《6/15発売【書籍化】番外編2本完結「わたしと隣の和菓子さま」(舊「和菓子さま 剣士さま」)》北風とチャイとカフェの窓
pixiv小説子どもチャリティー企畫~ブックサンタ2022~への參加語として書きました。
クリスマスにちなんだ語ということで、冬っぽい名前の常盤さんと北村君が登場。
わたしが好きな、の匂いがするんだかしないんだか、の語です。
楽しんでいただけたら、嬉しいです。
常盤冬子さんは、である。
いや、大學生になったのだから、ではなくか?
どちらにせよ、手れが行き屆いた黒くて長い髪は、いつも艶やか。
眉は細からず太からず、左右対稱。
やや貓目気味の二重の瞳は、生き生きとして。
は白く、頬はバラ。
常盤さんがそばに來ると、瑞々しい花の香りまでするとかしないとか。
そんな常盤さん、ただいまお気にりのカフェで、香辛料たっぷりの甘いチャイを飲んでいた。
口の中に甘さが広がる。
シナモンの香りに癒される。
チャイはシナモンだけでなく、カルダモン、クローブを煮だした湯に、茶葉や牛をれて作る飲みだ。
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味に癖はあるけれど、はまると病みつきになる味しさなのである。
常盤さんはカップを両手で抱えながら、ふと視線を窓に向けた。
十二月の夕暮れどき。
ぽつりぽつりと、街の燈りもつき始めた。
風が吹いてきたのか、コートの襟を立てて歩く人もいる。
常盤さんは、すいと視線を腕時計に向けた。
約束の時間まであと五分。
約束といっても、こっちが勝手に連絡して、勝手に決めた時間だ。
「行く」と返信は來たものの、気長に待つつもりでいた。
常盤さんがそんなことを考えているとき、店の通路を歩いてくる本日の待ち人である彼と目があった。
彼がそばにいた店員さんに聲を掛ける。
そして、常盤さんを指し「彼と同じものを」と注文する聲が聞こえた。
「で、俺になんの用事?」
外の寒さをにまとったまま、北村颯君が常盤さんの前の席に腰を下ろした。
北村君と常盤さんは、中學から高校までの約六年間、同じ剣道部で過ごした仲間である。
常盤さんの同學年男子といえば、無駄に熱い男や、つかみどころのないちゃっかり星人や、いきなり農業に目覚めた男など、いろいろいたわけで。
そんな中で、一番信用できる剣道部の良心ともいえるのがこの男、北村颯君なのであった。
「うん、ごめん。実はさ、わたしの彼氏になってくれないかな」
「高校時代のように、面倒な男からの告白の場にボディガードとして一緒に行けってことか」
「いや、今回はそうじゃなくて。言葉のまんまなんだけど」
「面倒な男?」
「いや、選ぶべき言葉はそれじゃないでしょう」
北村君の眉間に皺が寄る。
「だったら、どこを選ぶんだ?」
「『彼氏』だってばっ!」
北村君のさほど大きくない目が最大限に広がる。
「常盤、どうした」
「さすが北村。よくぞ聞いてくれました。実はさーー」
そこから常盤さんは話を始める。
一言で言えば見栄だ。
友人だと思っていた子との、売り言葉に買い言葉。
二日前になる。
常盤さんは、數人の友人とランチをしていた大學近くのカフェで、いきなり現れた同級生の男子に告白をされた。
こんな人前で、と驚きつつ、だったらこっちも人前でと、きっちりお斷りをした。
その彼は常盤さんにとり、何度か顔は見たことがあるけれど名まえまでは知らないひと。
冷たい言い方になってしまうけれど、その程度の繋がりしかないひとだったのだ。
あちらさんにしてみれば、それなりに気持ちの盛り上がりがあったのかもしれない。
けれど、常盤さんにとっては、例えるなら、食べていたかき氷に熱湯をかけられるくらいの、突然かつ一方的なパッションだったのである。
同級生の男子は、しょぼくれながらも常盤さんの前を去っていった。
さぁ、おいしくランチの続きを――と思ったけれど、話はそこで終わらなかった。
「あのさ、前々から思っていたけど、冬子の振り方って傲慢よね。人の好意をゴミのように扱って、しらっとしてる。いくら顔がよくても、あなたみたいなキツイ格じぁ、彼氏とも長く続かないんでしょうね」
つい三分前まで仲良く談笑していたはずの友人が、常盤さんに噛みつく。
「は? なにそれ。あなたに、わたしの何がわかるっていうの? 藪から棒に好意を向けられる恐ろしさってもの、あなたには想像すらできないんでしょうね。それにね、わたしにはね、格がキツかろうが悪かろうが、それでもいいって言ってくれる高校時代からの長いお付き合いのダーリンがいるの」
ついついむきになって、噓八百。吐いてしまったわけである。
そして、そこからはお決まりの展開。
だったら、會わせろ、となったわけだ。
常盤さんの告白を聞き、北村君が考え込むように腕を組んだ。
「いないんだったら、いないと言うのがいい」
「嫌よ。だって、そんなの悔しいもの」
「誤魔化せなくなる」
北村君の言葉が刺さる。
彼の言葉には、正しさだけでなく、優しさもあった。
でも、今しいのはそんなではない。
「そのたびに北村を呼ぶもん。それに、もしかしたら、そのうちに新しい彼ができるかもしれないでしょう?」
「常盤」
北村が常盤さんをまっすぐに見た。
剣道部の良心。
茶化すこともなければ、見下すこともない。
言葉の表だけでなく、ちゃんとその裏をみようとしてくれる。
改めて、中學高校と、自分はなんていい友人に恵まれていたのかと思う。
「だって。……だって、仕方ないでしょう。わたし、彼に振られたんだもん」
常盤さんに彼氏はいた。
年上の、そりゃもう素敵なろくでなしだ。
知りで、でも噓つきで。
熱病のように好きだった。
同級生から告白されたのは、彼から振られた翌日の出來事だった。
「集まりはいつだ?」
「12月21日。し早いけど、パーティルームを借りてのクリスマス會なんですって」
「わかった。その日に、剣道部の同窓會を開く」
「は? どういう意味?」
どこをどうしたら、そんな話の展開になるのやら。
「常盤はそのクリスマス會とやらに顔を出して、正直に話せ」
「やだ。そんな負け犬みたいな真似は、したくない」
「勝ち負けじゃないだろう? ともかく、それだけ話したら、みんながいるこっちの集まりに來い」
「みんな」の言葉に、懐かしい仲間の顔が浮かぶ。
テーブルに載ったカップのふちを、常盤さんは人差し指でなぞる。
「……わたし、かっこ悪い」
ぼそりと放った言葉に、北村君が微かにほほ笑む。
「かっこ悪いままの常盤でいい。そのままで來い」
北村君の眼差しに、常盤さんは返す言葉もなく息をのんだ。
そこに店員さんが、北村君の注文した品を持ってやって來た。
北村君が自分の目の間に置かれたやや大きめのカップを見て、顔を顰める。
「これ、なんだ?」
「え? あぁ、チャイよ、チャイ。生クリーム増し増しでお願いしたのよ」
「生クリーム、多すぎないか? 下のが見えないほど厚みがあるぞ」
けない顔の北村君に、常盤さんは思わず吹き出した。
常盤冬子さんは、である。
ゆえに、自分を守るための鎧がいくつも必要だ。
虛勢をはるときだってあるし、わざと冷たく振舞うときだってあるのだ。
外の闇が深くなる。
それにつれ、カフェの窓に映る常盤さんの姿も濃くなってきた。
彼の笑顔が窓に映った。
北村君を前に笑うその顔は、飾ることない、ただの十八歳のの子だった。
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