《じゃあ俺、死霊《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。》3-2
3-2
ウィルの嘆く聲が聞こえたが、あいにくと冗談のつもりはない。それに、この慘な部屋にも長居したくなかった。だらけの大広間を抜け、さっきの男の幽霊が消えたほうへ進む。その先は長い廊下になっていて、左右に扉がたくさんあった。
「まいったな、このどこかにっていったのか?」
だとしたら調べるのは骨だな。俺は試しに一つ、扉を開けて中を確かめてみた。グラリ。
「うわー!」
「きゃあー!」
うおお、いきなり骸骨が足下に倒れこんできた!俺はびっくりして思わず後ろへ飛びすさり、背後にいたウィルを突き抜けてしまった。
「ひゃん!ちょっと、勝手にすり抜けないでください!」
「あ、ごめん……じゃなくて、こりゃ不可抗力だ」
俺は改めて、倒れてきた骸骨を見た。どうやら、扉に寄りかかるようにして倒れていたらしい。怪我をして、部屋に立て篭もったはいいが、そこで力盡きてしまった……ってところだろうか。
「ここでも、戦いが行われたみたいだな」
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俺はその隣の部屋も覗き込んだ。この部屋は扉が無くなっていて、かわりに脇にはズタボロになった元扉が転がっていた。部屋の中にはやはりというか、が倒れていた。他の部屋ものぞいたが、ほとんどが棺桶狀態だ。ひどい中にはベッドに寢たまま殺されている、なんてケースもあった。
「……たぶん、あの幽霊がいるのはここじゃないだろうな。これじゃどの部屋も満席だ。この向こうに、もっと別の部屋があるのかもしれない」
廊下の先は緩やかにカーブする、細いのぼり階段になっていた。ところどころに燭臺や、タペストリーの殘骸なんかがかけられていた跡がある。今までの無機質な通路と比べると、し雰囲気が違うな。
「どこに向かってるんだ……?」
やがて俺たちの前に、丈夫なつくりの扉が現れた。丈夫といっても、無骨さはない。むしろ寶庫の扉のような、豪勢さをじさせた。あの幽霊は、ここに案していたのか?俺は金屬の取っ手を握ると、ゆっくりと引っ張った。重い扉がきしみながら開く。ギギギィ……
「ここは……」
そこは今まで見た中では、一番きれいに整えられた部屋だった。他と違って荒れた様子もなく、家も原形を保っている。部屋の広さは大したことないが、居心地のよさそうな場所だ。暖かそうな暖爐(地下にあるなんて驚きだ)、大きな天蓋付きのベッド。立派なクローゼットの中には、たくさんの類が詰まっているのだろう。
「ずいぶん、豪華な部屋だな」
アニがを放ちながら言う。
『おそらく、分の高い者……部屋の配置も考えると、城主の部屋ではないでしょうか』
城主の……ってことは、くだんの幽霊騎士がつかえていた主であり、確か伝説では殺されてしまったとかいう……
「―――」
っ!まただ、あの聲!俺はバッと振り返る。すると部屋の隅に、さっきの若い男の幽霊がたたずんでいた。
「ひぃっ!で、でた!」
ウィルが小さく悲鳴をらす。今度は見えたらしいな。俺は心を落ち著かせると、慎重にその幽霊へ聲をかけた。
「なあ、あんたは一何を伝えたいんだ?教えてくれ。俺は、あんたの話が聞きたい」
男の幽霊は俺の言葉には答えず、黙って橫を向いた。その悲しげな視線は、何かを見つめている……なんだ?そこに、なにかあるのか。と思ったとたん、幽霊は壁を突き抜けて、すうっと消えてしまった。
「あ、おい!また消えちまった……」
「な、なんだったんでしょう。何かの警告でしょうか?」
「いや、そんなじじゃなかったけど……」
俺は男の幽霊が立っていたあたりまで行ってみた。さっきあいつは、この辺を見てたけど、何が……
「……ん?」
俺は首を傾げた。俺の目の前にあるのは、ガラス張りのキャビネットだ。けど、おかしいな。このキャビネット、が何にもってない。これじゃただの置じゃないか。まるでがっているほうが、かえって困るとでもいうような……
「ん!?これ、もしかして」
俺はキャビネットをいじくりまわし始めた。ウィルとフランがおかしなものを見る目をしているが、俺の推測が正しければ……
「あっ、やっぱり。これくぞ」
「え?」
俺はキャビネットをぐいと押した。するとキャビネットは大した力をこめなくても、すぅっとるように橫へスライドした。そしてその後ろからは、細い隠し通路のり口が姿を現した。
「……驚きました。このキャビネットは、これを隠すものだったんですね」
ウィルが心したようにつぶやく。さっきの幽霊が伝えたかったのは、この隠し通路のことだったのか。
「おい、でも見ろよこれ」
俺は通路のわきに積み重なった數の骸骨たちをあごでしゃくった。もう死を見慣れて、いちいち驚かなくなってきているのが怖い。
「ここでも戦闘があったらしい。たぶんこの奧に、何かあるんだろうな」
ここまで來たら最後まで見屆けよう。俺たちは隠し通路の中へっていった。通路は急な下り階段になっている。足元に注意しないとな、ここで足をらせたら、地の底まで落っこちていきそうだ。俺たちは慎重に、ゆっくり時間をかけて通路を下りていく。
「止まって。何かある」
目のいいフランが何か見つけたらしい。ゆっくり下りていたから、立ち止まるのも簡単だった。
「フラン?何があるんだ?」
「白い……骨?誰かがそこに倒れてる」
俺はアニの明かりを前方に向けた。階段をさらに何段も下った先に、たしかに誰かのがある。その人は頭をこちらに向けてうつぶせに倒れていた。けどあの大広間の骸骨たちとは違って、首は飛ばされていない。服裝も濃紺に金の刺繍があしらわれていて、どう見ても賊には見えなかった。その服の背中には、剣で刺されたのだろう、細長い刺し傷が殘されている。
「これ……もしかして、城主だった人かな」
だとしたら、さっきの幽霊が見せたかったのはこれか?ってことはあの幽霊の正は、ここで倒れている……そして、この城の城主である……?
「さっきの部屋から逃げようとして……この通路で、殺されてしまったんでしょうか」
ウィルが顔を悲しそうにゆがめる。もしその通りなら、なんともあっけない結末だ。城主はの通路から逃げようとしましたが、山賊に追いつかれて背中を一突きにされてしまいました……
「……うん?」
なんだ?今、ものすごい違和がをよぎった。おかしい、おかしいぞ、このは。
「変だ」
「へ?桜下さん、なにがですか?」
「ウィル。きみは、城主が逃げ出して、ここで殺されたって言ったよな。俺もそうだと思ったけど、それだと変なんだ」
「変って、だから何が」
「この城主の骸は、頭をこちらに、つまり階段の上に向けて倒れてるだろ。逃げてるところを刺されたのなら、頭は下向きにならなきゃおかしいじゃないか」
「あ……言われてみれば、そうですね。けど、たまたまこうなったのかも」
「そうかもしれないけど、そうだとしても変なんだ。俺たちがここに降りてくるとき、キャビネットをかしたよな。ってことは、この通路は“きちんと隠されてた”ことになるだろ」
「そうですね」
「それがおかしいんだ。どうして隠されていたはずの通路が、こうもあっさり敵に見つかっているんだ?」
「あっ……」
ウィルは恐ろしいことに気づいたように、はっと口を覆った。
「襲撃の時に初めて城にった山賊たちが、事前にこの通路を知っていたとは考えづらい。たまたま偶然知ったとも考えられるけど、ちょっと穿って考えれば……誰かが、そのを洩らしたってことだよな」
ウィルは言葉が出てこないようだ。代わりにフランが、それを口にした。
「裏切り……」
「ああ。しかもこのが上向きに倒れていることを踏まえると、たぶん上から追いかけられたんじゃなくて、下から待ち伏せされた……敵は隠し通路のことを全部知ってたんだ。最初からこの通路を使って、城主を殺すことまで作戦にれてたんだよ」
「じゃあこれは、単なる山賊の襲撃じゃない。城の裏切り者と賊が手を結んだ、造反劇……」
「だからなのかもしれないな。ここが、こんなに悲しい気で満ちているのは……」
堅牢な城に、すご腕の騎士。それらを抱えていながら、この城が陥落した理由。まっとうな手段じゃ攻め落とすのは至難の業だろうが、それがの裏切りだったなら……あの城主の幽霊は、この悲しい結末を伝えようとしていたのかもしれない。
そのとき俺はまた、ふとあの気配をじた。ばっと見上げると、はるか上の、まめつぶみたいになった通路のり口に、またあの男の幽霊がたたずんでいた。
「―――」
男の表は読み取れないが、何かを訴えるようにこちらを見下ろしているようだ。だが、その聲はうまく聞き取れない。
「なんだ?これがお前の伝えたかったことじゃないのか?まだなにか、隠された真実があるっていうのか?」
男は何も答えないまま消えてしまった。ウィルが小さな聲でたずねる。
「桜下さん、またあの幽霊がいたんですか?」
「ああ……どうやらまだ、終わりじゃないらしい」
「ですか……なら、もうし付き合ってあげましょうか」
「あれ、もう嫌じゃないのかよ?」
「ええ。怖いものは怖いですが、これを見てしまったら、なんだかかわいそうになってしまって。あの人は何百年もの間、ここで誰にも見つけられずにいたのかと思うと……」
ウィルは白骨化した亡骸を哀れそうに見つめた。もしかしたら、自分の境遇と重ねているのかもしれない。
「そうだな。最期まで探ってみよう。そうすればあいつも、浮かばれるかもしれないしな」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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