《ワルフラーン ~廃れし神話》新米傭兵ウルグナ
フルシュガイド大帝國。
この帝國は、宙に浮いている訳でも、新兵があるわけでもない普通の國だ。だが、この國は―――およそ人間には攻める事が出來ない。
 この國はあらゆる市場を牛耳っているのだ。そんな國と骨に対立しようものなら、こちらが市場的な問題で被害を被ってしまう。魔人ならばまだ攻めてくる理由も分かるが、繋がり合いこそが重要な人間ならば、絶対に攻める事が出來ない。そういう訳で、この國は一度も攻められた事がない。戦わずして勝つ、という奴だろう。
だが、この世界には魔もいるのだ。たとえ理ある人間には通じるだろう方法も、自らの本能に従い生きる魔には、決して通じない。
しかし、魔人はおろか魔一匹すら、この國の周辺に現れないのが現実というもの。何の理由もなくこんな事は起こり得ない。それは當然。
という事は、それを有り得させる何らかの要因があるという事だ―――そう。この國には地上最強の男がいる。
その男の名は、クリヌス・トナティウ。フルシュガイド大帝國騎士団所屬、勝利ワルフラーンの異名を持つ男だ。
その男の強さはまさに神話。一度剣を振れば、その斬撃は魔の大軍をも一掃する兵となる。
剣を納めようと、その兵は変わらず、そこに居るだけで魔を寄せぬ結界となる。
彼に勝てる者はいない。彼に勝てる者がいるとするならば、それはきっと―――
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「何ッ、アスリエルが戻って來ないだと? 一全どうなってるんだ!」
生活の裕福さを察せる満型。髪のは最低限の手れ程度で、目には隈。この不潔の権化のような男は、大臣であるウスドラ・マレラ・フレブド。彼は一人部屋でんでいた。あまりに苛立った故に、近くの機を蹴っ飛ばし、形を歪ませてしまう。
ここ最近の記録はおかしすぎる。
魔人を絶せんと鋭部隊を送っているというのに、その部隊からは僅か數日で連絡が途絶える。頼みの綱であったアスリエルも、未だ戻ってきていない。
一何が起きているというのか。アスリエルが、接近戦で、それも魔人などに負けるはずがないのだ。彼を突破できる者など、きっとこの世に數十人くらいしかいないだろう。
なのに、どうして。
「クソッ!」
どこにいるとも知れぬ敵を睨みつけ、ウスドラは悪態をついた。
前車の轍を踏むような事はしたくない。ならば、もう彼しかいないではないか―――
そこまで考えた所で、思考が止まる。部屋の扉が開かれたのだ。中にってきたのは---クリヌスだ。
獣を思わせる鋭い瞳に、服の上からでも分かる、その。筋骨隆々と言うより他はない引き締まりぶりだ。鋼の、と言っても差し支えない。
人類絶対至上主義を掲げる第一人者にして、地上最強の力を持つ。文部両道、容姿端麗。そんな言葉が最も似合う彼こそ、新米が見本にすべき完璧な騎士だ。
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「な、何か用かね、クリヌス殿」
落ち著いて考えれば「これはないだろう」と思える反応だが、揺していたのだろう、そんな事は気づかなかった。
もっとも、クリヌスがそれに気付かない訳がないが。
「……何か用なのは貴方の方では、ウスドラ大臣よ。貴方の反応はどうも不自然だ。何か私に聞かれたくない後ろめたいでもあるのでしょうか。私には分かりかねますが、いらぬ疑念を抱かれる程度には不審だ、と忠告はしておきましょう」
淡々と話すクリヌス。その表からは何も読み取れない。
「……」
発言を無視し、ウスドラは思考を再開する。
ここでクリヌスに任せるか? こいつを失いたくはないが―――
いや、ありえない。彼が死ぬ事など斷じてない。神話が廃れる事はない。廃れてはいけないのだ。崩れる事もないし、終わる事もない。神話とはそういうものだ。
「丁度いい機會だ。貴殿に聞いてもらいたい事があるのだが、宜しいかな?」
クリヌスは首肯の後、言う。「砂を噛むような思いはしたくないんですがね」
「私の話が砂のようだと?」
「いえ。そんな事は。只、ここ最近そのような任務が多かったものですから」
引っ掛かる発言はあったものの、気にせず、ウスドラは全てを話した。クリヌスは、最初こそ無表だったものの、時々眉を顰めたり、顎に手を當てて考えるような素振りを見せたりしているので、ちゃんと聞いている事が分かる。
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全てを語り終えた後、クリヌスが口を開いた。
「程、つまり貴方は、私にお使いをさせたい訳ですか」
「言い方がどうも気になるが―――卒爾ながら尋ねたい。クリヌス殿、貴殿はこれをどう見る?」
「―――魔人の中に異常個がいるんでしょうね」
それは人間の常識としてはありえないものだった。人間が頂點で、魔人が底辺。その常識が、クリヌスの意見では覆っている。クリヌスの言っている事が分からない。何故? 何? 一何なのだ。ウスドラは思考し続けるが、寧ろ逆効果で、すればするほどこんがらがっていく。
あまりの揺に、言葉が震える。
「な、何を言っているのだ、クリヌス殿……魔人が人を上回るとでも?」
「人が勝利する以前ならば常識ですよ。全盛期の魔人は、我々人間の十倍の魔力量、三倍の能力ですからね。ですから仮に、異常個として全盛期の個があの大陸に蘇ったとするならば、こういう事態になったとしても不思議はありません」
「しかしだな……クリヌス殿。アスリエル殿の才能をお忘れではないだろうか?」
クリヌスは虛空へと視線を放り、しして視線を戻す。「の事を言ってるのなら、忘れてはいませんよ。ですが、あんなものは正直お遊びだ。全盛期の魔人には到底及ばないでしょう」
「をお遊びだと!」
クリヌスの発言に、ウスドラは聲を荒げた。
「貴殿は何も分かっていない! あれは神が授けし才能だ。一人居るだけで軍団を作れる者などそうそう居る事はない。最高ではないか!」
「あれが才能というのは認めますが、最高という発言は納得が出來ませんね。……ああ失禮。貴方に弓を引くような発言かもしれませんが、決して悪意がある訳ではないと告げておきます」
「ふん! まあいい。……それで、結局任せて宜しいのかな?」
「先程の推測が違うならば、玄人はだしの魔人でもいるか、或いは別の何かがいるのかもしれませんね。まあいずれにせよ、今の私には関係のない事です」
「それは……」
引きけてくれないのか、という発言より先に、クリヌスが口を開いた。
「おそらく貴方の思っている事で合っていると思いますよ。私の意思は」
「貴様!」
席を立ち、クリヌスに摑みかかろうとするが、立ち上がった瞬間に剣をつきつけられたので、ウスドラは顔を上げ、きを止めた。その行はむしろをわにしているのだが、素人なのだから仕方がない。
……いつの間に抜刀を?
いや、それよりもまず、今の狀況をどう生き延びるかだ。下手な発言をすれば首を切り落とされない。それに立場による発言力の差は皆無と言っていいので、屁理屈でねじ伏せる事も出來ない。
どう対応すべきか迷っていると、クリヌスが口を開いた。
「そういえば私がこの部屋に來た目的を忘れていました。いいですかウスドラ大臣。魔人を殺そうとするのは構いませんが、何度も行うのはやめて頂きたい。『下手な魔も數撃てば當たる』とは言いますが、幾ら何でも行いすぎですし、當たらないのであればどうしようもない。親切でお教えしますが、貴方は現在、王族及び教會からスパイを疑われていますよ。まあ、に事を進めすぎた結果でしょう。貴方のしている事は、事と次第によっては國同士の関係に亀裂をれかねない。……確かに私は貴方に敵対する気はありませんが、他の方達がそうとは限りませんので、それをお忘れなく」
言い返すことなど出來ようはずもない。こちらは只睨める事しか出來なかった。
「……ふぅ。彼の死は、まさに巨星墜つと言った所ですね」
誰に向けられたかその言葉。何かに失しているかのようなその言葉。脈絡もなく言い殘した後、クリヌスの姿は扉の向こう側へと消え去った。
人間至上主義とは思えないその言葉に、ウスドラは僅かに怒りを覚えた。自分がどうして警告されたのか、理解できなかった。自分は魔人を淘汰しようとしただけ。人間至上主義を掲げるならば、それは正しい事である筈だ。
「私は諦めぬぞ……!」
心の中で魔人淘汰を誓うウスドラだが、ここで違和を覚えた。
言い殘した発言、『彼の死は巨星墜つと言った所ですね』という、突然すぎるあの言葉。アスリエルの事を言っていると思ったが、それより以前の発言で『お遊び』『最高ではない』という発言から、アスリエルの事を言っている訳ではないとわかる。
ならば、一。
誰の事を言っているのだろう……。
リスド大帝國。
大帝國の中で唯一魔人との共存をんでい———るとされている國だ。この國の特徴はと言えば、裝備の品質が帝國隨一という所だろう。兵士に普及されている裝備は上位、學校の教材である魔書も火、水、風、雷、土、闇、の七屬から、治癒魔、果ては古代魔まで在り、またそれら全てが上流階級に留まらず、國民全てができているというのだから、その生活の質の高さが窺える。
そして、この國は最初にギルドシステムを取りれた國でもある。元々は騎士以外の戦闘員を生み出すためのものだったが、今では、冒険者、傭兵、遊詩人など、様々な職に分かれている。そこにはなからず魔人も混じっているので、共存派と非難され、他國との繋がりが薄くなっているのも仕方ないと言える。
そのシステムの中で生活する冒険者、ワドフ・グリィーダは、いつも通り、ギルドへと向かっていた。
と下半は隠しているがそれでも出の多い軽鎧。背中には片手剣と盾が揃っていて腰にはダガーが二本。臙脂の髪も相まって。活発というか、戦的というか、人という類ではないが、とにかく明るい印象が見けられる。
ワドフは、今日の依頼に心を躍らせていた。
冒険者になって一年。まだまだ他の冒険者と比べれば未な彼だが、その頑張りを見ていた者―――今日會う人なのだが、その人からわれたのだ。俺達と組まないか、と。
勿論ワドフは頷いた。というよりそもそも斷る理由が無かった。貧しい家で生まれたワドフは、の頃からいつか母に報いたいと考えていたが、ワドフには教養が無かった故、騎士にはなれない。
だからこそ冒険者になり、必死に頑張ってきた。
認められたくて。
強くなりたくて。
報いたくて。
そうして一年頑張って、気付けば今日の通り。パーティーを組んでの依頼に臨むこととなった。自分が長したかはよく分からない。しかし、今の自分には仲間がいる。これからの自分にも仲間はきっと居る。
怖いモノなどない。
そうこうしているに、目的地の前まで來た。何度も見てはいるが、何という建だろう。あらゆる所に上質な素材が使われていて、隣接する住宅とは一線を畫しているのが分かる。全二階建てだが、それよりも高く広くじるのは、建築士の腕前あっての事だろう。
ここがリスド大帝國ギルド本部だ。彼の職業上絶対に來る事になる場所であり、ある意味では出會いの場所であった。
今日も一日、頑張ろう。
の前で拳を握りしめ、気持ちを落ち著かせると、彼は扉のノブを握った。
ギルドの中へった途端、全ての視線がワドフに注がれた。しかし、それは一瞬の事で、皆直ぐに熱が冷めたように視線を戻し、談笑を再開した。
彼はどこだろう。
何でも個室でパーティーの顔合わせをやるようだが……
「あの、すみません」
付の男に聞くと、どうやら一〇六室のようだ。階段を上っていき、部屋へと向かう。部屋の前まで來ると、ノブに手を掛け、開こうとし―――
「卒爾ながら、貴方はワドフさんでしょうか?」
「え?」
聞き覚えのない聲がした。後ろを振り返ると、そこには襤褸切れのようなマントを著た男がいた。
長は優に一九〇を超えていて、目つきは鋭い。この辺りでは珍しい銀髪はさておき、驚きなのが彼の裝備。
武らしきものを持っていないのだ。強いて言うならば杖だが、それも寶石や裝飾がないので魔用ではない事が窺える。杖には橫方向に延びる線が一本見えるが、何のためにあるのか分からない。
それよりも何よりも。ワドフには―――彼の隣にの子が居る事が不思議でならなかった。背中までびたプラチナブロンドの髪はしく、顔立ちも整っていて(大半の子供は、顔立ちが整っているが)人形のようだ。何故か襤褸切れを著ているのは気になるが、それが一層彼の可さを引き立てているので、特に気にはしなかった。
「あの……貴方は?」
長の男は、年下だろう自分にも、丁寧に自己紹介をする。
「ああこれは失禮。私の名は『ウルグナ』。一人寂しく傭兵をやっている者です。以後どうぞ、お見知りおきを」
「……き、キリーヤです」
名前からウルグナとの繋がりは察せない。全のきから見ても、とても冒険者には見えないし……子供?
まさかそんな筈が。いやしかし、もしかすれば妻の方に顔が似たのかも―――
「どうかしましたか」
「えっ? ああいや。何でもッ。えーと、私はワドフ。ワドフ・グリィーダです。まだ一年の新米ですッ、よろしくお願いします!」
ウルグナが、嬉しそうに「ほほう」と呟いた。
「え? 何か?」
「いえいえ、大した事ではありませんが、同じ人がいて単純に嬉しかったんですよ」
「え、という事は、あなたも……?」
「はい。まだ一年の新米です」
私と同じ! という歓喜の聲はどうにか抑えたが、その喜びは抑えられなかった。
「へえ! ベテランだと思っていただけにちょっと意外ですが、私、何だか親近が湧いてきましたよ!」
「それは何よりですね。仲間との関係は良好であって損はない。この依頼もそうですが、これからも仕事仲間、或いは友達として一緒に頑張って行きましょう」
慣れていないのか、その笑みはどこかぎこちない。笑みというより、変顔と言っても差し支えはないだろうが、そんな事はどうでも良かった。
今の言葉は聞き間違いか?
「あの……変な事聞くんですけど、もしかしてデュークさんにわれたんですか?」
「ええ、まあ。そうでなければあなたの名前を知っている方がおかしいでしょう? ましてピンポイントで尋ねるなんてそんな」
「そっそうですよね……アハハ。おかしいですよね……」
なんか突然他人が話しかけてきた、とか思っていたのは緒にしておこう。ウルグナの格から怒るなんて想像もつかないが、あまりにも失禮すぎる。
というか、よくよく考えてみれば自分は未だ無名の新りだ。それなのに自分の名前を知っているとくれば、仕事仲間以外ありえないではないか。
相手がウルグナで良かった。この次誰かと組むような事があれば、次は注意するとしよう。「あ、そういえばデュークさんは?」
「途中まで一緒には居ましたが、今は別行です。何分か経てば戻ってくるでしょうし、とりあえず中で待つとしましょう」
傭兵。
短気で荒々しく、下品な者の集いだとワドフは思っていたが、ウルグナを見て考えが変わった。彼だけがそうなのかもしれないが、それでもいい。
同じ新米と友達になれた。その事実があれば十分である。
それから『彼』が來たのは、三十分後の事だった。
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