《スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜》第213話 蒼の盾

「水流波が來るぞオォッ!」

協會の士の一聲で俺達は散った。俺は彼らのように一息で一ブロック先の曲がり角まで飛ぶようなことは不可能なので、とにかく思い切りダッシュして路地へと走り込む。

その直後、強烈な水飛沫が俺の背中に降り掛かる。衝撃の余波で転倒するが、すぐにを起こして元いた場所を見る。一瞬前までそこにあったはずの石畳の通りはアーチ狀に抉れ、通りの見る影もなくなっていた。

なんて程と破壊力だ。さっきのガリアスと同じ水ブレスの薙ぎ払いだが、その威力は桁違い。萬が一巻き込まれようものなら片も殘らない。以前アグリィラケルタスに右腕を切斷された時の記憶が蘇り、思わず震いする。

「レベル4が……、なんだってんだよッ!」

自分に喝をれ周囲を確認する。

「マリア、リッカ! リィロさん!」

「無事ですか、ナトリくん!」

隣に建つ廃墟の屋の上からリッカが顔を覗かせる。三人は俺の聲に反応して路地に降りてきた。彼達は屋に退避したようだ。

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「やっぱりレベル4は半端じゃないな……」

「遮蔽があれば多は水流波の威力は落ちると思いますけど、それでも危険です」

「あんなの倒せるの? 一どうやって近づけば……」

きも素早く、超程の水流波もある。こういうモンスターに対する戦い方、クロウニーならどうするだろう。

「幸いこの辺りの地區は障害がたくさんある。を潛めながら近づくしか無いな。離れたり見通しのいい場所で戦うのは危険すぎる」

「そうですね……。でも、気づかれずに近づけるでしょうか」

「俺の著てるラケルタスクロークは星骸(スターアーク)だ。隠を高める能力がついてる。一人なら気づかれないと思う」

「……わかりました。ナトリさんを援護します」

「リィロさん。ウルサ・マイヨルから注意を逸らさないように。方向とか、作とか、ちょっとしたことも見逃さないで」

「わかったよ」

「モンスターの現在位置、わかります?」

「さっきと同じ場所からいてないみたいね」

俺は路地を戻り、廃墟の角からそっと通りの先を窺う。と、後方で何かがったかと思うと頭上をものすごい速さで火球が駆け抜けていった。それはウルサ・マイヨルに著弾し、発を引き起こした。クレイルが上位の波導を放ったらしい。

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だが、煙の中から奴はのそりと這い出て來る。燃え盛るはぬらぬらと怪しくり、炎を意に介していないように見える。についた火はすぐにその勢いを弱め、鎮火してしまった。ウルサ・マイヨルは水屬のモンスターだ。火の波導では有効打を與えられないのか?

奴は短い咆哮を上げると移を始めた。地面を恐ろしい速度でるように這っていく。奴の進路上に建っている廃墟が音を立てて倒壊していった。そして、その進路上にあったクレイルが陣取っていた風車塔も音を立てて崩れ落ちてしまう。

「なんて速さで移しやがる……。クレイルは大丈夫か」

ウルサ・マイヨルとは相不利。クレイルが心配だ。すぐに加勢しなければ。

「みんな、いくぞ!」

「はい!」

リィロの探知に従い通りを進む。向かう先では建越しに吹き上がる火柱や水流波が見える。クレイルが真っ向から相手をしているようだ。

モンスターにかなり近づいてきた。この辺りから俺一人で奴に忍び寄るか。そう考えているとリィロがんだ。

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「みんな、今すぐ伏せてっ!!」

俺達は彼に従い一も二もなく石畳に寢そべるようにして転がる。それとほぼ同時に、周囲は轟音に包まれた。辺り一帯の廃墟が崩れ去り、頭上を夥しい水流の刃が通過していく。

「うおおおおおっ!!」

「きゃああああ!!」

辺りから降り注ぐ瓦礫がを打つのをなんとか耐える。ウルサ・マイヨルが橫薙ぎのブレスで周囲一の廃墟をまとめて倒壊させたらしい。無茶苦茶な威力だ。

倒壊が収まる頃、顔を上げ周囲を見回す。辺り一帯、軒並み廃墟が崩れ隨分と見通しが良くなってしまっている。非常にまずい狀況だった。

そして——、ほんの十メイルちょっと先に、俺達を見下ろすモンスターの獰猛な目があった。

水流波が來る。だが、俺達の守りではアレを耐えるのは至難。

「あ……」

隣のマリアンヌとリッカの瞳が見開かれる。視界は開けていて、最早逃げ場はない。モンスターが獰猛な大顎を再び開いていく。

マリアンヌは俺が守ると、エレナにそう約束した。あれは噓か。俺の判斷で彼達の命を失わせるなど、あってはならない。何が何でも守ってみせる……!

『リベル、お前の力はなんだって消滅させられる。そうだよな』

『そうだよ。この世のありとあらゆるもの——、私とマスターに斬れないモノは、ない』

だったらあいつの攻撃だって、斬ってやろう。できないはずはない。

「叛逆の盾――『アブソリュート・イージス』ッ!」

に浮かび上がってくる詠唱を口にする。リベリオンがパーツの隙間からを放ち、瞬時に組変わった。手と前腕を覆う手甲として腕に張り付く。

今まさに放たれた水流波に対し、手の甲を掲げる。カシュン、と手首から翼のような突起が展開し青を放つ。そして俺達四人の前面を覆うようにして、巨大な青の盾が浮かび上がった。

アブソリュート・イージスは水流波を真正面からけ止め、その全てを消し去っていく。力の原理自はソード・オブ・リベリオンと同じ。より広範囲をカバーする盾のように、守ることに特化した形態だ。

しかし、ける水量があまりに多く、それに比してどんどん煉気が目減りしていくのがわかる。

「ぐうううっっ!!!」

なんとかブレスが止むまで、水流波を凌ぎきった。アブソリュート・イージスを解除する。

「水流を……防ぎきったの……?」

「俺を退け者にしてヨソ見たァ、隨分と甘く見られたもんやなッ!」

跳躍してきたクレイルが、ウルサ・マイヨルの眉間に火剣(メルカムド)を突き立てる。

だが、モンスターは顔の側面についた四つの小さな眼をギョロギョロとかし頭上の邪魔者を見上げると、素早くを捩ってクレイルを振り落としにかかる。

「ちッ、淺ェか?!」

モンスターの注意がクレイルに向いた隙に、立ち上がると後ろを振り返った。恐怖に固まるマリアンヌとリッカ、座り込んでしまっているリィロに聲をかける。

「みんな、立て!!」

「う、うん……!」

「みんなはここを早く離れろ。こいつは俺とクレイルでなんとかする!」

「ナトリ……さん」

「わかりました。でも気をつけて、ナトリくん」

不安そうな顔を向けるリッカに自信ありげな微笑みを送る。

「早く!」

リッカがマリアンヌの手を引いて後退していくのを確かめ、俺はリベルに問いかける。

『まだ煉気は殘ってるか?』

『三割ってところ』

『さすがリベル。よく殘してくれた。もっとないかと思ったよ』

『もっと褒めてくれていいよ、マスター』

心ので笑う。リベルと一緒だと思えば強力なモンスターでもやれる気がしてくるから不思議だ。

『じゃあもうし頑張ってくれよ』

『もちろんだ』

目の前でクレイルと暴れ回るウルサ・マイヨルを見據え、詠唱する。

「叛逆の鉄槌、『リベリオン・オーバーリミット』」

リベリオンが再び変形し、肘の辺りまでびて右手を覆う。大きく息を吸い込み、肺をフィルで満たす。に空の加護が満ち、力がみなぎって來る。

ウルサ・マイヨルに向って飛びかかり、その橫っ面に挨拶代わりに拳を叩き込んだ。

「——ッグゥ?!」

「またせた、クレイルッ!」

「遅ぇーぞナトリ!」

俺達は位置をれ替えながらモンスターの周囲を駆け回り、敵を翻弄しながら炎の斬撃と拳を嵐のように浴びせかけていく。

橫薙ぎに払われる大木の幹ような尾を跳んで躱し、大巖のような當たりをバックステップで瞬時に避ける。

『強い踏み込み、全を使ったスピン』

『了解!』

オーバーリミット狀態にリベルの行予測も合わせれば、こいつの力にものを言わせた強引な素早い挙にも対応できる。それにこれだけ至近距離で張り付けば水流波の回避は難しくない。

「水の魔だけあって俺のは効きが悪ィ。頭ぶっ刺してやっても脳まで達しとらんなっ!」

「どうにも……決定打に欠けるじだ、なッ!」

オーバーリミット狀態を解除しなければソード・オブ・リベリオンは使えない。無理に使おうとすれば大きな隙を生む。追い込まれたこいつがそれを見逃してくれるとは思えないし。倒せる可能があるとすれば、イモータル・テンペストを叩き込むこと。しかし、あれも高速でき回る相手にれるのは難しい。

レベル4のモンスターだけあってか、これだけタコ毆りにしてもウルサ・マイヨルが弱っている様子はまだ見えない。俺達のを引きちぎろうと執拗にその牙の並んだ顎門を振り回す。

戦況は膠著し始める。が、その膠著狀態を打破する鍵はふいに現れた。

「ナトリ、待たせてごめん! 大丈夫っ?」

「フウカ!」

「ええとこに來たな!」

モンスターの鋭い爪を搔い潛り、大顎に振り上げた拳を下からめり込ませる。フウカも戦いに加わりながら、クレイルが提案する。

「フウカちゃん、マグノリア公國でアガニィと戦ったときのこと覚えとるかァ?!」

「覚えてるよ! 確か私とクレイルの波導で焼き盡くしたんだったね」

「アレ、もっかいやるで」

「りょーかい! ナトリ、しだけ私を背負って!」

「お、おう?!」

フウカはの構築のために波導をタメるつもりらしい。俺は彼を両手で抱え、暴れるモンスターの攻撃をギリギリで躱しながら時間を稼ぐ。普段フウカに引っ張られてばかりだから、こうして彼を連れて飛ぶのは珍しい。彼が普段やっていることの難しさを改めて思い知る。

やがてフウカの目に薄紅の輝きが燈り、周囲を風が渦巻き始める。

「いけるよクレイル!」

「っしゃあ、ほんなら決めるで!」

俺に擔がれたまま、フウカは大鰐に向けて両手を突き出す。

「巻き起これ、風。『風防壁《ミラウィオラス》』」

「魔人の檻、喰らい盡くせ炎。『炎獄宮(オル・アグネリア)』」

ウルサ・マイヨルの周囲を強風が渦巻く。そこに解き放たれたクレイルのが合わさり、風の結界は熱風を撒き散らす灼炎の竜巻と化した。

「複合波導式(フュージョン・スペル)、『ヴォルテクス・フレイム』や。たんまり味わえワニ公」

オオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォ…………

炎の嵐はモンスターの皮を焼き、を保護する粘を余さず焼き盡くす。だがそれでも奴は水のモンスター。全に水の屬を纏うことで、斷末魔を上げながらも原型を保とうと抵抗しているようだ。レベル4モンスターのタフさは本當に厄介だな。

「まだ焼き盡くせないの……。だったら」

激しく発火するウルサ・マイヨルに向けて、フウカが別の波導を行使する。

「これで、どう?! 『月掌(オル・マイア)』!」

火だるまと化しているモンスターの巨が、ふわりと空中に浮かび上がった。このは見たことがある。リッカの使う黒波導だ。でも、何故フウカがリッカのを……?

の自由を奪われ、空中に漂うしかなくなったウルサ・マイヨルは戸い、無茶苦茶に手足をばたつかせる。

「今や、ナトリ!」

「おおっ!」

モンスターの意識は、そのを焦がす炎と空中に浮かび制の効かない勢とで完全に俺から逸れている。オーバーリミットを解除すると、その途端が重みを増す。何度経験しても嫌なじだ。

「叛逆の剣——、『ソード・オブ・リベリオン』」

変形させ、構えたリベリオンの刀ばす。宙に浮かぶウルサ・マイヨルに屆く長さまで達すると、下段から剣を一気に振り抜いた。燃え盛るモンスターはの斬撃の元両斷され、ついにもの言わぬ死骸となって派手な音を立て地面へ墜落した。

味しいとこ持ってかれちまったな」

「ナトリー! やったね!」

満面のフウカと、消化不良といった様子のクレイルが寄って來る。リベリオンを消し去った俺は、思わずその場に座り込んだ。

「さすがに……疲れたよ」

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