《傭兵と壊れた世界》第百七話:第一軍兵舎にて

らせん階段をのぼる。ラスクには各階層を支えるための柱がいくつも生えており、その一つ一つが住居の集合になっていた。中央の主塔と比べたら小さな塔だが、それでも中で暮らすのに十分な広さがある。柱だけではない。地上はもちろんのこと、壁や天井といったありとあらゆる場所が建として使われていた。

人口が膨大であるため、しでも多くの場所を確保したいのだろう。所狹しと建てられた住居はヌークポウを思い出させた。もっとも、ラスクの街並みは整然と並んでいるためヌークポウの雑多な居住區とはし違う。

柱と柱、もしくは階層と階層をつなぐ空中回廊。人が増えれば柱を増やし、柱が増えれば橋を架けて、そうして張り巡らされたクモの巣。

「この街並みがラスクの一部だっていうんだから凄いよね。パルグリムも、シザーランドも、規模に関しては敵わないよ」

らせん階段の途中から街を見下ろした。波紋狀に広がった住居の中で信者たちが暮らしている。壁に覆われた街だが暗いという印象はない。むしろ質の良い封晶ランプによって暖かなが満ちていた。

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塔はいくつかの階層に分けられており、二階よりも上は吹き抜けになっている。そのため、カップルフルトのような息苦しさはじられない。階段を登るにつれて街並みもしずつ変化した。吹き抜けから見下ろすと各階層の特が見えて面白い。

隣を歩くイヴァンが眩しそうに目を細めた。

「良い街だ。敵國だというのを忘れてしまいそうになる」

「やっぱり明るさが大事だと思うの。シザーランドも封晶ランプの數を増やしましょう。街が薄暗いと人々の心も暗くなってしまうわ」

「あの暗さが住みやすいと思う人間もいるのさ。渓谷に封晶ランプが燈る景も、なかなか風があるものだろう。ここは良い街だが、住むなら俺はシザーランドだな」

「そりゃあ私だってシザーランドが好きだけどさあ。蟲やネズミに荒らされるのは勘弁なの。せめて居住區だけでも整備してくれたらいいのに」

「大國ぐらい資金力があれば可能だが、まあ無理な話だ。蟲たちと仲良くするんだな」

連結橋を渡って主塔に近付いた。周囲を歩く軍人の數もだんだんと増えており、街も比較的新しい住居が目立つようになる。

「みてみて、小型の機船で移している人がいるわ。広すぎるから歩いていたら日が暮れちゃうのね」

「機船専用の橋もあるようだ。荷の運搬、都市の移。機船がないと厳しいだろう」

二人は街を観察しながら連絡橋を歩く。ローレンシア特有の建築様式。街にそそり立つ支柱の影。失われた文明の斷片たちだ。星天教の司教がすれ違いざまに挨拶をしてくれる。ナターシャが傭兵だとはつゆ知らず、彼らは優雅で穏やかに會釈をするのだった。

ちなみに、サーチカは一足先に軍部へ帰った。街にる協力をしてくれた彼だが、名目上はディエゴの除隊処理として帰國したことになっている。ナターシャやイヴァンと行するのは危険なのだ。

「それじゃあいきましょうか。潛作戦開始ね」

「さっさと終わらせて観をしよう。ミシャたちのお土産も買わないといかん」

「ねえイヴァン、やっぱりそれが目的だよね?」

「ハハッ」

ルーロの亡霊、正隠していざ軍部へ。

第一軍の兵舎は比較的綺麗な場所だ。なくともホルクス率いる第三軍と比べたら天國のように思える。それでも兵舎である以上は隠しきれない汚れや匂いが染み付いており、しかも前任の清掃員が辭めてしばらく経つため酷い有り様になっていた。そんな兵舎を二人のローレンシア兵が歩いている。

「解放戦線と戦う前に、我々はこの衛生環境と戦うべきだよ。戦乙は清らかな湖から生まれる。ココットってアメリア軍団長と同じ隊で戦ったことがあるんでしょ? あなたから兵舎の狀態について相談できない?」

「わっ、私から?」

「だって我慢できる? 見てよこれ、男どものベッド! 気とカビで茸が生えているわ!」

同僚のミリアムが繰り返すように「茸ッ!」とんだ。あまり大きな聲を上げると埃が舞いそうだ。ココットと呼ばれたローレンシア兵のは半笑いを浮かべる。

「まあよくあることですよ――」

「すみませーん、第一軍の兵舎ってここですか?」

「は、はい!」

ココットが素っ頓狂な聲を上げた。今の「はい」は肯定ではなく反的に出たものだ。

聲をかけてきたのは二人組の男だった。

「良かった、兵舎に著いたみたいよイヴァン。あなたのせいで時間がかかったわ」

「飯を食う時間は必要だ」

「だからって兵舎と反対側に向かわなくてもいいじゃない」

「わかっていないなナターシャ。中央は人が多かっただろう? ああいうところは繁華街に出店しないと人が來ないような店ばかりなんだ。本當の名店は町外れとか路地裏とか、賃量が安い場所でひっそりと開いているんだよ。立地が悪くても腕が良ければ客がつくからな」

「多分あなた、今までで一番熱く語っているわ」

片方は珍しい白金の髪をした、お人形さんのようなの子。ココットとは正反対だ。そしてもう片方は背が高くて細の男。無駄のない筋で引き締まったをしており、端的にいってミリアムの好みである。既に彼は獲を見つけた狩人のように目を爛々と輝かせていた。

「えーっと、あなた達は?」

ミリアムが尋ねた。じーっとイヴァンを見つめながら。

「兵舎のお手伝いに來ました。用事があればなんでも私たちに言ってください。私はナターシャ、彼はイヴァンです」

ナターシャがにこにこと噓臭い笑顔を浮かべながらイヴァンの前に立った。「そっちのお兄さんに聞いたのに」とミリアムは不満げな様子。彼は負けじと食い下がる。

「なんでもってことは、例えばここの掃除も?」

「お任せください」

「洗濯とかも?」

「もちろんです」

「私がイヴァンを借りることも!?」

「そんなわけないでしょう軽スカポンタン」

「え?」

ミリアムが目をまたたかせた。ものすごい悪口を言われた気がしたが聞き間違いだろうか。

「うちのナターシャがすまない。我々はとりあえず兵舎を見て回ろうと思う。祭りまでの短い間だが、なにかあれば呼んでくれ」

「何もなくても呼ぶわ!」

軽――」

ナターシャの口を塞ぎながら、イヴァンはにこやかに去っていった。

またね~。

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