《じゃあ俺、死霊《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。》10-2

10-2

川の流れは穏やかで、水面に月のがゆらゆらとまたたいている。フランは水際まで行くと、俺の袖をはなして、ガントレットのはまった手で用に服をぎだした。俺はぐりっと首を百八十度まげて、遠くの山と夜空の境目をにらんでいた。

(……ん?)

自力で服をげるくらいなら、別に俺の手を借りる必要なんて、あるのかな?俺がそんな疑問をじていると、ふいにぱしゃりと水音がして、我に返った。

一糸まとわない姿のフランが、月明かりで真っ白に染まりながら、俺を斜めに振り向いていた。

「いこう」

「……」

俺は、とっさに聲が出せなかった。彼の髪も、も、水面に浮かぶ月のかけらも銀だ。それ以外はすべて濃紺。その中で深紅にるフランの瞳だけが、まるで寶石のように輝いている。

「……どうしたの?」

「あ、悪い。そうだな」

俺はようやく我に返った。なんだったんだろう、今のは?

フランは足首がつかるくらいのところまで行くと、育すわりで流れの中に腰を下ろした。

「じゃあ、いくぞ」

「ん」

俺はしゃがんで、手のひらで水をすくうと、フランの銀の髪にそっとかけた。絹のような髪は、水をはじいてキラキラと輝く。これならほこりだってってつかないんじゃないか?

濡れた髪をひとふさすくい、やさしくなでるようにむと、髪が含んでいた水分がぽたぽたと落ちていく。たぶんこれでじゅうぶんキレイになるだろう。俺は水をかけては、そこをでるをくりかえした。

「でも、珍しいな。フランが甘えてくるなんて。どうしたんだよ?」

俺はフランの銀の髪を指にすかしながら、彼の背中に聲をかけた。俺は彼が返してくる言葉を、三文字で予想した。

「……べつに」

フランからは、予想通りそっけない返事が返ってきた。思わずにやっと笑ってしまう。

「まあ、いいけどな。今日はいっぱい頑張ってもらったし、サービスさせてもらうよ」

俺はフランの髪をすいっとよけて、右肩を出した。さっきくっつけた腕は、しの痕もなくきれいに治っている。よかった、つぎはぎみたいにならなくて。

「……ごめんな、いっつもフランばっかり危険な目にあわせて」

「……べつに。私の目標のためでもあるから、気にしなくていい」

「ははは、そう言ってもらえるとありがたいけど。けど、エラゼムも加わってくれたから、これでフランばかり戦わせなくても済むようになったな」

「……そうだね」

「なんたって、エラゼムはめちゃくちゃ強いからな。あのでっかい剣!あれをぶんぶん振り回すんだもんなぁ。お前もエラゼムがいれば心強いだろ?」

「ん……」

「前衛が強くなれば、ウィルの魔法ももっと生きてくるな。あいつ、ちょっと口は悪いけど、でもけっこう頼りになるし。やっぱ魔法は便利だよな、うん」

「……」

あ、あれ?フランがだんまりになってしまった。仲間が増えてフランの負荷が減ったんだから、喜んでくれるかと思ったんだけどな。

「……ねぇ」

「うん?」

今度はフランの方から聲をかけてきた。

「あの時の約束……覚えてる?」

「約束?」

風呂にれってやつか?いや、それは今やってるんだから違うな。だとすると……もっと前。あの月夜に、フランを仲間にった時か。

「ああ、あれだろ。一緒に旅するって時にした約束。お前が仏できる願いを見つけたら、無理に引き留めたりしないってやつ。ちゃーんと覚えてるよ」

「……」

え。フランが半分だけ振り返って、半目でじとーっと睨んできた。

「あれ、違ったか?このことじゃないの?」

「……まあ、その時のことだけど」

な、なんだよ。間違えたかと思ったじゃないか。

「俺が忘れちゃったと思ったのか?さすがにそれはないよ、いくらなんでも」

「そうわけじゃ……」

「だってあん時、約束破ったら八つ裂きにしてやるって言われたからな。きょーれつに記憶に殘ってるって!ははは」

「……」

俺がけらけら笑うと、フランはがくっと肩を落とした。

「っていうのも噓じゃないけどさ。けど、忘れないよ。だってフランは、こっちにきて初めてできた仲間だからな。俺にとって特別な思い出だよ」

「特別……?」

「ああ。あんときは嬉しかったなぁ」

「ふーん……」

フランはまた前を向くと、膝を抱きかかえるように背中を丸めた。

「だからさ、いまだって、頼ってくれて嬉しいと思ってるんだぜ。俺、正直フランにはあんまり好かれてないと思ってたからさ」

「そ、そんなことない!」

「わっ。わかってるって、ほら、前向いて」

フランは何か言いたげに口を薄く開いていたが、ぐっとつぐむと、また膝を抱えた。

「まあほら、俺もいろいろうるさく言ったからさ。ちょっとビビってたって言うか……あ、アニだって、お前のこと嫌いなわけじゃないからな?あいつはほら、ちょっと空気が読めないだけっていうか」

「……わかってるよ」

「うん」

夜の淺瀬は、さらさらと穏やかに流れ続けている。その流れの中に、俺とフランの間のわだかまりもすーっと溶けていくようだった。

「よし!ほら、きれいになったぜ。そろそろ上がろう」

「ん……わかった」

俺は最後にフランの髪を一ですると、かがんでいた腰を上げた。うぐ、背中がめりめりいう。ずっと中腰だったから……フランもゆっくり立ち上がったのを見てから、俺は川岸に歩き出した。あ、しまった。タオルがないじゃないか。うーん、水をよく切ったから、たぶんすぐ乾くとは思うけど……

「ん?」

そのとき、俺の袖がくいっと引っ張られた。振り返ると、フランがさっきのように、袖をつかんでいる。

「どうした?」

「べつに……なんとなく」

「ぷっ、なんだよそりゃ。いいけどさ」

俺は袖を引かれたまま、川岸まで戻っていった。なんだか子どもの手を引く親のような気分だったけど、それはそれで悪い気はしなかった。

つづく

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読了ありがとうございました。

続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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