《魔王様は學校にいきたい!》魔王と達の日常 その三
とある気な晝下り。オリヴィアは一人、ロームルスの町を歩いていた。
大きな荷を背負い、せっせと歩き続けるオリヴィア。すると背後から、不意に聲をかけられる。
「オリヴィア、久しぶりだな!」
「エリザベス様、お久しぶりです」
聲をかけてきたのはエリザベスだ。
ゆっくりオリヴィアの元まで近づいてくると、そっとオリヴィアの頭に手を乗せて、そのままポンポンと優しくでる。
「アルベンス伯爵領では大変だったそうだな。しかしこうして、元気な姿を見られて安心した!」
「あぅ……ご心配をおかけしました……」
しばらくオリヴィアの頭をでたあと、エリザベスは「ところで……」と言って視線を移す。
視線の先は、オリヴィアの背負っている荷だ。パンパンに膨らんだ荷は、オリヴィアのを隠してしまうほど大きい。
「ずいぶんと大きな荷だな?」
「これは全部、おかしの材料なのです」
「おかしの材料?」
首をかしげるエリザベスに、オリヴィアは事を説明する。
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黙ってアルベンス領に行ってしまった罰として、ウルリカ様に大量のおかしを作る約束をしたこと。下級クラスの全員にも、おかしをご馳走する約束をしたこと。
つまりオリヴィアの背負っている荷は、おかし作りに必要な大量の材料というわけだ。
「そ……それはまた、大変そうだな……」
「そんなことありませんよ。みんなにおかしを作れるなんて、楽しみで仕方ありません」
嬉しそうなオリヴィアの笑顔を見て、エリザベスはひと安心だ。「そうか!」と返事を返して、再び荷の方へと視線を移す。
「ん?」
「ニャ?」
荷の中から顔を覗かせたのは、黒貓のカーミラだ。エリザベスと視線をあわせたまま、キョトンと首をかしげている。
「その貓は?」
「この子はカーミラちゃんといって、アルベンス伯爵領でお友達になった子貓です」
「ニャオッ」
ピョンと飛び降りたカーミラは、オリヴィアの足元をスリスリとき回る。コロコロと人懐っこい仕草は、とても可らしい。
しかし、そんな可らしいカーミラを前にして、どういうわけかエリザベスは冷や汗でビッショリだ。
「あー……その貓は、普通の貓なのか?」
「いえ、この子は吸貓なのです」
「吸貓か……そうか……」
「はい、ウルリカ様からを分けてもらって……そうだっ、ウルリカ様達を待たせているのでした!」
話しの途中でオリヴィアは、ハッとウルリカ様のことを思い出す。
「すみません、そろそろ戻らなくてはいけません」
「ああ、引きとめてしまったな……」
「それでは失禮します」
「ニャオッ!」
ペコリと頭を下げて、オリヴィアは大慌てで學園の方へと走っていく。
一方、殘されたエリザベスは、どうも先程から様子がおかしい。頬を伝うほど冷や汗をかき、顔は真っ青だ。
「あの貓……気配の強さだけならば、“討伐難易度A”を軽く超えているではないか……これもウルリカの影響なのか……?」
実は、魔王であるウルリカ様からを分け與えられた結果、カーミラは聖騎士を脅かすほどの存在になっていたのである。
その凄まじい気配を、エリザベスはずっとじとっていたのだ。
「しかしまあ、ウルリカのそばに置いておくなら、危険はないだろうな……」
深く深く「ふぅ」と息を吐いたエリザベスは。
「それにしても……背筋が冷えた……」
そう言って額の汗をぬぐうのだった。
ここは下級クラスの教室塔、三階にある“優雅なるお茶會教室”。
一面緑の爽やかな教室に、賑やかな男の聲が響いていた。
「リヴィ! クッキーを追加でお願いします!」
「オリヴィア嬢よ、こちらにも頼む!」
「はいっ、々お待ちください!」
約束していた“おかし會”が開かれ、オリヴィアからの手作りおかしが振舞われているのだ。
手作りおかしと紅茶を楽しむ、下級クラスの生徒達。そんな中、異様なまでに楽しそうにしている生徒が一人。
「リヴィのおかしじゃ! リヴィのおかしじゃー!!」
それはもちろんウルリカ様だ。
両手にクッキーを握りしめて、パタパタと走り回って大騒ぎ。大好きなおかしに囲まれて、嬉しさが発している。
そして、そんなウルリカ様に負けず劣らず、楽しそうな人がもう一人。
「んーっ、味しすぎるわ! オリヴィアちゃんは、おかし作りの天才ね!!」
授業終わりで、そのまま一緒に參加しているヴィクトリア王だ。両手にマカロンを持って、次から次へと口に運んでいる。
そんな母親の姿を見て、娘のシャルロットはすっかり呆れ果ててしまう。
「お母様……しは落ちついてくださいですの……」
「だってオリヴィアちゃんのおかし、もの凄く味しいんですもの!」
そう言ってヴィクトリア王は、最後のマカロンをパクッと口に放り込む。
「あら、もうなくちゃったわ……オリヴィアちゃん、もうお終いかしら?」
「まだ材料はたくさんありますよ、食べたいおかしはありますか?」
「だったらマカロンとパンケーキ、タルトにドーナツ、あとはクレープも食べたいわ!」
「うむむっ! なにやら味しそうな名前でいっぱいだったのじゃ、妾も食べたいのじゃ!!」
「ちょっと二人とも、しは遠慮してくださいですの。いくらオリヴィアでも、そんなにたくさんは作れない──」
「任せてください! すぐに用意します!」
シャルロットの言葉をさえぎって、勢いよく返事をするオリヴィア。素早く調理にとりかかった……と思いきや、あっという間に注文のおかしを持って戻ってきてしまう。
「お待たせしました! マカロンとパンケーキ、タルトにドーナツ、そしてクレープです!」
「まぁっ、味しそうだわ!」
「うむ! いただきますなのじゃ!」
あっという間におかしを用意して見せたオリヴィア。そして、あっという間におかしを食べ盡くしていくウルリカ様とヴィクトリア王。
その様子を、シャルロットとナターシャは唖然と眺めている。
「オリヴィア……いつの間にあんなに、々なおかしを作れるようになりましたの……」
「一瞬で作ってしまいました……人間業とは思えません……」
「そうね……ウルリカとお母様の食べる早さも、人間業ではありませんわ……」
そうこうしている間に、用意されたおかしは空っぽになってしまう。
「「おかわり!」」
「はいっ、すぐに用意します!」
大盛りあがりのおかし會は、まだまだ続くのであった。
三日月の漂う、靜かな夜。
學生寮の一室から、騒がしい聲が響いていた。
「うーむ! 今日は最高の一日だったのじゃ!」
フワフワの寢間著姿で、ピョンピョンと飛び跳ねるウルリカ様。無邪気にはしゃぐ姿はとても可らしい。
「リヴィの作ってくれるおかしは最高なのじゃ! 毎日でも食べたいのじゃ!」
「よかったわねウルリカ、でも毎日は食べすぎですわよ……」
晝に行われた“おかし會”のことを思い出して、ウルリカ様は興が収まらない。ピョンッと天井近くまで飛びあがると、そのままスポッとベッドに著地する。小さな素足を天井に向けて、パタパタと左右に揺らして、とてもとても可らしい。
そんな和やかな雰囲気の中、ガチャリと扉が開かれる。
「はふぅ~、気持ちよかったです~」
部屋へとってきたのは、お風呂あがりのオリヴィアとナターシャだ。二人とも頭にタオルを巻いて、ホカホカと湯気を立てている。
「サーシャ……なにもお風呂まで一緒にらなくても……」
「ダメです! 目を離すとリヴィは、どこかへ行ってしまうかもしれませんから!」
実はこの日、オリヴィアとナターシャは、二人一緒にお風呂にっていたのだ。
オリヴィアを一人にすると、また黙ってどこかへ行ってしまうかもしれないと、ナターシャに心配されてしまったのである。
「でも……一緒にお風呂は、ちょっと恥ずかしかったです……」
「大丈夫です! の子同士ですから!」
照れてしまって顔の赤いオリヴィアを、シャルロットは手招きで呼び寄せる。
「さあオリヴィア、ここへ座って」
「はい、なんでしょうか?」
シャルロットはオリヴィアを座らせると、丁寧に髪を拭いてあげる。
「いけませんシャルロット様! 私なんかの髪を拭いては──」
「いいから、黙って拭かれていなさい。これは王族命令……ではなくて、お友達命令ですわ」
「でも……でも……」
王族であるシャルロットに髪を拭かれるという、普通ではあり得ない事態に、オリヴィアはすっかり慌てふためいてしまう。
しかしお構いなしのシャルロットは、素早くオリヴィアの髪を拭き終える。そして──。
「どこかに行ってしまわないよう、こうして捕まえておかないとですわ」
「私も捕まえちゃいます! これでどこにも行けませんよ!」
オリヴィアの前と後ろから、シャルロットとナターシャがギュッと抱きしめたのだ。
驚いたオリヴィアは、しばらく口をパクパクさせて、やっと小さく言葉を絞り出す。
「もう……もうどこにも行きません……。だってここには、私の大切な友達がいますから……」
大きく見開いていたオリヴィアの瞳から、ポロポロと大粒の涙が零れ落ちてくる。
ナターシャはオリヴィアの涙を拭いてあげ、シャルロットはウルリカ様に聲をかける。
「ほら、ウルリカもこっちに──」
ウルリカ様を呼ぼうとしたシャルロットは、しかし途中で言葉を切ってしまう。
「すやぁ……すやぁ……」
「……あら? 寢ていますわね……」
いつの間にやらすやすやと、寢息を立てているウルリカ様。
そんなウルリカ様を見て、三人は思わず、クスクスと笑ってしまう。
すっかり和やかな雰囲気になった、學生寮の一室。
こうして夜は、靜かに更けていくのだった。
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