守られたが、あのは死んでしまった。どうするのが正解だったかなんてのは、もう考えない。それは結局、結果論だからな。大事なのは、今後どういう選択スタンスをするかだ。
「俺はさ。誰かを殺すのも、誰かが死ぬのも、もうまっぴらなんだ」
「けどそれで、かえって面倒に巻き込まれるかもよ?」
呆れ顔のフランの意見だ。けどその顔にはどこか、諦めにも似た納得がじられた。
「そうだな。けど、いい方向に向かうかもしれない。どっちに転ぶかわかんないなら、俺は自分の好きな方を、殺さない道を選びたい」
フランはやれやれと肩をすくめた。彼がどう思っているかは分からないけど、この決斷はフランのためでもある。たぶんフランだって、命を奪う事に抵抗がないはずはないのだ。だったらこの村に來る前、どうしてあのウサギを殺せなかったって話になるだろ?
ウィルは、この案に賛のようだ。キラキラ輝く瞳で俺を見つめている。
「桜下さん!それって、とってもすてきだと思います!」
「だろだろ?」
「はい!あの、だから……」
ウィルは大きく息を吸い込むと、俺の目を真っすぐ見た。
「桜下さん。私も、いっしょに連れて行ってください」
「おう。よろしく、ウィル」
俺はにっこり笑うと、右手を差し出した。ウィルは照れたようにはにかむと、俺の手を握る。ウィルの手はひやりと冷たく、俺は寒い日の朝を思い出した。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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