《じゃあ俺、死霊《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。》10-1 戦いの後

10-1 戦いの後

とまあ、なごやかな(?)食事兼親睦會が終わり、食をそうそうにすすぐと、いよいよ俺はカバンからフランの腕をずるりと取り出した。うーん、本人の前だから口には出さないけど、ちょっと不気味だ。

「さて、これをどうくっつけるかな。フラン、おいで」

俺は手招きすると、フランを俺の前に座らせた。その肩の切り口にそっと腕をあてがってみる。

「さすがにこれだけじゃ無理か。フラン、今までケガとかしたときはどうしてたんだ?」

「そもそも、ケガしなかった。森にいたころは、うろこに覆われてたから」

「ああ、そういやそうだった。あれじゃ確かに傷もつかないな」

となると、自然治癒も期待できないな。なら、あとは外科手だろうか?傷口をい付けてみて……それで元通りにくかがわからないけど。

『主様。でしたら一つ、試してみませんか』

「お、アニ!そろそろ頼りたいなと思ってたところだぜ」

実にいいタイミングで、ガラスの鈴がリンと鳴った。俺が困ると、いつもこの鈴がヒントをくれるんだ。

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「で、どんなことだよ?」

『はい。今朝、新技について話していたじゃないですか。それで思いついたのですが、ネクロマンサーの能力の一つに使えそうなものがあります』

「え。ネクロマンスの能力って、死霊を仲間にするだけじゃないの?」

『厳には、死霊の魂に関與する能力といったほうがいいでしょう。基本的には魂を同調させて眷屬にするのが主ですが、それを応用すればソウル・カノンのような技も使えるわけです。そして、今回使用するのはその中の一つ、死霊の時間の巻き戻し』

「じ、時間の巻き戻し?そんなことできるのか?」

『ええ。死霊は老いも朽ちもしない存在。加齢や長とは全くの無縁であり、は死んだ時點で時間の理から外れ、それ以上時を重ねることはありません』

うん……?何となくわかるような。例えば、フランを見てみよう。フランは死んだときのの姿のまま、ずっと三年間、森をさまよい続けていた。もちろんその間に長することはなかったはずだ。ただし、出會った當初はうろこに覆われ、とても人の姿には見えなかったが……

『アンデッドといえど、質を変化させることはあり得ます。神は狂気に狂いもしますし、は別の質を取り込んで姿を変えるかもしれません。ちょうど、ゾンビ娘がそうであったように』

「ふむ……けどそれは、あくまで外見が変わっただけであって、長ではないってことなんだな?」

『その通りです。時の流れは非可逆であり、変化と長はまったく異なるもの。老人を赤子に戻すことはできませんが、例えば化粧や服裝を整えて、全くの別人に仕立て上げることはできるでしょう?それを元に戻すこともまた、たやすい』

「なるほど……じゃあアンデッドっていうのは、全部化粧をしてる連中ってことか」

『その理解には語弊がありますが……可逆的という意味では間違っていません。生は死んだ時點で時を刻むことがなくなります。つまり、時間という概念にとらわれない存在になっているのです』

「うーん……?」

『要は、いつでも姿を取り戻せるというわけです。そうですね、言うなれば……生長を、積み木を積み上げるようなものだと考えてみましょうか。子どもが大人に、そして老人に長するまで、年齢という積み木を一段ずつ積み上げていくイメージです。老人になるころには、その積木はうず高い塔になっている。そこから子どもの時の積み木を、選んで取り出すことはできません。そんなことをすれば塔は元から崩れてしまいますから』

「うん、そうだな。塔を崩すことはできないから、姿を戻すことはできないってことか。その塔の積み重ねが、時間ってことだな」

『はい。しかしアンデッドは、死を境にこの塔が崩壊しているのです。箱の中に、積み木が無造作にれられているような狀態ですね。なので、そこから一つを取り出すこともできるんですよ』

「ははぁ、なるほど」

『ディストーションハンドもこれと同じようなことをしているんです。狂った霊魂がまともになるのは、死霊の神が正常だったころの姿に戻しているからです。そして必要であれば、というも戻すことができる』

「あ、だからフランの腕も切られる前の姿に戻すことができるのか!」

『そういうことです。ただ、これにも制約というか、限度があります。今回は直近の出來事だったからよかったですが、巻き戻すまで時間が経てば経つほど、消費する魔力は加速度的に増加していきます。主様の魔力量なら數十年程度まで余裕でしょうけれど』

「ふーん。じゃあ、エラゼムの鎧をピカピカにしてあげるのは難しそうだな」

『はい。それと巻き戻せるのは、その死霊の死の直後の姿までです。まあそれ以前はアンデッドではないので、當たり前といえば當たり前ですが』

「なるほどなぁ。まだまだ知らないことが多いな、この能力は。けどとりあえず、フランを治すことができてよかったよ。で、どうやるんだ?」

『はい。原理はディストーションハンドとほとんど一緒なので、やり方も同じです。死霊の魂の上に手を重ねて、呪文を唱えます』

「え、魂の上って、それはつまり……」

また、に手を重ねるってこと……フランの肩が、ぴくりと震えた。

「あー……フラン、そういうことらしいんだけど」

「……しょうがない。わかった」

フランはくるりとの向きをれ替えると、背中をそらしてを突き出す格好で目をつむった。

「ご、ごほん。それじゃ、失禮」

ふに。フランのの真ん中、すなわち魂の位置に右手を重ねる。俺はあまり手のひらのを意識しないように、早口でアニにたずねた。

「アニ、それでどうすりゃいいんだ?ディストーションハンドと同じ詠唱か?」

『いえ、し変わります。“ディストーションハンド・ファズ”が、巻き戻しの呪文です』

ファズ、か。よし。俺は左手でフランの腕を肩にあてがうと、右手に意識を集中させた。

「いくぞ、フラン!ディストーションハンド・ファズ!」

ブワー!俺の右手が郭を失い、同時に俺の中からあたたかい力の流れが、フランの中へ、魂へと伝わっていくのをじた。不思議な覚だ。まるで俺とフランが一つに繋がったみたいな、奇妙な一……だけど、いやな覚じゃない。むしろどこか心地よい……

「……はっ」

気が付くと、右手は実に戻っていた。さっきまでの不思議な覚ももうない。俺は正気に戻ると、パッと手を引っ込めた。

「あ。フラン、見ろ!くっついたぞ!」

俺が手をはなしても、フランの腕は肩につながったままだった。よかった、元に戻ったんだ。フランは手を握ったり開いたりして、作に問題がないことを確認した。

「うん、ちゃんとく。ほんとに戻ったみたい」

「よかったよかった。これ、便利だな。フランたちはこれから醫者いらずってことだろ」

「アンデッドだから醫者も何も……」

今後もし誰かケガしても、俺がぱっと治せるようになったわけだ。いいじゃん、また一つ特技が増えたぞ。

「よしよし。だんだんできることが増えてきたな」

『主様が能力をものにしてきた証です。使い込めばこむほど、もっと応用が利くようになっていくはずですよ』

ふむ。これからもネクロマンスを使っていけってことだな。経験値を積めば、レベルは上がるもの。能力もまた、そうなのかもしれない。

「う~ん……」

「ん?なんだよウィル」

ウィルが、あごに手を當てて唸っている。

「いえ……はたから見ると、やらしいことしてる風にしか見えないなーって」

「なっ、あっ、ばっ。何言ってんだよ!」

「あはは、冗談ですよ。それより桜下さん、相談なんですけど」

「……なんだよ」

「それ、私にも使えますか?おなかの傷をなくせたりは……」

ウィルが自分の腹をそっとでた。

「え?それは……無理だろうなぁ。ファズで戻せるのは死の直後までなんだろ?ウィルが死んだのは、そのケガが原因じゃないか。そこより前には戻せないよ」

「あ、そうでした。ちぇ……」

ウィルはを尖らせると、前髪にいきをふーふー吹きかけた。そんな様子を見て、エラゼムはふふっと笑った。

「しかし、改めて見ますとやはり驚きますな。勇者の……おっと失禮、今は勇者ではありませんでしたな。桜下殿のお力は、どうやら別格のようだ。吾輩の知るネクロマンサーとはまさしく格が違う」

「へへ。エラゼムの時代にも、ネクロマンサーっていたのか?」

「ええ。ただ、できることといったら墓場を漁ってを掘り起こしたり、死者の魂を呼び寄せたり……誤解しないでほしいのですが、あまりいいイメージを持たれてはおりませんでした」

「うーん。まあでも、そうだよな。俺も最初はそうだったし」

俺たちがそんなことを話していたとき、俺はふと気が付いた。いや、なぜかフランがずっと俺の前に座っているんだ。もう腕は治ったんだし、べつにここにいる必要はないと思うのだけれど。俺が不思議に思っていると、フランは何を思ったのか、俺の袖をきゅっとつまんだ。

「フラン?」

「……今日は、いっぱい戦った」

「ん?うん、そうだな」

「あの城はほこりっぽかった。だから、お風呂にろうと思う……そういう、約束でしょ」

「へ?ああ、そうだったな。あそっか、フランは水のほうが慣れてるんだっけ。そこの川で水浴びしてくるってことだろ?いいんじゃないか」

「うん」

うん。それはわかるけど、どうして俺の服をつかんでるんだ?

「え~……行って來たら、いいんじゃないか?ちょうど夜だから、見えやしないし」

「……その」

「その?」

フランは目線を下にそらすと、髪をひとふさつまんでぱらぱらとなびかせた。

「……髪、洗ってほしい」

「は?俺が?」

「だ、だって……この手じゃ洗いづらい。こんなの、鍋つかみしてるみたいなものじゃん」

「それは、そうだけど。え、けどいいのか?だって、それだと」

「わ、わたしが頼んだんだけど。それとも、嫌?」

「いやではないけど……まあ、フランがいいなら。行こうか?」

フランはコクリとうなずいたので、俺はフランに袖をつかまれたまま立ち上がった。さて、おかしなことになったぞ。けど、フランが言ったんだし……俺とフランは河原へと歩いて行った。たき火を離れるとき、ウィルが妙にニヤニヤしているのが癪に障ったが。

つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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