《やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中》金蒼學級対抗再戦(3)
「ここにしようか」
すたすた歩いて進んでいた竜帝が足を止めたのは、校舎にある教室だった。天井も壁も半壊狀態だが、まだ建のを保っている。
「みんな適當に座って、床にでも椅子にでも。瓦礫には気をつけてね」
竜帝はまず倒れた椅子を立て教壇の上に置き、自分が座る。皆が言葉を額面通りけ取るか迷うのをじ取って、ノインは振り返った。
「教の命令だ、みんな楽にすればいい」
「そうそう、びしって並んで立たれるのなんて帝都だけで十分だよ。窮屈だもん」
雑な表現をしているが、広場を埋めつくすラーヴェ帝國軍を帝城のバルコニーから見下ろすとかそういう、皇帝でしか見られない景のことだろうか。そう思うとノインも決して張を解けない。
竜妃――ジル先生に対しては、金竜學級の面々もあの騒ぎで世話になった者が大勢いるし、守ってもらった。蒼竜學級ほどではなくとも信頼もある。だが、この竜帝は違う。
しかしおののいてばかりいては始まらない。
「まずは自己紹介をさせていただいてもよろしいでしょうか」
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「君は本當に優秀だね」
級長らしく先陣を切ったつもりだったのに、思いがけない返しに戸う。だが竜帝は笑顔だ。
「禮儀正しいし、責任もある。その年で僕の前で平靜を保とうとできるだけ立派だよ。ルティーヤは大変だろうな、同世代に君みたいな優秀な相手がいたら。負けたくないよねえ、そりゃ。これからも仲良くしてあげて。同世代の友達がいるっていうのはいいことだと思うんだ」
「――あ、ありがとう、ございます」
「自己紹介は必要ないよ。全員、ちゃんと名前も顔も一致するから。臨時教をやるって話になってから名簿も績表も確認した」
目を丸くしたノインから視線をはずし、竜帝が長い腳を組む。
「學級対抗戦も見てたよ。あとでいくつか確認させてもらって、班分けとか作戦とか立てようかなって思ってる。ただその前に本題だ。――君たちはどうして蒼竜學級に負けたと思う?」
全員に、張が走った。
「グンター先生は思想が偏ってたけど、僕が見る限りここにいる全員、金竜學級に選ばれるだけの能力がある。蒼竜學級のほうが能力的には劣っていたはずだ。でもどうして負けたか。君たちが馬鹿じゃないなら、話し合ってたんじゃないかと思うけど、どう?」
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知らず握ってしまった手を意識してほどきながら、ノインは代表で答える。
「この狀態でしたので全員で敗因分析する機會はありませんでしたが、各自で何度か話し合ったりはしました。想のようなものですが」
「それでいいよ、教えてくれる?」
「僕たち全員が蒼竜學級の力量を見誤り、竜が使えれば勝てるだろうと驕り、グンター先生の作戦に疑問を抱きませんでした」
竜帝が顎に手を當て黙って聞いている。ほどいた拳を握り直して、ノインは続けた。
「竜に乗るなら対空魔の対策は必須です。教科書にも書いてある基礎中の基礎です。でも僕らは、どうせ彼らにできるわけがないと対策をとりませんでした」
「君たち、本當なら紫竜學級も相手にするはずだったんだろう? 紫竜學級も対空魔は撃ってこない想定だった?」
「いえ、そちらは対策を考えていました。地上配備で対策用の部隊があったんですが、蒼竜相手のときは全員が竜に乗っていて……」
「実際に蒼竜學級が撃ってきたとき、即座に降りて対空魔対策に切り替えるほどの臨機応変さは持ち合わせてなかった、と」
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「……そのとおりです。原因は山のようにありますが、すべてにおいて蒼竜學級を侮ったことから起因したものです」
「うんうん、ちゃんと分析したんだね、えらい。全員、その認識でいいかな?」
ぐるりと見回す竜帝に、異を唱える者はいなかった。
「蒼竜學級は竜を使ってくる金竜學級を想定して君たちを倒すためだけの訓練をしてたからね。要は君たちを倒すことに特化した狀態だった。しかもジル先生は竜殺しの一族出だ。前哨の、報戦の時點で負けてたとも言える」
「……返す言葉もありません」
「君たちはとてもいいことを學んだ。ろくでもない作戦と指揮にあたると、負けるってことだ」
語りかける口調は気安くて、聲はとてもよく響く。思わず頷いてしまうような、心地の良さだ。
「でも、負けた大きな敗因はそこじゃない。敗因は級長、君だよ」
驚いて目を瞠ったノインの背後がざわめく。反のように反論したのは、生真面目な副級長だった。
「ノイン級長は地上部隊の編制など、的確な指示を出しておられました! 咄嗟に対応できなかった我々の」
「やめるんだ」
相手は竜帝だ。教だと言っているがどこまで本気かわからない。下手な反発は、今後に差し支える――というか差し支えるに決まっている。ルティーヤは平気でこの皇帝に口答えするが、それはルティーヤだから許されるのだ。
「もしよろしければ、ご教授いただけないでしょうか」
「じゃあまず、君の認識から確認しようか。どうして君はルティーヤを相手にした?」
「え?」
改めて尋ねるでもない自明の質問だ。ノインの責任を追及する雰囲気に張していた皆も眉をひそめている。だが何か意味があるのだろう。ノインは思案しながら答える。
「あのとき、ルティーヤを抑えられるのは俺だけでした。だから――」
「言い方を変えようか。どうして君は一対一なんて馬鹿げた戦いに乗った?」
答えを考える前に、竜帝の口の端に乗った笑みに背筋が冷えた。
「どうして竜から降りた? どうしてルティーヤの、蒼竜學級の魔力が切れるまで竜で上空から魔力を焼き続けなかった? 君ならあんな未な対空魔はよけて飛び続けられたはずだ。金竜學級の生徒をすべて捨て駒にすれば、旗を守る時間も稼げただろう。ルティーヤと勝負なんかしなければ、竜を奪って旗を倒す蒼竜學級の策もふせげた」
それは、と答える聲が乾いてしまって出てこない。
「なぶり殺してやればよかったんだ」
ノインも含む何人かが、そのささやきにぎょっとした。
「そうすれば君たちは勝てたよ」
「そんな勝ちなんて……っ!」
耐えかねたように誰かがんだ。だが、竜帝は鼻先で笑う。
「やられていく仲間を見捨てられなかったか? あるいはルティーヤから逃げるのは卑怯だとでも思ったか。くだらない」
あのときの戦いを踏みにじる言葉に、ノインも聲をあげる。
「俺の対応が悪かったのは認めます、ですが味方の損害を最小限に抑えるのも――」
「お前らはそのうしろに守るべき民がいても、そう言うのか」
冷め切った竜帝の視線に貫かれて、けなくなった。
「逃げるなんて卑怯な真似はできなかった。正々堂々戦いたかった。だから勝てる方法はあったけれど負けた。そう言ってうしろにいる民を、どうぞ殺してくださいと敵に差し出すのか。それがお前らの正義か」
沈黙が落ちた。竜帝が言っているのは、ただの試合の話ではない。本當の戦爭の話だ。
そしてノインたちは、本當の戦爭に出ていくために學んでいる。あれはただの試合なのだからと反論するのは、愚かを通りこして稽だ。
(でも、ルティーヤと戦えて、打ちのめされて……俺は)
あのときの戦いにじた正義を、學びを、間違いだったとは思えない。
ぎゅっとノインは拳を握り、顔をあげた。
「……おっしゃることは、わかります。でも……勝つためならなんでもしていいというならば、それはひととしての理に背きます」
竜帝がきょとんとまばたいた。と思ったら笑い出す。
「君、ほんとに優秀だなあ。一本取られちゃったよ、ラーヴェ」
竜帝が自分の肩あたりに視線をかした。
竜帝には竜神が見えると聞いている。何も見えないそこに神がいるのかと思うと、今度は別の張が走った。
「わかったわかった、ちゃんと教えるよ。――散々脅したけれど、うん、君の言うとおり。勝つためならなんでもしていいというのは、理に背くね。竜神ラーヴェは理には背けない。同じ理由で、僕もね」
よかったと思うべきなのだろう。周囲もほっとしたように見える。
だがノインは別のことが引っかかってしまった。
「……それは、非道な真似をする相手に竜神は手が打てない、ということでは……」
聲にしてしまってから、青ざめた。それは神への冒涜に等しい質問だ。
「し、失禮しました……! ラーヴェ様が、おられるのですよね」
「ん? いいよ、別に。君は鋭いね。當たってるといえば當たってる。そのかわり僕は強いんだから」
「強い……というのはわかりますが」
なりふりかまわぬ相手に躙されるままになってしまうのではないか。
竜帝が人差し指をの前に立てた。と思ったら、手のひらを返して前に出す。ふわっと空気がいた気がした。銀の魔力が、渦巻く。
太のをそのまま現化したような剣が、顕れた。
天剣、と誰かがつぶやく。
理を正す、神の剣だ。これに裁いてもらえれば救われると、跪いてすがりつきたくなるような輝き。
だがその神威は、幻のようにふっと消えてしまった。あっと誰かが惜しむようにぶ。
竜帝がもう一度、人差し指をの前に立てた。
それで皆、口を閉ざす。今、ここで見たものは緒。そういう意味だ。確かに、屬國の學生たちに見せていいものではないだろう。
「君たちに負け癖がついたら困るからね」
天剣に見惚れたせいで反応が遅れた。焦って、舌がもつれる。
「ま、負け癖、というのは、どういう」
「あの負けはしかたなかったと思ってほしくない。敗因自は分析して改善してほしいけれど、そこで止まられると僕が困る」
ノインたちに負け癖がついて、竜帝が困るなんてことあるだろうか。
だが竜帝はまっすぐ、ノインたちを見回して言った。
「君たちは、この先、ラーヴェ帝國の將になる人材だ。そして間に誰がろうとも、最終的に君たちを率いるのは僕。竜帝だ」
考えるより先に、高揚で震えがきた。
分厚い雲に覆われていた未來が、いきなり晴れて開けたような覚だ。
「ジル先生は指揮は本だ。ルティーヤも人がある。あのふたりを負けさせたくない。勝たせたい。一度目の勝利を偶然で終わらせたくない。そう考える蒼竜學級の結束は固いだろう。でも君たちだって級長の実力を信じてる。級長だって、皆を信じてる。なら級長のために捨て駒になることも、級長はその重荷を背負って飛ぶこともできる。その覚悟さえあれば、君たちは勝てる」
誰かがを鳴らした。きっと、引っかかっていた敗北と屈辱を呑みこんだ音だ。
(――俺たちは、勝てる)
蜂起の騒ぎであまり表立ってはいないが、周囲からけるノインたちへの目はあからさまに変わった。わかりやすく言えば失されたのだ。績がいいだけの役立ず、いやその績だってグンターの忖度あってのこと、果たして実力はどうだったのか。あからさまにそう言う者もいる。
それでも背筋をまっすぐばして立っているのが本だ。子どもっぽく癇癪を起こすのではなく、ただ実力を示すしかない。口だけならなんとでも言えるのだから。
「僕はジル先生の指揮にくらべると、経験がたりないかもしれない。ルティーヤのように君たちからの信頼を得る時間もない。でも、君たちの上に立つ覚悟はあるよ」
――でも、階段を転げ落ちたような落差に、傷がつかないわけではなくて。ジル先生は自分たちも助けてくれたけれど、どうしたって蒼竜學級の先生で、支えてくれる大人はどこにもいない。そう思っていた。
「犠牲も嘲笑も怨嗟も、全部僕が背負う。僕は決して、君たちを負けさせない」
靜かに竜帝は立ち上がった。
「あとは君たちに勝つ覚悟があるかどうかだけだ」
もし他の大人が言ったならば、反発を覚えたかもしれない。
けれど傲慢なその言いは、しい竜帝にふさわしかった。だって、この竜帝が負ける姿を想像できないのだ。
「――今度は」
震える聲で、まっすぐ背筋をばした。
「今度は、勝ちます」
気づけば、金竜學級全員が立ち上がっていた。
うん、と竜帝が満足げに微笑む。
「作戦を説明しようか。いいかな?」
はい、と皆の聲が自然とそろった。
「じゃあまず、僕と一緒に裁をしよう」
はい?と皆の首が同じ方向にかたむいた。
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