《じゃあ俺、死霊《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。》6-3
6-3
「む、あれは……」
廊下の先に人影が見えた。數人の男が、床に倒れた人を取り囲んでいるようだ。それを確認したとたん、エラゼムはしゅーっと、蛇のような息を吐いた。流れるような手つきで背中に背負っていた盾を構えると、金屬の留めを外した……え?盾がパカリと開いたぞ?エラゼムの盾は、二枚貝のように同じ形の四角い金屬が重なり合っていたのだ。それを広げると、かちりと音がして、盾は巨大な長方形の板になった。って、これ見覚えがあるぞ!エラゼムの持っていた、あの大剣だ!
「……ん?おいそこのオマエ、とまれ!」
エラゼムの姿に気づいた男たちが、行く手を阻むように広がった。その手にはに染まった手斧が握られている。男たちの格好は、點でちぐはぐだった。あるとすれば、末で汚らしいのが共通點だろうか。たとえるなら、まさに山賊というような……そんな格好だ。
「おい!聞こえねぇのか、とまれ!ぶっ殺されてぇのか!」
足を止めないエラゼムに、男のひとりがイラついた様子で一歩踏み出した。その瞬間、エラゼムは短く息を吐いた。ザシュ!
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「え」
バターン!突然男が前のめりになって倒れた。その首から上は、きれいに切斷されていた。エラゼムが、目にもとまらぬ速さで剣を繰り出したのだ。
「て、てめえ!」
殘りの男たちがにわかにめき立った。だがエラゼムは男たちが手斧を振りかぶるよりも早く、大剣をひと払いして男たちの腰を真っ二つにしてしまった。
「ひ、ひぃぃ!」
一人だけ殘った男が恐れをなして逃げ出した。エラゼムは切り捨てた男の手から手斧を拾い上げると、逃げる男の背に投げつけた。ブゥン!斧はブンブンうなりながら飛んでいき、男の後頭部に直撃すると、奇妙なうめき聲を殘してばったりと倒れた。
(つ、強えぇ。さすが……一瞬で倒しちまった)
エラゼムはかがみこむと、山賊たちに取り囲まれていた、床に倒れた亡骸をみやった。この人は、手に剣と小さな盾を持っている。鎧はに著けていなかったが、たぶん騎士の仲間だろう。抵抗しようとして、ここで殺されてしまったらしい。著ている服がしれているのは、さっきの男たちが死を漁ったからだろうか……
「……おのれ!」
ガツン!エラゼムは床を毆りつけると、だがそれ以上時間を無駄にすることはせず、先を急いだ。エラゼムは鎧をに著けていると思えないほど早く、疾風のごとく走った。だが途中で足を止め、いくつかの部屋を覗き込んだ。部屋の中はいずれもまみれで、持ち主は全員死んでいた。生きている味方を探していたのかもしれないが、とうとうそれは見つからないまま、エラゼムは城主の部屋までたどり著いた。
「バークレイ様!ご無事ですか!?」
エラゼムは扉をガンガンと叩いた。取っ手をひねるが、扉の奧で何かに引っかかっているようで開かない。
「エラゼムか?」
扉の奧からくぐもった聲が聞こえた。
「バークレイ様!ご無事でございましたか、エラゼムでございます。夜分に失禮ですが、急事態です!」
「ああ。まて、いま戸を開ける」
扉の向こうでガチャガチャと音がし、やがて扉が開かれ、濃紺に金の刺繍のったガウンを著たバークレイが現れた。
(ああ……)
その姿を見たとたん、俺はぞくりとのがよだった。今バークレイが著ている服は、俺たちが隠し通路で見た、彼のが著ていた服と全く同じものだったからだ。
(ってことは、この後……)
この後何が起こるかを知らずに、エラゼムは安堵してふっと息をらした。
「バークレイ様、よかった。こちらまで賊は來ていないようですな」
「ああ。下でなにがあった?悲鳴と剣がぶつかる音がしたので、扉を封じて立てこもっていたんだ」
「はい。我が城はいま、奇襲をけて混狀態であります。どうやったのかわかりませんが、敵は警備の目をかいくぐり、地下の居住區畫を襲撃した模様」
「なに!?敵は城攻め用に訓練された兵隊かなにかか?」
「いえ、見た限りではそれはありません。一度連中の端くれと戦しましたが、およそ統率の取れた様子はありませんでした。それこそ、山賊の類とそう変りない水準です」
「そんな……どうしてそんな連中に……それより、地下が襲われたっていったな。みんなは無事なのか?」
「……申し上げにくいことながら」
エラゼムはぎゅっと剣の柄を握りしめると、沈痛な聲で続けた。
「我が兵の被害は甚大です。ここに來るまでに、部隊長たちの部屋をいくつか見て回りました。ウィングス、ウィラード、カードス……みな死んでおりました」
あ……たまに部屋をのぞいていたのは、部隊長たちの部屋だったのか。隊長と付いているからには、それなりに腕の立つ人たちだったに違いない。それでも、やられてしまったんだ。
「下男下の被害はさらに悲慘です。生きているものを探すほうが難しいほどでした」
「そ、そんな……エラゼム。それでは、この城はどうなるのだ?」
「……」
エラゼムは答えなかった。答えられなかったのかもしれない。それを口にさせるのは、彼にとってはあまりに酷だろう……
「バークレイ様。今は、ご自のことを心配なさってください。このような狀況になってしまった以上、ここも安全とは言えません。いいえ、この城のどこも安全ではないのです」
「エラゼム……?」
「お逃げください、バークレイ様。隠し通路を通って、隣村にを隠すのです」
「エラゼム!僕にこの城を捨てろというのか!姉さんのこの城を!」
「いいえ。一時的にここを避難していただくだけです。すべてが片付きましたら、必ずお迎えに上がります。それまでどうか、バークレイ様は生き延びてください」
「……僕には、か。エラゼム、お前はどうするんだ」
「吾輩は……」
エラゼムは剣の柄を握りしめると、何かを懐かしむように一瞬虛空を見上げた。
「……吾輩は、この城を守るよう、メアリー様から命をけております。その務めを果たさなければなりません」
「しかし……」
「ご心配には及びません、バークレイ様。ですがけないことに、バークレイ様のご安全を確保したまま賊を追い払うには、吾輩では力不足です。バークレイ様には辛い決斷でありましょうが、この城を取り戻したとしても、城主たるあなた様がいなくなられては元も子もありません。今はわれらを信じて、耐え忍んでいただけないでしょうか」
「エラゼム……」
「ですが、これだけはお約束いたします。吾輩はたとえこのが朽ち果て魂だけになろうとも、この城を守り抜いてみせます。必ず」
エラゼムの言葉には、口先だけでない、聞いたものを思わず信頼させてしまうような、絶対的な何かがあった。決意、いや……もっと強い。そう、まるで呪詛のような……
「……わかった。エラゼム、お前に任せよう。姉さんのこの城を、守ってくれ」
「はい。ありがとうございます、バークレイ様。では、こちらへ」
エラゼムは壁際のキャビネットに近づくと、ずっと押した。キャビネットはするするとスライドし、隠し通路のり口が現れた。
「これが……他のなら・・・・いざ知らず、ここを使うのは僕も初めてだ」
「はい。まさか急用の出通路を使う日が來るとは……ですが、心配には及びません。この先は城が懇意にしている村へと通じております。いつも資調達に協力してくれている者たちです。村人に事を話せば、必ずや力になってくれるでしょう」
「わかった。まったく、備えあればなんとやらだな……」
エラゼムは小さな燭臺に火をともすと、それをバークレイに手渡した。いや、でもまずい!この通路を進めば、きっとバークレイはその途中で……!けど、ここはただの過去の記憶の世界だ。俺の聲が聞こえるはずがないし、過去は書き換えられない。だけど、頭ではわかっているけれど……こんなのって!
「じゃあ、僕はいくよ。エラゼム、戦いが終わったら必ず迎えに來てくれ。待ってるからな」
(行くな!いっちゃだめだ!)
「かしこまりました。バークレイ様もどうかご無事で」
バークレイはうなずくと、通路の中に消えていった。エラゼムはキャビネットを元に戻すと、部屋を後にした。俺の思いなんかこれっぽちも気にせずに、歴史は殘酷に事実を刻んでいく。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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