《傭兵と壊れた世界》第百六話:塔の街ラスク
地下都市が主流な時代において、大國は力を誇示するかのように天を目指した。その結果が首都ラスクだ。
またの名を塔の街。その名のとおり幾つもの塔が連なった街である。昔は塔の外側にも街があったのだが、夜風が激しくなるにつれて屋へ逃げ込むようになり、結果として城よりも大きな塔が生まれた。中央に主塔と呼ばれるひときわ大きな塔が建っており、元老院や軍部といった重要機関は主塔に集まっている。
街のいたるところに昇降機があり、住民はがたがたと揺られながら階層を行き來するのだ。二階よりも上は宙に浮かぶ島を連絡橋で繋いだような構造になっている。さまざまな角度で橋が重なる景は蜘蛛の巣みたいだった。
「星天教の聖地が西の果てにあるというのは有名な話ですね。聖地には塔のようながあり、ラスクはそのを模していると云われています」
サーチカに案されながら首都を歩く。
シザーランドとローレンシアは敵対関係であり、本來ならば傭兵が國することはできない。しかし、サーチカの協力があれば話は別。ナターシャたちはローレンシアへの侵に功した。
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「意外と自然かなのね。塔の中なのに川が流れているわ」
「天巫様が花をしていらっしゃるので。水はすべて地下から汲み上げています」
花畑の中に薬莢が捨てられている。そのアンバランスさがローレンシアという國を表していた。天巫が平和の花を掲げる一方で周辺諸國を侵略し、積み重ねた業がルーロ革命を引き起こしたのだから。地表の花と夜空の星。救いを求める信者と麻薬に溺れる中毒者。個のためにうごく元帥と、民を憂う天巫。相反する二面こそローレンシアだ。
「それにしても軍の人間が多いな。俺が前に來たときはもっと歩きやすかったぞ」
「彼らはアメリア軍団長が率いる第一軍ですね。近頃は元老院の権力が急落しています。その影響で対立関係の軍部が増強しているのです」
「私たちからすると迷な話ね。それもアーノルフ元帥の策略?」
「さあ、どうでしょう……」
サーチカは大國に潛して何年も経つ。その間にアーノルフの黒い噂は何度も耳にした。火のない所に煙は立たぬというが、大國の抱える闇の中心はアーノルフではないだろうか。
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「あいたっ」
ナターシャの頭上から何かが降った。カツン、と固い音を鳴らしながら地面に転がる。彼は頭をさすりながら拾い上げた。
「これは?」
「星屑ですね」
寶石のように明のある綺麗な石だ。どこから降ってきたのだろうかと頭上を探してみるが見當がつかない。
「ローレンシアではよくあるんですよ。空気中に星屑の元が漂っていて、濃度が高くなるとこうして石になるんです」
「急にこんなのが降ってきたら危ないでしょ」
「怪我をするような大きさのものはありません。大抵が小石ほどです。まあそれでも高さによっては痛いですが、住んでいるうちに慣れますね」
不可解な現象、という意味では足地といい勝負だろう。世界には珍妙な特質を持つ街がたくさんある。ラスクはその一つにすぎない。
「ちなみに、星屑を集めた祭りがもうすぐひらかれます。我々が狙うのは――」
「その話は後にしましょうサーチカ。ここはちょっと、ね」
「あぁ……すみません、気を抜いていたようです」
ナターシャが言わんとしているのは街を歩くローレンシア軍のことだ。普段よりも數が多いせいで誰に聞かれているかわからない。
「ノブルス城塞を抜けてからずっと移していたんだ。特に機船は慣れないとが休まらない。仕方がないさ」
「だけど今は警戒を――イヴァン?」
ナターシャは続く言葉を忘れた。なぜならイヴァンが串に刺して焼いたを味しそうに食べていたからだ。ほわほわとだまりの覇気が出る。用に酒を持ちながらを頬張る姿は観を楽しむ旅人そのもの。これがルーロの亡霊だといわれても信じられないだろう。
「まずは街について知ろうじゃないか」
「イヴァン、もしかして楽しみにしてた?」
「まさか。これも必要なことだ。なにせ船上では保存食ばかりだったからな。ちなみにラスクはカルーダという果実が有名だぞ。この串焼きもカルーダから採れるスパイスを使っているんだ」
「めちゃくちゃ楽しんでるじゃん」
ここはローレンシアの中心であると同時に、世界中の食材が集まる食街でもあった。
○
金持ち向けの落ち著いた酒場に場所を変えた。個室に座った三人は今後の作戦について話し合う。
「まずは天巫に近づく必要があるんだが、彼は常に複數の護衛と巫つきに守られている。一般人は聲をかけることも葉わん」
「しかも普段は最上階の祭壇にいるんでしょ。どうやって近付くの?」
「天巫が年に數回、姿をみせる行事がある。サーチカ、星天祭について説明してくれ」
サーチカが食事の手を止めた。よほど腹が減っていたらしく、彼の前に食べ終わった皿が積まれている。
「星天祭とはその名のとおり星天教にとっての一大行事です。祭りは三日間をかけて行われ、街は様々な食であふれるのだとか。たまりませんね」
「違うでしょ」
「ああ失禮。天巫様は祭りの間にラスクの各地を來訪します。おもに星天教と縁(ゆかり)のある場所ですね。もちろん厳重な警備が敷かれますし、第一軍からも多數の兵士が駆り出されますが、天巫様と接するならば絶好の機會かと」
サーチカは話し終えたタイミングで料理を口に運んだ。この、まだ食べる気である。
「サーチカの言うとおり、この機會を逃す手はない。星天祭は前夜祭、本祭、後夜祭に分かれていて、天巫が現れるのは本祭だ」
「祭りに參加しても護衛はやっぱりいるんでしょ?」
「大丈夫だ、策は考えている。ナターシャには働いてもらうぞ」
はて、とナターシャが首をかしげた。また面倒事を押し付けられそうな予がする。
「まず、明日から第一軍に潛する」
「見習い兵から始めるの?」
「いいや、星天祭の手伝いとして雇ってもらうようにサーチカが準備をしてくれた。最初は二人で潛するが、途中から別行だ。指示もその時に出す」
詳細は伏せられたままだがナターシャは了承した。イヴァンなりに考えがあるならば任せておこう。
「第一軍かあ。アメリア軍団長ってどんな人なの?」
「天巫を敬するイカレだ」
「ああ、ヌラみたいな人種ってことね」
「彼を人と思わないほうがいいぞ。こと、天巫が関わると獣のようなになる」
「私たちに勘づいて襲ってきたりして」
「冗談はやめてくれ。現実になりそうで怖い」
アメリア軍団長は滅多に首都から離れない。彼が天巫から離れたくないからだ。もちろん表向きの理由として首都防衛こそ第一軍の使命だとうたっているが、本當の理由が天巫への固執であるのは明白だった。純白の信仰と、いきすぎた敬。軍団長という地位がなければただの狂人である。
ラフランの三兄弟がそうだったように、過度な信仰は心を食ってしまう。アメリアがそうならないことを祈ろう。
冷たい空気がをった。気溫が低いのではなく、本能的な冷たさ。シザーランドの谷底から吹き上げる風や、もしくは足地に漂う冷気に似ている。
「窓が開いているのかしら」
「いいえ、すべて閉まっていますよ?」
風の源は上。塔のはるか頂上から吹いていた。
◯
塔をのぼる一人の男。
アーノルフ元帥は部下に集めさせた資料を片手に廊下を歩いた。記されているのは元老院の派閥に屬する者たちのリストだ。アーノルフが改革を進めるうえで邪魔になるであろう障害である。
リストの中には元老院だけでなく軍部の名前も連なっていた。全員を排除すれば軍部も元老院もスカスカになってしまうだろう。必要なのは選別だ。誰を殘し、誰を切るか。それを選ぶ力がアーノルフにある。
「あれは……イサーク中尉か。隣はイグリスだな」
ふと窓の外に珍しい二人組を見かけた。片方はホルクス軍団長の右腕であり狙撃の名手であるイサーク中尉。もう一人は彼の父親であり、參謀次長を勤めるイグリス準將だ。
イグリスは堅実な格で人が厚く、軍部と元老院の雙方に影響力を持っている。階級こそアーノルフよりも下であるが厄介な相手に違いない。先ほどの會議でもアーノルフの意見に最も反発したのはイグリスだった。
アーノルフは手元の資料に目を落とした。リストの中にイグリスの名が刻まれている。彼も保守派。元老院側の人間。
「優秀な人間は好ましいが、殘しておくのは危険か。その力を私のために使ってくれたら良かったものを」
やがて興味を失ったアーノルフは、今もなお仲睦まじく話す親子から視線を外した。選別完了。次の會議はもっとスムーズに進むだろう。
固い音を鳴らしながら廊下を歩き、上階に繋がる昇降機に乗った。地上がみるみる間に遠ざかっていく。やがて巫付きに案されながらラスクで最も神聖な場所に到著した。
「お呼びですか、天巫様」
祈りの花が揺れる祭壇の中央で顔を隠したが佇(たたず)んでいた。彼は布越しでもわかるほど嬉しそうな空気を放つ。
「ご苦労様、アーノルフ。星天祭の準備は順調?」
「滯(とどこお)りなく進んでいますよ。特に今年は大規模になりますので街がすでに賑わっています」
「それは良かった。アーノルフもお祭りに行くの?」
「いえ、私は仕事がありますので」
はぷくーっと頬を膨らませる。いつ聞いても仕事、仕事だ。いつ休んでいるのだろうか。そもそも休息を取っているのかすら怪しい。
「天巫として命令です。祭りの間は働くのをやめなさい」
「それは無茶な命令ですよ。私は簡単に休んでいい立場ではありません」
「偉い人間なのに?」
「偉いからですよ」
天巫は納得していない様子だ。だが、個人の意思が許される立場でないのは理解している。元帥も、天巫も、自由に生きるには背負っているものがいささか多い。
難しいね、と言いながら祭壇に腰かけた。アーノルフはまるで騎士のように立ったままだ。二人は他のない話をした。天巫が小さかった頃のことや、アーノルフが旅した外の話。百年戦爭よりも前の伝説。足地に消えた國々について。
祭壇の花が閉じるまで、二人は和やかに語り合った。
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