《魔王様は學校にいきたい!》ナターシャ拐事件

時間はし経ち、ここは教室塔前の広場。

広場に集まっているのは、ウルリカ様とオリヴィア、シャルロットとシャルル、そしてベッポと謎のドラゴンである。

「グルルゥ……」

「ひいぃ……」

赤いウロコに覆われた巨大なドラゴンを前にして、オリヴィア達はすっかり委してしまっている。

そんな中ウルリカ様だけは、いつもと変わらない様子でポリポリとクッキーを食べている。先ほどクッキーをに詰まらせてしまったことは、もうすっかり忘れてしまっているようだ。

「心配しなくて大丈夫だ、このドラゴンはちゃんと躾けてあるからな」

「だったら安心ですわね……じゃありませんわよ! きちんと説明してくださいですの!」

「そ、そうですね……シャルロット様はこのドラゴンに見覚えありませんか?」

「見覚えって……あぁっ、もしかして!」

「シャルロット様からの依頼で、學試験の時に連れてきたレッサードラゴンですよ」

なんと目の前にいるドラゴンは、ロームルス學園の學試験で騒ぎを起こしたレッサードラゴンだったのである。シャルロットの策略で連れてこられ、ウルリカ様にコテンパンにされてしまった、あの懐かしのレッサードラゴンだ。

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「最終試験でウルリカにやられてから、コイツは行方不明になっていたんですよ。ところが近ごろ王都の周辺で、レッサードラゴンが牧場を荒らしていると噂になっていましてね。王都の冒険者達で討伐しようって話になったんです」

「それは……なんだかちょっと可哀そうな話ですわね」

「そうでしょう? 元々は俺達の都合で連れてきたのに、討伐されてしまうのは可哀そうでね。だから俺の従魔にして保護したんです」

「ちょっと待ってください。レッサードラゴンは兇暴な魔のはずです、そう簡単に従魔に出來るような魔ではありませんよ?」

「うちの商會で作った新商品、“魔メロメロ弾”でイチコロだったよ。コイツは空を飛べるから、貨の輸送や俺の移を助けて貰ってるんだ」

「「「魔メロメロ弾……」」」

相変わらずの獨特な商品名を聞いて、なんともいえない表を浮かべるオリヴィア、シャルロット、シャルルの三人。

一方ポリポリとクッキーを頬張っていたウルリカ様は、ハッとした表を浮かべて大きな聲をあげる。

「なるほどなのじゃ……って、そんなことより! ナターシャはどうしたのじゃ!? 拐されたとはどういうことなのじゃ!?」

「そうだった! ナターシャは“アルテミア正教會”の連中に拐されたんだよ!」

「バカな……信じられない……!」

アルテミア正教會と聞かされて、最も衝撃をけたのはシャルルだ。

「確かシャルルのご実家も、アルテミア正教會でしたわよね?」

「その通りです……どうしてアルテミア正教會は、ナターシャ嬢を拐したんだ? そもそも本當にナターシャ嬢は、アルテミア正教會に拐されたのか?」

「ドラゴンの背に乗って教室塔に向かっていた俺は、教室塔の前で剣の稽古をするナターシャを見つけた。俺は地上に降りて、ナターシャに聲をかけようとした。すると見慣れない豪華な馬車が現れて、あっという間にナターシャを取り囲んでしまった。そして抵抗するナターシャを馬車に乗せると、そのまま連れて去ってしまった」

「待ってくれ! なぜそれでアルテミア正教會の仕業だと言い切れるんだ?」

「ナターシャを連れ去った馬車には、アルテミア正教會の紋章が描かれていた。つまりナターシャはアルテミア正教會に拐されたってことだろ?」

ベッポの話を聞いたシャルルは、小聲で「信じられない……」と聲をらし続けている。自分の信仰する教會が自分の友達を拐したと聞かされたのだから、無理もない反応だろう。

「ベッポはドラゴンの背中に乗っていましたのよね? どうしてナターシャを追いかけませんでしたの?」

「もちろん追いかけましたよ、でも追いつけなかったんです。空を飛ぶドラゴンでも追いつけないなんて、あの馬車は普通の馬車ではありませんでしたね」

重苦しい空気の流れる中、腕を組んで「ふーむ」と考え込むウルリカ様。

「ウルリカ様? どうしたのですか?」

「アルテミア……どこかで聞いた名前なのじゃ……」

「もしかして魔界にもアルテミア正教會はあるのですか?」

「魔界に宗教は存在せんのじゃ、しかしどこかで聞いた名前じゃ……。うむぅ……うむぅ……」

コクリコクリと首を揺らすウルリカ様、考える姿まで妙に可らしい。

一方じっと下を向いていたシャルルは、意を決した表で顔をあげる。

「アルテミア正教會がナターシャ嬢を拐するとは信じられない……しかし今はナターシャ嬢の無事を最優先に考えよう!」

「ええっ、そうですわね!」

「空を飛ぶドラゴンで追いつけない馬車ということは、総本山の所有する馬車に違いない。速さと堅牢さを兼ね備えた特別製の馬車で、主に要人を移送する際に使われるんだ」

「要人を移送ですか? ということはもしかして……」

「恐らく馬車に乗っていたのは、教主様ご本人だろう」

「まさかサーシャを拐したのは……アルテミア正教會の教主様……?」

「とにかく事は分かったのじゃ! とっととアルテミア正教會とやらを滅ぼして、サーシャを連れ戻すのじゃ!」

「「「「ちょっと待ったぁ!」」」」

いきなり騒なことを言いながら飛び立とうとするウルリカ様を、四人がかりで一斉に引き止める。

「アルテミア正教會は大陸中に布教されている、超巨大な宗教組織ですのよ! 滅ぼすだなんて、そんなことしたら大騒ぎですわ!」

「そんな騒ぎは妾には関係ないのじゃ、よく分からん宗教組織よりも友達の方が大事なのじゃ」

「でも……きっと報復されますわ、ウルリカもタダではすみませんわよ!」

「妾は魔王なのじゃ……相手がなんであろうとも、恐るるに足らんのじゃ……」

ウルリカ様の威圧に、シャルロットは思わず言葉に詰まってしまう。

巨大な魔力をに纏い、飛び立とうとするウルリカ様。その時──。

「待ってくれウルリカ嬢! 自分の実家もアルテミア正教會なんだ、だから……滅ぼされると自分は悲しい!」

「なんとっ、それはいかんのじゃ! 友達を悲しませなくはないからの、滅ぼすのは止めておくのじゃ……」

シャルルの必死な言葉を聞いて、ウルリカ様はシュンッと魔力を収める。ウルリカ様にとってシャルルは、ナターシャと同じくらい大切な友達なのだ。

すっかり落ちついたウルリカ様を見て、シャルロットはホッとでおろす。

「ふぅ……とはいえナターシャを連れ戻さなくてはいけませんわね」

「本當にアルテミア正教會がナターシャ嬢を拐したのだとしたら、必ずなにか事があるはずだ。だからまずは自分から教會に確認をとってみようと思う!」

「私もお手伝いします! サーシャは私のお友達ですから!」

「もちろん俺も手伝うよ、友達だもんな」

「決まりましたわね! それではクラスのみんなで、ナターシャを連れ戻しますわよ!」

こうして下級クラスの五人は、拐されたナターシャを連れ戻しにアルテミア正教會へと向かうのだった。

✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡

「ところでシャルロット様、先ほど『クラスのみんな』と言いましたけど、ヘンリーを忘れてませんかね?」

「ヘンリーでしたらクリスティーナお姉様と一緒に、教室塔四階の“研究書大量教室”に引きこもっていますわ……」

「先日様子を見にいったら、本に埋もれて眠っていました……もちろんクリスティーナ様も一緒に……」

「寢る間も惜しんで魔法の研究をしていのだな……」

「そうか……今回はそっとしておいてやるか……」

「そうですわね……」

こうしてヘンリーを除いた下級クラスの五人は、拐されたナターシャを連れ戻しにアルテミア正教會へと向かうのだった。

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