《傭兵と壊れた世界》第百八話:狙撃の心得
訓練に集中するココット。彼の所屬は狙撃隊だ。敵部隊の將や砲手の排除、もしくは敵部隊の撹(かくらん)といった様々な役割を果たす。では狙撃兵に必要なものは何か。
「ハッ、ハアッ……!」
力である。
狙撃は常に場所を移し続けるのがセオリーであり、機船を有する相手と戦う場合は特に重要度が上がる。なにせ発砲した時點で敵に居場所が見つかり、機船で距離を詰めながら砲撃されるからだ。銃を擔いだ狀態での全力疾走。これがローレンシア兵に必要とされる最低限の力。
「例の二人組の話、聞いたか?」
「ああ、星天祭で忙しくなるからって手伝いに來たんだろ」
「ありがたい。俺たちだけで當番を回したらあっという間にごみ屋敷だからな」
「しかもの子の方は手が空いている時に料理を作ってくれるそうだ。當番の奴らが喜んでいたぜ」
「ちっ、今回ばかりは料理當番が羨ましいぜ」
彼たちの噂はあっという間に広まった。男兵士はナターシャを、兵士はイヴァンの話をするのだから分かりやすい。軍人は娯楽に飢えている。
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同僚のミリアムは相変わらずイヴァンにご執心だ。ココットはどちらかというと、ナターシャに憧れという意味合いで興味があるのだが、口下手な格のため話しかけられずにいた。
「お疲れさまですココットさん」
「あ、ナターシャさんっ、ありがとうございます」
噂をすれば何とやら。走り終えたココットのもとへ件(くだん)のが歩いてきた。冷水で濡らした布を用意してくれたようだ。
「流石は第一軍ですね。訓練場の規模が大きいです」
「我々は首都防衛の要ですから。ナターシャさん、主塔に來るのは初めてですか?」
「そうですよ。なんならモスクに來るのも初めてです。星天祭の話は前から聞いていたので楽しみですね」
「あっ、それじゃあぜひ中央広場に行ってみてください。一番賑わいますよ」
ココットは警備で駆り出されるため祭りを楽しむ余裕がないのだが、ナターシャたちはお手伝いであるため、自由に遊ぶ時間があるはずだ。
「たしか天巫様が街を訪問されるんですよね?」
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「ほ、訪問されるというか、大通りを歩かれるだけですよ。それでもあまりお目にかかれないので凄い人だかりになりますが」
「なるほど」
彼は考え込むような仕草で顎に手を當てた。
「天巫様の姿を一番近くで見られる場所を知りませんか?」
「一番近くですか?」
「軍人のココットさんならばご存じじゃないかと」
「うへえ、そうですねえ」
期待されると困るココット。
「地上階は間違いなく人であふれるので、できれば主塔三階以上……あっ、第三ミシェラ教會が良いかもしれません。あそこは街外れですが広場に面しているので、人が集まったとしてもあまり混雑しないと思います」
「第三ミシェラ教會、ね。大國の花(イースト・ロス)絡みの宗教ですか。他はどうでしょう?」
「他は、うーん、しいて挙げるなら、探求者の霊像と呼ばれる場所でしょうか。でもあそこは封晶ランプがなくて薄暗いのでおすすめできないです……」
せっかく初めての星天祭なのだから一番見やすい場所で楽しんでほしい、というのがココットの本音だ。だが話を聞いた彼は第三ミシェラ教會にあまり興味を示していない。
「薄暗い、ね。なるほど――報ありがとうございました。イヴァンと相談してみます」
「お役に立てたなら良かったです」
ほっと一息。言ってはいけない報を話してしまったような罪悪を覚えたが、きっと気のせいである。
「お禮は何がいいでしょうか」
「お禮!? とんでもないです、ただ祭りについて話しただけなので!」
ココットが慌てて斷ろうとする。だが対価を払うのは傭兵の義務。彼はしばし考え込んだが、ココットの狙撃銃を見て小さく頷いた。
「ココットさんは狙撃兵ですよね。ここ數日、訓練の様子を見させていただきました」
「ひええ、お恥ずかしい」
「今からあの的を撃ってもらってもいいですか?」
「へ、私がですか?」
「はい」
ココットがぶんぶんと頭を振った。
「ひええ、お恥ずかしい」
「あなた軍人でしょ」
結局撃たされることになった。
ココットは張した面持ちで銃を構える。足を肩幅ほどに開き、顎を引いて、左手で銃を支え、ストックを肩にあてつつ、引き金に指をかける。
その姿は軍人だけあって様になるが――。
「あっ」
當たらない。続けて二発。
「あっ、あっ」
當たらない。ココットがしょんぼりとした様子で肩を落とす。いつもそうなのだ。例えば森の中、一方的に自分が狙える狀況ならば落ち著いて撃てるのだが、他人に見られていたり、戦場で人を撃つとなると途端に當てられなくなる。
「ココットさん、もう一度」
「私を辱(はずか)しめて楽しいですかぁ」
「いいから」
頼まれると斷れない、ココット。「ナターシャさんの鬼!」とびながら的を狙った。結果は先程よりも酷い。
「悪いのはどれかしら……ちょっと貸して下さい」
「え、はい、構いませんが」
彼はけ取った狙撃銃を構えた。ココットと同じ姿勢、同じ銃、されど纏う空気は別種。顔をわずかに傾けると、銃の先端までがの一部のようにピッタリと靜止した。やがて放たれた弾丸は――。
「一発で!?」
的を貫いた。だが中央からし外れている。
「ココットさん、照準がずれています。きちんと整備しないと銃の能を引き出せません」
「ふえ?」
彼はそう言ってキュルキュルと調整を始めた。ものの數秒で調節を終えて、銃口の溫度を確認してから、もう一度的を狙った。
今度はど真ん中。寸分違わず風が空く。
「近くの的でいいので一発撃ってみて、照準どおりに飛ばないときは調整してください。特に移した後などは衝撃でずれていることがあります」
「は、はい」
「それと銃の能によって違いますが、連続で発砲すると銃に熱が溜まって弾道がずれます。できれば一発ごとに間隔をあけましょう」
「はいぃ」
「それから――」
まだあるのか、と顔を青くするココットに、彼は銃を返した。
「立は安定しないのでおすすめしません。特に非力なが立って撃とうとすると銃がぶれてしまいます。膝、腕、パイポット、もしくは瓦礫。なんでもいいので支えながら撃ってください」
そう言ってココットは座らされた。り人形のようにされながら、片ひざを立てて、そこに肘を乗せ、銃口がぶれないように左手をそえられる。すぐ隣の彼から「もっと背中を丸めて」とか「頬を寄せてください」と指示をされるが、ココットは心ここにあらずといった様子だった。
(綺麗な顔……)
まばたきのたびに白金の長いまつげが揺れ、その奧に水晶のような瞳が見え隠れする。至近距離で見つめる彼は白磁のようだ。
「よーく見ていてください」
「はい!」
「私ではなくて的を」
「すみません!」
ナターシャに支えられながら的を狙う。顔が近い。サラサラとした髪が頬に當たり、どう頑張っても集中できなそうな狀況で、ココットは引き金の指に力を込めた。
「が強張っている。的を狙うんじゃなくて、弾道に的を置くようなイメージで、力がりすぎないように、ゆっくりと絞って……」
ココットは言われたとおりに力を抜く。そうして、一発。銃聲とともに放たれた弾丸が的の中央付近に命中した。
「ひええ、當たった、當たりましたよナターシャさん!」
「その覚を忘れないでくださいね」
コクコクとうなずくココットは小みたいだ。彼の瞳に崇拝のがよぎる。衝撃的で、革新的。新たな狙撃手が生まれた瞬間。
「あの……狙おうとすると指が震える場合、どうしたらいいですか?」
ナターシャがし考えるような素振りをみせてから答えた。
「く的、止まった的、近い的、遠い的、そして生きている的。んな的を撃ってください。撃って、撃ち続けて、撃った數がわからなくなったら、あなたの震えは止まりますよ」
ナターシャが笑った。それは靜かな微笑みだったが、ココットは背筋を這い上がる悪寒のようなものをじた。白金の悪魔、という言葉をどこかで聞いたような気がする。
それじゃあね、とナターシャが手を振った。働き者の彼はまだ仕事が殘っているらしい。ココットが禮を言って頭を上げた時、白金のはいなくなっていた。
「ナターシャさんって何者なんだろう?」
疑問に思ったココット。だが心ともに疲れ果てた彼は考えるのを放棄した。とりあえず食堂に行って飯を食べよう。特別な料理が待っているはずだから。
いつか震えがなくなるまで撃ち続けるしかないのだ。
隊の中で落ちこぼれだったココットが、めきめきと頭角を現し始めたのはこの日が始まり。
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