《ワルフラーン ~廃れし神話》意志の

リスド大帝國を出て、し行った所にそれ―――リスデディア『大森林』はある。やはり大森林と名付けられるだけの事はあって、その土地の広さと木々の度は半端なものではない。方角を知ろうにも星は自己主張の激しい葉に天を覆われ、祿に見る事すら出來ないし、適當に彷徨い歩こうとする者は、気付かぬに生と死の境を超えてしまい、やがて二度と戻って來なくなる。それを心配して大森林にり込んだ者も、例によって帰ってくる事はない、というのは有名な話だ。

しかし、大森林に起こる現象として不思議なものが一つある。

三年前、二人は『邂逅』した。助けた者と助けられた者という淺い関係のはずだった二人は、いつしか主と臣下になり、やがて互いに大切な人となった。

だがなくとも、『人』は帰ってきていない。この森を抜ける以上、『人』として死ぬのは、必要な事なのだ。

らかい風が鼻孔を擽り、三人に新緑を運んだ。訪れる溫かさに、かにを覚えつつ、ウルグナはキリーヤと共にを休ませていた。

今回の依頼はリスド大帝國から馬車で數十分。リスデディア大森林かられてくる魔の掃討だ。期間は一週間で、それまで拠點とする砦に近づく魔を掃討する、という何とも簡単な依頼だ。しかし、數は不安定で、倒す魔のレベルが決まっていないからかその報酬はリスド銀貨六十五枚と、かなり高額である。

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新米二人(実質一人)と、中位冒険者らしいデュークと不在の一人、どう考えても戦闘要員でないキリーヤ。パーティーの人數が実質三人だが大丈夫なのかと、心配になってしまうが問題はない。もし、手を抜いていては全滅しかねないレベルの魔が現れたのなら、その時は適當に囮役でも引きけてかに処理すればいいだけだ。

今回ウルグナがパーティーを組もうと決心したのには理由がある。一つは、自分を証明してくれる人を作る事で、街での隠を高めるためだが、もう一つ理由がある。

王族の信用を得るためだ。

仮にフルシュガイドとリスドが取引をしていて、それを見たいのなら、まず信用されなければならない。この世界の殆どの國は実力主義なので、信用されればおそらくは手元に置かれる。それこそがウルグナの目的なのだ。

手元に置くという事は信用している事。ならばあらゆる所にウルグナを連れ回すはず。その時に、一度でも取引現場に行けたならそれでいい。それ相応の報いをその場でけてもらうだけだ。仮に冤罪でも、ウルグナは傭兵。適當な理由を付けて姿を眩ませればいいだけだ。

だが、あまりに長期間大聖堂を空けていると、カテドラル・ナイツの皆が心配してしまうので、出來るだけ短期間で事を為したい。が、これ程の仕事を一人でやるとなると、どうしても時間は掛かる。

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長くなりそうだ、本當に。

これからの予定にうんざりして、ウルグナが眠りに就こうとしていた時、不意にワドフが口を開いた。

「デュークさん、砦ってこんなに距離ありましたっけ?」

「ああ、そうじるのには理由があってだな―――お前等、仮にも冒険者や傭兵なら、ここ通った事あるよな?」

「はい」

「ええ、勿論ですよ」

大噓である。デュークと出會った後、ウルグナは者の代わりとして馬を引き、ここを通ったのだが、それを除けばウルグナがここを通った回數は全くのゼロだ。ただ、傭兵という職業を騙る以上、ある程度の噓は必要であるし、何よりこれ以上疑われ素を調べ上げられるのは不味い。これは必要な噓なのだ。

その噓を信じたのだろう、デュークはこちらに手の甲をひらひらと振ってくる。その行の意図に気付きつつも、まるで気付いていないかのように黙り込んでいると、しして面倒くさそうにデュークが口を開いた。

「俺は説明が苦手なんだ、だから頭が良さそうなあんたに任せるよ」

「何を、ですか?」

「だから、距離が遠くじる理由だよ」

「ウルグナ様、私も教えてもらいたいのですが」

そう言ったのは、ウルグナのを背もたれにしているキリーヤだ。こちらに視線を移し(と言っても、アルドを背もたれにしているので、完全に見上げる形だが)、尋ねてくる。

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「お、キリーヤちゃんが喋った」「何か新鮮ですね」

嬉々とした表を浮かべるデュークとワドフに、キリーヤはを後ろに引くが、後ろにはウルグナがいるため、まるで距離を取れていない。

傷ついたような表を浮かべる二人を見て、すかさずウルグナはフォローする。

「申し訳ない、彼は中々の人見知りなんですよ。私とは平気なのに、他の人となるといつもこうなんです」

人間には悪いイメージしかないだろうし、こうなるのは仕方ないだろう。「……所で、ワドフさんはともかく何で貴方が名前を知ってるんですか?」

「キリーヤちゃんがあんたと會話してる時、あんたがそう呼んでたろ」

ウルグナの左目が揺で、微かにいた。

まさか聞かれているとは。聞かれては不味い事を話していた訳ではないため、被害としては皆無だが、今度からは警戒の対象に彼もれておくべきだろう。

「宜しくな、キリーヤちゃん」そう言って、デュークは手を差し出してくる。

「え……」

ウルグナは二人から見えないようにキリーヤの背中を押し、握手を促す。數秒沈黙した後、キリーヤはゆっくりと手をかし、デュークの手を握った。

「よーし、これで俺達は友達だ。困った事があったらなんでも言いな、力になるぜ!」

「あ、じゃあ私も……わあ、小さい手、ねえ、キリーヤちゃんさ———」

「え、えと……その……」

二人の人間が魔人と會話をして笑っている。それはウルグナからすれば、とても懐かしい景だった。

當然だが、彼らの職業上ウルグナの敵になる事だってある。もし彼らがウルグナの、魔人の目的を邪魔するというのならウルグナは容赦なく葬るだろう。

だが、いずれ敵になる者だろうと今は仲間なのだ。こうやってふざけて、打ち解けて、信じ合ってればいい。

しながらもどこか嬉しそうなキリーヤを眺めながら、ウルグナは眠りに就いた。

「畜生……一本取られたぜ」

目を覚ましたウルグナが見たのは、面倒くさそうな表を浮かべながら何かを喋るデュークに、キリーヤをお気にりの人形のように抱きかかえるワドフに、抱きかかえられながらも、矢継ぎ早にデュークに質問しているキリーヤという、何とも平和で不可思議な景だった。

自分が寢ている間に何があったのだろう。よくわからないが、あの二人の格上、こうなっても納得だ。

しかし、永遠にこのままという訳ではないので、ウルグナがわざとらしく咳を払おうとした時―――

「皆さん『リスドアード砦前』に到著しましたよ』」 者がこちらを振り返って言った。どうやらウルグナが行を起こすまでもなかったようだ。

「お、そうか。なら俺は先に降りるぜ。ワドフ、運賃はお前が払っておいてくれ」

「ええ、私ですか? 私、銅貨三十八枚枚しか持ってないんですけど」

新米に運賃を払わせる冒険者デューク。何というか、せこい。これが冒険者のする事だろうか。

突然の頼みに驚くワドフに、追い打ちのように金額が告げられた。「運賃は銀貨八枚です」

「ええ? どうしよう……」

袋に手をつっこみ何度も金を數えるワドフ。その姿は、さながらお金を落としておろおろする子供のようで、くるしさをじずにはいられない。

実際はせこい先輩の頼みに困ってるだけだが。

「銅貨が一枚、二枚……って絶対足りないじゃないですかッ、というか何で払ってくれないんですか!」

「お前は無駄に元気だから分からないだろうけどな、俺は説明で疲れたんだよ。ウルグナは寢ちまうし、距離は長くじるし、キリーヤちゃん可いし」

「最後の発言は疲労と関係無い気がするんですけど……」

「私が払いますよ」

「本當ですか!」

 余程以外だったのかワドフは目を輝かせながらこちらに顔を近づけてくるが、直ぐにある事を思いだし、距離を取る。

「でも……何だか悪いです。ウルグナさんもまだ一年なんですし……」

「新米だとしても、私は傭兵です。それなりに階級の高い人間の警護なども任されます」

言いつつ懐を探り、ウルグナは金貨を一枚出した。

「同期ですし、遠慮はいりませんよ。どうぞおけ取りください」

ワドフが目を輝かせたのは、言うまでもない。

リスデディア大森林付近の砦。リスドアード砦。『抑止の砦』とも呼ばれており、許可無しにこの砦を抜ける事は不可能に近い。

その理由としては、大型の魔でも崩せなさそうな大きな壁もそうだが、やはり一番の原因は六百五十人を超える歩哨だろう。リスド大陸の中で最も警備に力をれている砦の名は、伊達ではない。

一番ではないが、砦の左右に例の大森林があるのも、突破不可能の名に一役買っている。まあ今回はその大森林のおで被害を被ってるから、依頼が來たのだが。

「ウルグナ様……人間を殺してしまって、本當にいいんでしょうか?」

突然そんな事を言い出したキリーヤ。ウルグナの手を握る彼の手は、しだけ震えていた。

「私、お二人と會話してるに思ったんです。人間が悪い種族ではないかもしれないって。だから―――」

「人間を侵略するのは止めてくれ、と?」

數秒の沈黙の後、キリーヤはゆっくりとぎこちなく首肯した。

「……キリーヤ、私が魔王になったのは、皆を導くためだ。これは分かるな?」

「はい。ウルグナ様は魔人の希ですから」

「その皆が願った。『人間から世界を取り返す事』をな。だから、お前が何と言おうと私は止まらない。立ちはだかる者がいるのなら私はそれを打ち破るまで。今まで通り、これからも。違いなど些細だ。戦う敵が変わるだけで、私自は何も変わっていない」

「……」

「もし、魔人の皆が私を止めるのなら、私はすぐさまそれを止めよう。私は魔人のために魔王になっているのだから、當然だ。だが、その魔人は私のためにいてくれている。こんな奇妙な関係も中々無いだろう。只の主従関係でも、対等な立場でもない、そんな関係だ」

「……はい」

「私のためにいてくれる魔人の為に私はく。何故ならそれが、私の思う『魔』人の『王』だからだ。」

こればかりは本當の気持ちだった。ウルグナ―――アルドが魔王である理由。それを誤魔化す訳には行かない。魔人である彼には特に。

「……でも、共存とかは―――!」

しかし、それでもキリーヤは食い下がらなかった。純粋な頃の自分。キリーヤは、その頃の自分に酷く似ている。

「雙方の合意がなければ、共存なんて、対等な立場の敵を生み出すだけだ。こちらが良くても、プライドの高い人間様には共存なんて考えはないだろう」

「……そんな」

聲が震えている事から分かる。悲しいのだ。自分の思い通りにならない事が悔しくて、悲しくて、でも何も出來なくいから、余計辛い。

無理もない。彼のように優しい心を持つ者が今の言葉を聞いたら、誰だってこうなってしまう。

「魔王なんて言ったって私は無力だ。理想に妥協し現実に跪いた。結局の所私は一人。限界があるという事だ。だから、私には出來ない」

アルドの意思は変わらない。その程度で変わる意思ならば、魔王など務まらない。

「だがな―――もし、お前に共存の意志が、あるとするならば、お前が皆を変えてみせろ。魔人も、人間も、そして私も」

キリーヤには強くなってもらいたい。自分のように孤獨な強さではなく、皆を思いやり、気遣う優しき強さを、彼には持ってもらいたい。たとえ自分と……敵対関係になったとしても。

「それが、私という魔王の手から、人間達を逃がす唯一の方法だ」

不思議な気分だ。決して無理と分かっているのに、キリーヤさえいれば、それが実現されるような、そんな気がした。

「砦の門……相変わらずでけえな」

「初めまして、今回の依頼の説明をさせていただきます、エリ・フランカです。貴方達が依頼をけた方ですか?」

門の前で待っていたのは、蒼の髪と、華奢なが特徴的なだった。磨かれた小手と重鎧。周りの者と恰好が同じである事から、彼もまた砦に居る歩哨である事が分かる。大帝國と砦を往復するのは、中々に時間が掛かるものであるため、おそらく住み込みだろう。

それにしてもかなりの重裝備だ。背中に短槍が二本、小手にはおそらく仕込み刃がっている。余談だが、短槍の一本はおそらく異名持ちの槍だ。

異名持ちの武が末端に渡るとは考えにくい。彼は隊長クラスの人間だろう。その凜々しい立ち姿も、それを疑わないものにさせている。

「はい、その通りです。改めて自己紹介をさせていただきましょう。今回依頼をけました、デューク・ファドクです。宜しく」

「同じくワドフ・グリィーダですッ、宜しくお願いします!」

「今回彼等に雇われました、傭兵のウルグナです。以後どうぞ、お見知りおきを」

各々自己紹介が済んだ所で、エリが書類を見せてくる。

「では、本日はこの範囲での掃討となります。この砦の武庫は自由に使っても宜しいとの事なので、ご自由に利用してください。後、今回の依頼は私も協力しますので……どうか無茶はなさらぬよう」

の表にある不安を吹き飛ばすかのように、デュークが拳を突き上げて高らかにんだ。

「さあ、俺達の実力を披と行こうぜ、みんな!」

「はい!」

「ええ」

「お……ぉぅッ」

デュークの真似をしたキリーヤは、何処か恥ずかしそうな笑みを浮かべていた。

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