《ワルフラーン ~廃れし神話》英雄の末路
悪な甲冑を著た魔王、アルド。
大男―――ディナント程のインパクトは、じられないし、フェリーテと呼ばれた程、浮世離れしている訳ではない。
だというのに何だろう。この心の底から湧き上がる恐怖のようなものは。自分の的本能が囁いている。
『こいつとは戦ってはいけない』と。
見る限り無傷のディナントと、極位の武を砕いたフェリーテが、左右に分かれ男に付き従っている。化け二人が、この男一人に服従している。
悪な甲冑は、どう考えても顔を隠す為に過ぎない事など、その異常な景から簡単に推察できることだ。
男から視線を逸らし、ディナントを見る。あの鎧、上位なんてレベルではない。アスリエルが部下に配給した武防は、上位なのだ。同じ位ならば、互いに消耗し合うはずだが、見る限り無傷だ。
完全に能を見誤っていた。あの鎧は極位相當、もしかしたら終位の可能も―――
いや、ありえない。終位相當の裝備は売るだけで小國が建つ。それ程の価値があるのだ。それを魔人が。下賤で卑しい魔人共が、所有してていい筈がない。
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しかし考えるのは後だ。今は何より―――
「私の部下はどこにいる?」
ディナントに挑んだ部下、十五人くらいだったか。ディナントが無傷な事から、死んだのか、捕縛されているのか。それだけが気になった。部下の行方を知る事は上司の務めだと、そう思ったから。
アルドの顔が、き出す(喋ろうとしたのだろう)より先に、フェリーテが口を開いた。
「……? 妾は、確かに言ったぞ。『どっちにしろ、部下は戻って來んよ』とな」
「何? それは教會にいた奴の事じゃあ……」
「確かに、會話の流れはそうだったの。じゃが、お主は複數の『選択肢』というものを挙げていない」
どうにも理解しかねているアスリエルを見兼ねてか、ため息じりにフェリーテが語る。
「例え話をしようかの。お主が……そうじゃの。『教會の見張りは? 巡回してた奴等はどうした?』と、言ったとするのう。すると妾は、『どっちにしろ、戻っては來んよ』と言う。『どっちにしろ』という言葉は、複數の選択肢の中で、何を選んでも大して結果が違わないという事じゃ。つまり妾は『見張り』と『巡回兵』、どちらも戻っては來ない、と言っている事になる。これは分かるかのう?」
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「あ……ああ」
「じゃが、お主が聞く事は、『部下はどうした』のみ。部下というと、愚かにもディナントに向かっていった者共も部下よの。……そういえば、お主はディナントを恐れるあまり、部下に任せて、逃げてしまったのう」
……心を読まれた。
魔人を恐れたなど生涯の恥。ばれないよう平靜を裝った筈なのだが……いやそもそも。
あの時フェリーテはいなかったはず。何故知っている?
アスリエルは、自らの空間を侵食されているような、酷く不快な気持ちになっていた。
しかし、出るのは、揺した事で震えた言葉。
「なん……で」
「そしてお主は、それ以降部下と會ってはいない。あっちに戻る事など出來る筈はないのう。妾と剣をえていたから、というのもあるかもしれんが、部下思いのお主の事じゃ、信じていたんじゃろう、部下を。私では無理だが、部下ならばきっとディナントを倒すと。だからこそ、お主を可哀想だと思った妾は教えてやったのじゃよ。『どっちにしろ、部下は戻っては來んよ』と」
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フェリーテの言っている事が、やっと理解できた。彼は、アスリエルの疑問に、必要以上に答えていたのだ。
アスリエルが求めていた答えは、教會の周りにいた部下の安否だ。しかし、フェリーテはそれに答えてはいない。それだけに答えてはいない。
教會に居た部下と、ディナントへと向かわせた部下。どっちについて聞いてるかは知らないが、どっちも戻って來ない、と。
そう言ったのだ。
剣を握る手に、力がった。答え次第ではあの魔人共を八つ裂きにしようという思いが、アスリエルの脳を支配した。
強さなど知らない。人間が強いのだ。ならば、勝てない道理はない。幾ら強かろうと、アスリエルは誇り高き人間だ。負けない。勝てる。
「あやつの鎧、リスド大帝國のじゃのう。あそこは、魔人との共存をむ、唯一の國と思っていたんじゃが、どういう事かのう、主様」
「どういう事も何も、フェリーテ。お前の國で起きた事件と同じだ」
フェリーテは靜かに俯いた。
「皆には味わわせたくないのう」
「……すまない。昔を掘り返してしまったな」
「よろしいのじゃよ、主様。あれが無ければ主様にも出會えなかったのじゃから」
フェリーテの方に顔を向けようとしたが、アルドはそれをしなかった。首を戻し、アスリエルを見據えた。
「さて、騎士アスリエルよ。私やディナント、フェリーテに出會ってしまった時點で、生きては帰れないと思うが、何か聞いておきたい事はあるか?」
アスリエルのは、湧き出る何かを必死に抑え込んでいるかのように震えている。彼から出た言葉には、その抑え込んでいるモノが僅かに混じっていた。
「部下は……戻ってこない奴等はこれからどうなる?」
「お前に教える道理はないが、そうだな。つるし上げて他の者にリンチでもさせてやるか、或いは豚の餌にでもするか、或いは―――」
「貴様ァッ!」
それは人間に対する最大限の侮辱。
言葉と同時に、アスリエルが駆け出した。戦ってはいけない? 本能が告げている?
知った事ではない!
魔力を剣に込めると、忽ちのに破損部位が修復。アスリエルの武は『魂送たましいおくり』という名前で、このように魔力を込める事で、破損部位が修復する特を持っている。
勿論、これだけで倒せるような奴等だとは、思っていない。
鍔に魔力を集中すると、仕込んでおいた魔法陣が起。アスリエルの剣を炎が包み、盛んに燃え出すした。
ディナントも、フェリーテも反応していない。ではアルドはというと―――何を思ったか、兜を外そうとしていた。
兜では防げないとでも思ったのか。しかし手遅れだ。この魔はアスリエルの切り札で、ランクは終位。たとえ避けても辺りは森林。甚大な被害が出るだろう。
価値についてしか語っていないので、分からないかもしれないが、終位は一度唱えれば、小國を地図から消し去る事が出來る。その灼熱によって、一帯の命は黒く染まり、そこには何かがあった、という痕跡しか殘らない。それはさながら、あらゆる不浄を祓う聖なる焔―――
人間を侮辱した魔人共―――
「死ねェェェェェァァァアアア!」
そこには男がいた。アスリエル・クレイツという男だ。その男は、かつて地上最強と呼ばれた男に挑み、自らの裝備と共に、消え去った。
彼もまた英雄という類にるのかもしれない。彼は、恵まれた才能を駆使して、世の為、人の為、國に貢獻し、人々を笑顔にしてきた。そういう者を、きっと英雄と呼ぶのだろう。
アルドという男がいた。アルドは國のため、魔人や魔の大軍を消し去ってきた。彼の手によって葬られた命は、きっと百萬や二百萬では足りない。
彼は英雄だ。國の為に、一切の容赦なく他の命を奪い、人に貢獻した。それは確かに人々を笑顔にした。
彼のような者を、きっと英雄と呼ぶのだろう。
英雄とは夢だ。人々が敬い、子が夢見る存在。英雄になりたいが為に騎士になり、皆手柄を立てる。そうして目指し続けて、やがて英雄が生まれる。その姿に憧れ、他の者もまた努力する。そうやって、また英雄が生まれる。新たな英雄が生まれれば、過去の英雄などでしかない。記念碑など建ててあっても、十年も経てば忘れる。
この世界は理不盡だ。
英雄を目指してる間は祝福される。人々の記憶に殘り続けるだろう。だが、考えてほしい。英雄には決まって、悲しき末路が待っているではないか。
英雄には死を、英雄には忘卻を。
英雄へと昇華した彼も、最強と呼ばれた彼も、何かを手にれただろうか。手にれたとして、何か変わっただろうか。
虛構は、時に人に夢を與える。
虛構は、時に人を変える。
虛構は、時に虛しさをじさせる。
虛構は、常に在り続ける。人々の先に、英雄の中に、魔王そのものに。
世界の均衡が崩れる事はない。たとえ世界が壊滅し、世界としてり立たなかったとしても、それを世界らしく作り上げてしまえば、それが新たな世界となる。時代の変化とは、そういうものだ。
子供は今日も、英雄を夢見る。年は今日も、英雄を目指す。青年は今日、英雄になった。英雄は―――
アスリエルがいた場所を、アルドはただ見據えていた。そこには黒い焦げ跡のみが殘っていて、かつてそこに人間がいたのだという証明は、出來そうにない。
さすがはフェリーテ、と言った所か。辺りの木々を狙ったであろう、終位の炎を難なくはね返し、被害をアスリエルの周りのみに留めた。喰らった本人は剣を振る前に死んだり、切り札の炎が通じなかったりと、お気の毒だが、アルドの前で戦闘行為を行ったのだから、自業自得だろう。
アルドは兜を外し、焦げ跡へと放り投げ、自らの顔をにする。
その顔は四分の三以上を火傷痕に侵食されているせいか、數年前の端正な顔立ちはどこへやら、盜賊のような暴さ、魔人のような恐ろしさが滲み出ていた。
かつて味方だった人間は、今では殲滅すべき対象。皮な話だ、學者も驚くだろう。かつての英雄が、今の魔王であるなど、果たして誰が信じるのか。
アルドは正義の味方ではない。魔王だ。だからこそ魔人を束ね導く。たとえその行為で人間にどれだけ嫌われようとも、アルドは構わない。自分を慕ってくれる魔人達が幸せになってくれるなら、それでいい。
勿論可能ならば共存を考えているが、如何せん人間のプライドが高すぎる。こちらが手を差しべても、それを蹴りで突っぱねるような奴らだ。みは薄いだろう。
……まあ、魔王がそんな事を可能のにれるなんて、変な話ではあるのだが。
「変? 主様は間違っておらんよ」
フェリーテは鉄扇を閉じ、アルドの橫で歩みを止めた。
「フェリーテ……」
「妾も共存を理想としている。人間が許せない事をしてきたのは事実じゃ。じゃが、それを妾らがやり返しては」
「人間共と変わらないという事か」
「そういう事じゃの。魔人は下等種族ではないと。それを証明したいのならば、それぐらいの理は持たんとの」
「まあ、そんな事を言ったって」
「そもそも共存という考えに辿り著く人間が、果たして何人おるか」
アルドは、フェリーテを一瞥すると、何も言わず頭をで始める。二人の長差はかなりあるので、子供をでるように手が屆いた。
「これからも私のためにいてくれるか?」
その問いに、フェリーテは笑った。ただただ、無邪気に笑った。
「愚問じゃのう主様。妾でなくとも、カテドラル・ナイツの皆は、生涯、主様と共におるぞ」
人を殺すという行為には、もう何もじない。一人殺せば、罪悪で押しつぶされそうになり、百人殺せば楽しくなり、千人殺せば絶頂する。
やがて百萬人殺せば―――何もじなくなる。
「宜しく頼む」
この世界でどれほど間違った事をしても、アルドは魔王。この世界とは、差しの向きが違うのだ。
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