《ワルフラーン ~廃れし神話》裁きの剣

「よお、待ってたぜ」

扉を開いて、やってきたのは今回ウルグナやワドフをった男、デューク・ファドクだ。

年相応の容姿、大して品がある訳でもなし、それ程なりが整ってる訳でもない。だが、彼は不思議と人を引き付ける人だ。勿論今までの説明の通り、外見によるものとは考えられない。

そう、彼には面的な格好良さがあるのだ。それは、いつでも場を明るくさせたり、新米冒険者に裝備を買っていたり、困っている人を助けたり、実はかなりの妻家だったり。

困っている人を助けるのは當たり前の事と言う人もいるだろうが、その當たり前の事が出來てない人間が、この國には多數いるのである。

彼は存外に優れている男なのだ。

デュークは、殘った三席の、真ん中を選ぶと椅子を引き、くつろぎ始めた。

「待っていたのは私達の方なんですがね」

「そうですよ」とワドフ。

「まあ、気にすんなって。誰でも言葉の間違いくらいはあるさ」

「そういうものなんですかね」

「そういうもんなのさ。冒険者はいいぜ。こんな風に適當に過ごしてても金がってくるんだからよ」

「適當にやれば金がるのは當然の事だと思いますが」

「ん? ……ああ、そういう事か。畜生やられたぜ!」

飲んでるのでは? と疑いたくなる程に會話が面倒だ。ここは彼にとっての適當テキトーで返しておくべきか、それともウルグナにとっての適當で返しておくべきか。

悩むが、やはり時間の無駄だ。ここは沈黙で返しておこう。

「その子、あんたのか?」

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「そうであれば嬉しいんですが、生憎り行きで一緒にいるだけですよ。り行きでね」

そう言ってアルドは―――キリーヤの頭をで始める。キリーヤは驚いた様子でウルグナを見るが、特に抵抗はしてこない。それどころか顔を赤らめながら、もっとやってと言わんばかりに頭を寄せてくる。

その行に心の中で微笑んでいると、ふと、ウルグナはこうなった経緯を思い出した。

それは數日前―――

「決まりじゃのう」

そう言った後、フェリーテは霧のように分散した。もうそこには誰もいなかった。

「……私を心配してくれるのは有難いが」

フェリーテが、ここまでして従者を付けようとするのには、ある理由がある。

一つはアルドを出來るだけ戦わせないようにするためだ。これは、アルドが戦う事で発生する被害を想定しての事だが―――もう一つ理由はある。

それは彼達―――カテドラル・ナイツからの願いのようなものだった。

『貴方に救われたせめてもの恩返しとして、私達は大いに役立って大陸を奪還してみせるから、どうか獨斷行は控えてほしい』

嬉しい言葉というか、魔王冥利に盡きるというか、信頼してくれているというか。ともかく、アルドはそんなナイツ達を裏切りたくはないので、従者を同行させる程度の頼みは、出來るだけ聞くようにしている。

それが、自分を慕い、好いてくれている彼等への、せめてもの恩返しだ。

「アルド様」

「どうした?」

聲を掛けてきたのは『骸』であるルセルドラグだ。ルセルドラグは、アルドの左後方まで近寄ると、こちらに耳打ちしてくる。

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そもそも他の者には姿が見えないため、その行に意味など無いような気がするが。

「私が同行していった方がいいんでは? 私は不可視の存在。アルド様の邪魔をすることなく、お守りする事が出來ると思んですが」

ヴァジュラと組ませた理由は分かっているとの事だが、その上でその提案をしているのならば流石としか言いようがない。

「……確かにお前は見えないな。だがお前程見える奴も、中々居ないと思うぞ」

「……どういう事でしょう」

真剣な顔を演技で出來る奴ではない事は良く分かっているので、アルドは々突き放し気味に……彼にも理解できるよう丁寧に説明する。

「視える存在の中に視えない実が在ったら目立つだろう。戦闘では無雙の強さを誇るお前だが、今回に限って言わせてもらえば、ディナント以上に目立つ。言い方が悪いが―――足手まといという奴だな」

程……つまり姿を現せば大丈夫と」

「え」

何故そうなったッ? 剎那の瞬間素が出てしまうが、すんでの所で押しとどめる。

彼の正は長の骸骨だ。只でさえ見えなくても目立つというのに、姿を現した日には魔と勘違いされる事間違いなしだろう。

そもそもディナントを例に出したのも、彼も仮に鎧をいだところで目立つからであり、だからこそ彼以上に目立つという言葉は、ルセルドラグの考えている以上に『足手まとい』の意味を持っている。

し考えれば分かる筈なのだが……

「ま、まあとにかく。お前は同伴者には向かない。気持ちは有り難いが、大人しくここに殘っていてくれ」

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「――――――――はい」

ルセルドラグはどこか落ち込んだように大聖堂の奧―――居住スペースへと消えていった。

一緒に行きたいという気持ちは、本當にありがたいんだがな。

そんな事を考えながら、アルドはフェリーテの帰りを待っていた。

「待たせたの、主様」

「三時間程度は待つさ」

簡単な挨拶をえ、アルドはフェリーテの周囲を見渡す……どこにもいない。後ろは扉なので見えないはずはないのだが、それでは一どこに?

「どこにもいないようだが、『深淵ポケット』の方か?」

「ほう、さすがは主様、その通りじゃ」

フェリーテが科を作ってアルドに笑いかけると、そのままゆっくりとした作で浴ぎ始める。このまま見続けたらどうなるかというのを、即座に予知したアルドは、目を瞑り、無念無想の狀態へとる。

「アルド様は優しいのう。たとえ己の臣下だったとしても、そのは絶対に見ようとしないのじゃからな」

「そういう行為には時と場合と場所があるし、今はそんな狀況じゃないからな。お前のは見たいと思うが、遠慮しておくよ」

陣―――主にメグナから殺気をじたが、陣は皆人なのは事実なので仕方ない。それを認めたくなくて『お前には興味が無い』などと、自分に噓をつくような真似は出來ないし、かといって中途半端に誤魔化したりは出來ない。ならば素直に言った上で斷ろうという、アルドなりの回避方法だ。

「ふふっ……ではまた別の時にうとしようかの。ほれ、出てくるんじゃ」

フェリーテの聲が聞こえると、しして小さな足音が大聖堂に響いた。『深淵』から出たのだろう。

直後に、布がれるような音が聞こえてきたので、再びを翻し、フェリーテを見る。どうやらちゃんと浴を著てくれたようだ。

続いてその従者とやらに視線を移したが―――

「お前は……」

「魔王様、本日フェリーテ様より従者の命をけた者です。あの……私の事、覚えておられますか?」

「―――キリーヤ。まだ別れて時間も経ってないのに、誰かを忘れる程私は耄碌していないぞ」

カテドラル・ナイツと別れてから數時間。アルドとキリーヤは馬車に揺られながら、リスド大帝國を目指していた。彼等を運ぶ者は人間だが、彼等には見向きもしない。アルドは問題ないが、キリーヤは魔人なのだ。彼が數ない共存派だったとしても興味は示すはず。それが一切ないのだ。

それも仕方ないだろう。なにせ彼は、あの村で唯一の『人狼』———魔人と人間のハーフなのだから。

魔人と人間がわったなどという話は寡聞にして知らないが、彼がいる事は事実。なので そういった話も認める他ないだろう。

人狼と狼の魔人の違いは、実は結構あったりする。

ヴァジュラから『狼』の部分を抜き出してみよう。まずは鋭い歯。服に隠れて見えないが、一応尾もある。それ以外はこれと言ってないし、強いて挙げるにしても切り札の『飢狼化』ぐらいだろう。

キリーヤには歯も、尾も無い。狼と思わしき部分の一切がない。またこれは魔ではないため、事を知らぬものに魔人か否かの識別は、伝子レベルなら可能だろうが、基本的には不可能だ。フェリーテが彼を選んだ理由もここにある。

また、『狼』の魔人が使える切り札に『飢狼化』があるが、キリーヤはその代わりに『切り替え』なるものが使える。

ここまでくれば分かるだろうが、人狼とは完全な人間のバージョンと、完全な狼のバージョンを切り替える事が出來るのだ。これならば目立つ事もなく、かといって地味すぎる訳ではない。なくとも、ルセルドラグよりかはよっぽど足を引っ張らない。

それを考えると、今回のフェリーテの人選は素晴らしいという他ないだろう。もしかしたら人選が素晴らしいというより、キリーヤが何の魔人かすら分かっていなかったアルドの方に、問題があるのかもしれないが。

それからどれくらい乗っていただろう。心地よい揺れにを任せ、目的地へたどり著くのを待っていたので、時間は良く分からない。

子供の頃はこういう時間が煩わしくて仕方なかったかもしれないが、長してくると、こういった時間にも楽しさを見いだせるもの。退屈故の面白さ、とでも言おうか―――

「あの、魔―——」

即座に口を手で塞ぎ、顔を近づける。殆ど反いたため加減が利かず殺気が混じってしまった。そんなアルドの行にキリーヤは狼狽するばかり。……同伴者はそういえば子供だった。

「え……え?」

分かっている。この顔は、自分に何が起きているのか分かっていない顔だ。そういうものをアルドは腐るほど見てきた。

「……申し訳ないな」

手を離しキリーヤから距離を取る。キリーヤは未だに何が起きたのか分かっていないようだった。

「あ、あの?」

「キリーヤ」

「は、はい」

不思議そうな顔を浮かべて、キリーヤはこちらに近寄ってくる。

距離を取ってしまったが丁度いい。これを伝えるチャンスだろう。

こちらに四つん這いで近寄ってくるキリーヤに待ったを掛け、アルドは小聲で囁いた。

「こういった何気ない會話で正は知られたくない。申し訳ないが、私を魔王と呼ぶのは控えてくれ」

「ええ! でも私何かが魔王様を名前で呼んだら……」

口元に指を當て、聲を靜める。

「何も本名で呼べとは言っていない。それも困るからな」

「では何と呼びすればいいんですか?」

「そうだな……では、リスド大帝國にいる間は、私の事はウルグナと呼べ」

「……? はい。承知しました、ウルグナ様」

出來れば様付も控えてしいのだが、それをした場合カテドラル・ナイツの皆が彼を許さないだろうし、何より魔王になった以上こうなる事は見えていたため、諦める事にする。

「後三日くらいか」

大聖堂からは三日ぐらいというのが、チロチンの意見だ。『烏』のルート案程信頼出來るものはないので、そう見て間違いはない。

まあ、それはあくまで馬車を利用した場合の時間で、アルドが本気で走れば一〇秒も掛からないだろう。が、正は出來るだけ曝したくないし、何より本気を出す事はカテドラル・ナイツの思いに反する事になる。

そういう訳で、仕方なしに馬車を利用しているのだが。

仕方なしと言っても、アルド―――ウルグナはかなり乗り気だ。森の香りやら、心地よい揺れやらは、走るという手段では決して味わえないものなのだから。

だが、そんな馬車にも一つだけ欠點がある。それは全てを臺無しにする程兇悪であり、ウルグナをして、戦いたくないと思わせる程面倒臭いものがある。

「そこの者ァ! 止まれェェェェェ!」

來るとは思っていた。割れ鐘のような聲は、酷く耳障りで聞いているだけで腹が立ってくる。キリーヤもその聲が大変五月蠅いようで、両耳を塞ぎ蹲っている。

「オラァ! 命が惜しけりゃどっか行きな!」

「ひいッ」

ウルグナ達を心配した様子もなく、者は馬を放置したままどこかへ消えた。草をかき分ける音からして、東の方向へ逃げたのだろうが、殘念と言わざるを得ない。何故なら、者が逃げた方角の先にはこの馬車を襲った野盜の仲間がいるからだ。それはウルグナの耳にってくる息遣いから、六人程だろう事も分かる。

だが助けはしない。大変お気の毒だが、彼には死しか待っていないだろう。

酷いと思う? 馬車に乗った客を見捨てる事も十分酷い。自業自得だ。

それにウルグナは勇者ではない。魔王なのだ。助ける道理など、どこにも存在ありはしない。

キリーヤの背中に、チロチン特製の襤褸切れマントを掛け、指示をする。「キリーヤ、この襤褸切れを著て、外へ出ろ」

キリーヤもそれに気づき、急いでマントを羽織る。「え、あ、はい」

キリーヤがマントを著たのを確認すると、ウルグナも同様にマントを羽織り、者からは見えないように隠していた杖を持って外へ出る。

そこにはやはりというべきか、野盜の群れがいた。

「へえ……こいつは上玉だな、売れるぜえ、おい」

短剣を両手に持った男が言った。

「兄貴、売る前に俺に楽しませてくださいよ!」

「いやいや俺ですよ兄貴、俺が楽しみますよ」

野盜達がワーワーギャーギャーと騒いでいると、兄貴と呼ばれた男が仕方ないとばかりに言う。

「あーあー! 黙れ黙れお前等。もう分かった、分かったから。み・ん・なで、楽しもうぜ?」

兄貴と呼ばれた人は、子分だろう男達を見、それからキリーヤを見據える。その目には煩悩が渦巻いていて、同じ男としても見てて気分が悪い。他の者も同様のようだ。

まるで人間の不快な部分だけを混ぜ合わせて作ったような男に、ウルグナはかなり腹が立っていた。

その言葉さえなければ、導火線に火が付くこともなかっただろうに、何と愚かな事か。知らない事を気をつけろと言われても無理なので、どっちみちこの男は詰んでいるが。

「……貴様ら、今何と言った?」

「ああ? てめぇこそなんつった? 口の利き方に気を付けろ。立場分かってんのかてめえ」

「貴様ら以上に口も、立場も、理解しているとも。だからこそ私は問おう。今、貴様らは私の従者を玩にしようと考えてはいないか?」

ウルグナの最後通告も、男には屆かなかった。

「そうだが、それがどうかしたか?」

「―――私の臣下ものに手を出すという事は、私に手を出すという事だ」

ウルグナは兄貴と呼ばれる男に杖を向け、睨んだ。

男は恐怖を知らなかった。

男は殺意を知らなかった。

男は魔王を知らなかった。

男は———世界を知らなかった。知っていれば彼の運命も変わっていただろうに、なんと愚かな。

いや、そんな些細な違いは愚かとは言わない。彼がしてしまった最も愚かな事は―――

々抗ってみせろ」

魔王に喧嘩を売った事だろう。

短剣を持った男、リルダ・ファングテーは、その時は確かに勝利を確信していた。多勢に無勢。自分の子分達は、こちら側から見えない―――つまり馬がいる辺りで隙を窺っているものを含めて五十人以上はいる。見るに男の武は杖のようなひとつだけであり、やはり勝利は揺るがない。一つ不安だったのが、高位魔師だった場合だが、よくよく考えてみれば魔には詠唱時間というものがあるので、たとえ何人かやられたとしてもやはり勝利は揺るがない。

そう思っていた。

「やれッ!」

リルダの號令と共に、五人の男達が、杖の男へと斬りかかった。その號令を飛ばすと同時に、馬の方でこちらを窺っている子分に目配せし、合図。それは確かに伝わったようで、子分たちは、足音を消しながらゆっくりとへと近づいて行った。

この戦い。あのさえ手にれればこちらのものだ。戦う必要はない。さえ手にれれば、後は逃げるだけでいい。

男の方を見ると、既に男は子分に囲まれていて見えなかった。子分も意図的に囲んでいるので、男が見える頃には既に満創痍、或いは死だろう。

男の狀況とは逆に、はまる見えだ。あの男に何か言われたのか、どんな事があろうとこうとはしない。それがこちらの利になっているとも知らずに。

子分がへと近づいてく。一歩、二歩、三歩。やがての真後ろまで來ると、首に手を回し、拘束する―――

直後、その子分が突然近くの木へと吹き飛んだ。日常ではありえない破砕音を立てて、唐突に。

「あれ、あいつは」

「おい、消えたぞ!」

子分が吹き飛んだ先には、男がいた。ただ一つ違うのは、その手には剣が握られていてそれは男の額を突き刺しているという事だ。當然ながら子分は絶命している。

だが、リルダには理解が出來なかった。

暫くの戦いの末誰かがやられるなら分かる。だが、これはあまりにも突然すぎる。

「一人」

あまりにも無機質に呟かれたその言葉は、ある種の恐怖を野盜に與えた。

リルダは自らの狼狽を隠すように、子分を叱咤する。「何をしているポンコツ共、奴はあっちだ!」

「え?」振り向いた子分の首に一閃。死んだ事すら気づいていないだろう顔が零れ落ち、が崩れる。「二人」

気づけば男は元の位置に戻っており、呆然とする子分達を躙していた。抵抗しようとする者もなからずいたが、無駄でしかなく見事に首を刈られていった。

「なッ……なッ……」

「二十三……二十四……」

首が転がり死が重なる。これはもはや戦いではない、一方的な躙だ。

「三十二……三十八……」

呼吸がれ、足が震える。自らの目の前で発生する死に、リルダは後ずさりするしかなかった。

「四十五人……四十六人……」

子分達が全滅すれば、次に狙われるのは自分だろう。ここまでくればさすがに分かる。もう拐するなどと言っている場合ではない事を。

「弓兵撃て!」

剎那、草むらに隠れていた弓兵六人が姿を現し、男へと弓を引いた。

本來は奇襲専門の部隊だが、この際そんな事はどうでもいい。

「死ね!」

狙い過たず、六本の矢は男を貫いた―――

「五十二人」

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