《じゃあ俺、死霊《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。》10-2

10-2

その日、王城は気忙しい雰囲気に包まれていた。侍はパタパタとスカートを翻らせ、下男はおろか、鎧を著込んだ騎士たちまで駆け足で廊下をすれ違う。が、その不躾さをとがめる者さえいないのが、城のせわしなさを如実に表していた。

であるロアは、朝からものものしい顔の侍たちに取り囲まれ、ドレスの著付けという拷問をけていた。

「おい……あばらがきしんでいるぞ。骨が砕けるやもしれぬ」

「冗談をおっしゃらないでください。ロア様ほどスリムな方が、この程度のコルセットでキツいわけないじゃないですか」

「そうは言ってもだな……」

「もし本當に折れてもロア様なら大丈夫ですよ。昔っからケガの治りはとっても早かったですからね」

(こいつ……本気で折る気じゃないだろうな……?)

ロアが侍にいぶかしげな視線を送っていたその時、王たちが著付けをしている部屋の扉が騒がしく開かれ、一人の騎士が飛び込んできた。

「ロア様、王陛下はおるか!?」

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「ちょっと!今王様は著替えていらっしゃるんですよ!ここをどこだとお思いですか!王様の被服室です!」

の一人にすごまれ、騎士は骨にうろたえた。

「やや、あ、これは失禮。ただ、急ぎ知らせたいことがあったのだ。まさかまだお著替え中だとは……朝からこもっているではないか?」

の著替えは時間がかかるものです。ましてや、この國の王様ともなれば、普通より時間がかかるに決まっていますでしょう」

「むう。そういうものか……?」

騎士の狼狽っぷりが目に見えるようだと、天幕のうらでロアはため息をついた。

「はあ。もうよい、じき著付けも終わるところだ。この聲、エドガーであろう?そこで申せ」

「あ、ロア様!大変失禮をいたしました」

「いいから。それより、急ぎの知らせとは何だ?」

傍らに立つ侍がはしたないことを、という視線を送ってくるが、ロアは無視した。いい加減著せ替え人形にも飽き飽きしていたのだ。

「はい。よき知らせとも、悪い知らせとも言えますが……あの走した勇者の足取りがつかめました」

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「まことか!?」

ロアは思わず天幕から飛び出しそうになったが、侍にスカートの端を引っ張られてかなわなかった。

「ロア様!まだ著付けの途中です!そのような格好で兵士の前に出るおつもりですか!」

「ちっ。わかった、わかった。それでエドガー、やつはどこにいたのだ?」

「はい。モンロービルという田舎町です。クロム山脈の端に位置しています」

「クロム山脈……レテ川の流域だな。やはり川伝いに逃げていたか。それで、村に被害は?」

「報告をけた限りでは、大した損害は出ていないそうです。村人と戦闘になったそうですが、死傷者はでていないと」

「そうか……だが、闘いにはなったのだな。となれば、村民にも當然、勇者の存在が知れ渡っただろう。王家が勇者を逃がしたということも、いずれ認知されるであろう……」

「陛下……」

ロアはうつむいてをかみしめたが、すぐにキッと顔を上げた。

「やはり、あやつは危険だ。早急に手を打たねば」

「はい。ただいま大急ぎでモンロービルへの派遣軍を編しております。準備ができ次第、出立するつもりです」

「うむ。出し惜しみはするなよ。可能な限り大勢を連れていけ」

「え、よいのですか?勇者一人にそんな……それに、王城の警備を手薄にするわけにも……」

「馬鹿者、何を言っているのだ。一人とはいえ、相手は勇者だぞ。わずかな油斷が命取りになる。どうせ今は敵もいないのだから、城の警備兵もそんなにいらないだろう」

「まあ、そうですが……」

「それに私の見立てでは、かなりの數の兵が必要になるはずだ……奴はモンロービルを離れてから、その後どこにむかったのだ?」

「は?ええと、そこまでは……おそらく、巡禮街道沿いに進んだのでは?」

「だとしたら、奴はいったいどこに出る」

「え?巡禮街道を進めば、いずれ南部街道に出ます。一番近い街だとラクーンですが……」

「そこだ」

「はい?」

「考えてもみろ。奴は著の著のままでこの城から逃走している。ということは、必ずどこかで補給の必要が出てくるということだ」

「あ、なるほど!では勇者は、ラクーンに向かっていると?」

「ああ。モンロービル周辺の田舎村では十分な補給は行えまい。奴は堂々と村を訪れて、おまけに派手に一戦えているのだ。奴はこそこそ隠れまわる気など頭ない。おそらくラクーンにも我が顔で顔を出すに違いなかろう」

「なるほど……では、ラクーンに兵を向かわせます。あ、でももし巡禮街道を逆に進んでいたらどうしますか?」

これまでたびたび出てきた“巡禮街道”とは、王都ペリスティルからレテ川に沿って、北から南へ続いている街道である。南へ進めば南部街道に出てラクーンにたどり著くが、逆の北向きに進めば當然遠ざかる。エドガーはそのことを指摘したのであるが、街道の始點は王都である、というところがキモであった。

「それでは王都に近づくことになるではないか。ここからモンロービルに進んでいけば、あちらからやってくる者を見逃すはずあるまい」

「はい?ええと……?」

「……二手に分かれよ。モンロービルまで巡禮街道を進む隊と、先回りしてラクーンで待ち構える隊。挾撃だ。ここまで言えばわかるか?」

「あ、は、はい!完璧に理解しました」

「問題は奴の移スピードだな。おそらく徒歩かちであろうから、そこまで早くはないだろうが……どうだ、ラクーンまで先につけるか?」

「ええ。南部街道に沿って南側をぐるっと回ることになりますが、全速力で駆ければ大丈夫でしょう。幸い、モンロービルの隣村のコマースからはまだ勇者の報告はありません。奴はあそこの山道に思ったより手こずっているようです」

「そうか……そうだな。相手は旅支度もない人間だ。勇者といえど、大自然相手にはさすがに苦戦するか」

このとき、エドガーとロアは勘違いをしていた。勇者はとっくにコマース村に到著していたが、村人たちはそれが勇者だとは微塵も認知していなかったのである。なまじ手前のモンロービルでは勇者の目撃報が上がっていたがゆえに、二人は勇者が分を隠している可能があるということを見落としていた。

「よし、では早急に兵を率いて出立しゅったつせよ」

「ははっ」

「心してかかるのだ。勇者を逃してしまったことは、もうどうしようもない。國民に隠し通すにも限界があるだろう。しかし、大事なのはその後の結果だ。“勇者を取り逃がし、好き放題された王家”と、“勇者を逃がしはしたものの、きちんと捕らえて処刑した王家”では、印象は雲泥の差だ。くれぐれも頼んだぞ、エドガー」

「はっ!承知しました!」

エドガーはガシャリと鎧を鳴らして敬禮すると、來た時と同様に騒々しく部屋を出て行った。エドガーが出ていくなり、侍はふさいでいた耳から手をのけ、ぶつくさと文句を言った。こういう線引きができるところが、機だらけの王城で長く務めるコツだ。

「まったく!どうして兵士ってああ暴なのかしら。王様も甘すぎますよ、お叱りもしないで」

「言ってやるな。あやつは武勲でなり上がった男だ。天は二を與えぬもの、品位や禮儀といった小ぎれいなものを、あやつは持ちあわせておらぬのだ」

「またそんなことを……王様があんな態度を許すから、相手もつけあがるのですよ」

がなおも小言を言っている気もしたが、ロアの耳にはもう一つもってこなかった。今王の頭の中は、勇者の尾を摑んだことで一杯だ。

(よし。今ならまだ、國民にも申し開きができるはずだ)

ロアが治めるこの“ギネンベルナ王國”では、かつて勇者がおこした悪行により、國民の反勇者が非常に高い。今でこそ過激な連中は鳴りを潛めたが、小さな種火でも起こそうものなら、簡単に再燃するのは目に見えている。そんな中で処刑予定の勇者をみすみす取り逃がしたとあれば、王への信頼は一気にガタつくことになる。

(ただでさえ、若い國王わたしに対して民心の信頼は揺らいでいる)

これ以上火種を大きくするのは避けたい。だが、何としても防がねばならないのは、勇者によって直接被害が出ることだ。それは政治の問題以前に、王家のを……母上・・の、を引く者であることへのプライドが許さない。

(これでだめなら、魔師ギルドに頼ることも考えなければ)

あの勇者の足取りは、今でも摑もうと思えば摑むことはできる。勇者が持つエゴバイブルは、非常に強力な力を持つアーティファクトだ。強力なというのは、それだけ多く痕跡を殘す。それを魔法で追ってやればいいのだ。ただし、それを行うには練の魔師を相當人數確保しなければならない。なにせ、この広い國土全土が対象だ。それだけの數は王家お抱え魔団では確保できないため、そうなると民間の魔師ギルドの助力を得なければならないが……

(あいつらの手を借りることは考えたくないな)

ロアは、王都の魔師ギルドを嫌っていた。しかし、それは向こうとしても同じであろう。今の魔師ギルドの最も大きな食い扶持は、勇者のお供を輩出することによる王城からの助金だ。だがロアの代になってから、まともな勇者はほとんど召喚できていない。今回だって、いつまでたっても勇者の報が出ないものだから、ギルドはじれにじれていることだろう。そんな彼らを、ロアは汚らわしい勇者にたかるしかないハイエナだと思っていたし、なにかと王城お抱えの魔団ばかりひいきする王を、ギルドも良く思っていなかった。

(できれば、これは最後の手段に取っておきたい)

王家が民間に助力を請う。王家の手には負えないという、事実上の敗北宣言だ。ただでさえ若さのせいで民衆から不興を買っているのだから、これ以上自分から人気を落とす必要もあるまい。今回の遠征で奴をふんじばることができれば、全ては丸く収まるのだ。

(あとはやつ次第か……)

ロアはあの冴えない騎士のことを思い浮かべる。エドガーとはいころからの付き合いであり、兄弟のいないロアにとっては年の離れた兄のような存在だった。口ではいろいろ言いはするものの、なんだかんだでロアはあの騎士に絶対の信頼を寄せている。あの騎士は軍略家ではないが、ひとたび戦場に出れば普段の冴えなさを消し飛ばすほどの戦を見せる。あの立派な鎧兜は、伊達ではないのだ。

(頼んだぞ、エドガー……!)

ロアはぐっと手を握り締めると、コルセットのせいで酸欠気味な肺に、目いっぱい空気を取り込んだ。ここからは自分の役割を果たさねば。朝から王城を騒がしている原因である、とある來賓がまもなく到著するだろう。この際きらびやかなドレスでも何でも使って、やつを丸め込まなくてはならない。

ロアは気合をれるために腕を振り回し、後ろに立っていた侍に手ひどく叱られる羽目になった。

三章へつづく

つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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