《ワルフラーン ~廃れし神話》知らぬが仏

今回の依頼に彼、ワドフは一抹の不安をじていた。それは魔の強さとか、そういう他に対する不安ではなく、自分に対する不安だった。

果たして自分は皆の役に立つのだろうか。

今回の依頼、新米にはとても難しいように思えるが、ウルグナはどういう訳か泰然自若としている。デュークでさえ『危険な依頼』と宣っているのに、あのき。同期であるはずなのに、どうして自分と反応が違うのか。

くどい様だが、今回の依頼は魔の掃討。森から出てきている魔なので、二、三―――十では済まされないだろう。

だというのに、ウルグナは防はおろか武すら借りようとしない。持っているのは出會った時からある杖一本のみだ。

ワドフは街で何回か傭兵を見た事があるが、彼等は冒険者以上に重裝備だ。宿屋でさえも殺気を振りまきながら泊まる様は、用心深いとしか言えないし、斷じてウルグナのように當てもなく彷徨う放浪者のような恰好ではない。

何より彼にはキリーヤという同行者がいる。彼を悲しませたくないならば、尚更失敗は怖いはずだし、ワドフだったらそうなる。

そこで彼は同期なのか、という疑問が出てくるが、直ぐに首を振って思考を打ち消す。彼は傭兵なのだ。冒険者の差しで考えてはいけない。それに知名度が無いのは事実だし、同期というのに偽りはない筈だ……

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「ワドフさん、どうかしたんですか?」

「キャッ!」

後ろから聞こえてきた聲に、ワドフは驚く。いつの間に後ろにいたのか……いや、元々後ろにいたかのか。

「ウルグナさん……」

「怖いんですか?」

「え、あっ、はい。こういう任務は初めてで私……不安です」

親近からか、ワドフは心の聲を打ち明けた。

丁寧な口調に、落ち著いている態度。圧倒的強者とも言える態度は、新米を安心させるには十分すぎるものだった。

「あの、ウルグナさんはどうして、そんなに落ち著いていられるんですか?」

ワドフの疑問に、ウルグナは眉を顰めた。

「どうして、ですか? 別段落ち著いている訳ではないんですが、それだけでは駄目ですか?」

こちらを見據えるワドフに気圧されつつ、ウルグナは答える。

「ああ、済みません。ふざけたつもりはないんですよ、落ち著いている訳では無いのは本當ですし、むしろこんな依頼をけた事は無いので、し驚いています」

「だったらどうして……!」

「傭兵は金で雇える即席の戦力ですからね。一々慌てていては傭兵としての価値は無くなってしまうんですよ。私にそういう話は來ませんが、傭兵には……裏側の依頼だって來ます。そんな時に人殺しがどうこうとか、道徳だとか。そんな事言っていたら、いつまでも三流ですしね。まあ、慣れですね」

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結構真面目に言ったのだが、どうもワドフはまるで納得がいっていないらしい。

ウルグナは大きく息を吐いた。

「貴方が何に対して不安を覚えているのか、私には分かりません。死への恐怖?自分が役に立てるかどうか分からないという不安? ええ、本當に分かりかねますが―――不安を覚えていても仕方がないでしょう? 不安なんて考えるべきではない。私が落ち著いて見えるのは、慣れ以前に私がそういう考えを持っているからだと思いますよ」。

「真面目に答えてください!」

最後までウルグナの言葉に納得できなかったようで、ワドフは憤慨する。

「その答えは一なんですか! 私はウルグナさんの落ち著きに何か、もっと別な理由があると思って……」

「では、私にどんな理由があると思うのですか?」

「え?」

予期せずウルグナに反駁された事で、ワドフは戸った。が、直ぐに思考を整理し、考える。『何を言ってほしい』? 決まっている。それは―――

「えっと……」

―――何を言ってほしいのだろう。

自分は何を求めていたのだろう。幾ら同期で丁寧な態度でも、彼は神ではないし自分と深く関わっている訳でもない。今日會ったばかりなのだ。

だというのに、自分は一彼に何を期待していたのか。

熱が急速に冷めたような気がした。殘ったものは、ワドフの怒聲に固まる三人と、答えを待っているウルグナのみ。

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「……すみません」

「気にしないでください」

何でもないかのようにを翻し、ウルグナはキリーヤを連れ、歩き出した。ワドフの憤りに対して、あまりにも無反応で、あまりにも淡泊。それはもはや冷淡ですらあり、彼に対して好を抱けるような行為ではなかった。

「行かないんですか?」

結局の所、何も分からなかった。ウルグナは『不安を考えない』なんて言っていたが、それが本當の理由とは思えない。何かを隠しているような気がしたが、今追及しても軽くあしらわれるだけだろう。

「……今行きます」

複雑な気持ちを抱えながら、ワドフは四人の後を追う。平和なパーティーで居たいのに、自分のせいで……

「悩まない方がいいですよ、ワドフさん」

「え?」

「複雑に考えれば考える程、簡単な答えには辿り著けないものですから」

砦を出ると、そこにはどこまでも道が広がっていた。見た事はある。この街道を進んでいけば、やがて左右に木々が並んでいる道に出るが、事を知らない人が見れば発狂か気絶は確実だろう死はそこにある。

けもの道に隠したし、文字通り獣以外に見つかる事はないだろうが、モノ好きが探検でもしていたらばれてしまうかもしれない。

ウルグナは今の依頼よりかは、そちらの方が気になっていた。しかし、先程のワドフの言を思い出すと、何だか申し訳ない気分になり、渋々(別に相手に強制されている訳ではないが)気持ちを依頼に移す。

ワドフは釈然としない表だが、それも無理はない。

ウルグナは新米のように振舞わなくてはいけないため、先程の言葉はし解釈を変えて言った―――言わざるを得なかったのだから。

ワドフの疑念が晴れない點は、恐らく『不安を考えないようにしている』という部分だろう。恐らくなので違う可能もあるが、もしもこの通りならその勘は鋭いとしか言いようがない。

揺しない真の理由は、不安を考えないように―――ではなく、『不安をそもそもじない』からだ。

勇者がゴブリン程度に恐れをなすか? 貴族が奴隷に恐れをなすか?

場合によってはあり得るかもしれないが、基本的には違うだろう。

「では皆さん。この辺りで道を外れてください」

「じゃ、二手に分かれるぞ。俺とエリさんが左。ウルグナとワドフで右を頼む」

砦から五十メートルくらいか、エリの指示で皆森を囲むように散った。ウルグナは魔が通ったであろう僅かな足跡から、かなりの數を期待できそうな位置で止まった。

「キリーヤ、私の傍を離れるなよ」

「はい」

「あの、ウルグナさん。私はどの辺りで……」

ワドフがこちらに近寄ってきたその時、ウルグナは見逃さなかった。ワドフの背後に音もなく近寄ってきた魔を。

リーフウルフ。草むらに隠れて隙を窺い、集団で獲を仕留める下位の魔だ。

必要なら犠牲にする事だって厭わないが、今、この瞬間に死なれてはあまりにも無駄死にすぎる。

「ワドフさん!」

「えッ」

駄目だ。反応が遅い。既にリーフウルフは跳躍し、ワドフの首ヘかぶりつかんとしている。このままでは、首を噛まれ、最悪死ぬだろう。

仕込み杖? いや、無理だ。ワドフとの距離が近い故、ワドフが壁になっている。抜く事は出來ない。

仕方ない。

ウルグナはワドフを右手で抱き寄せると、口を開けた魔の中へ―——左手を突っ込んだ。

「ゴァ……!」

その腕を食いちぎらんとする狼だが、ウルグナの腕はあまりにもく、太かった。牙すら突き立てられず、狼は空中で靜止している。

「え、え?」

絶対的強さを前に立ち向かう狼にを覚えながら、ウルグナは左手の五指に力を込めた。

「オグッ!」

直後にを突き破ったような手応え。どろどろしたが指に流れ、滴る覚。そこまで來た所で、自分の危機にようやく気付いた狼だが、遅すぎる。牙を離そうとも、もうを摑んでいるのだから、逃げられる道理はない。

ヴァジュラの方がよっぽど力があるよ。

心の中で哀れに思いながら、ウルグナは手に力を込めていき―――を握りつぶした。或いは食い破るという表現でもその狀況は表せたかもしれない。空になったから、ウルグナの手が見える。程なくして狼が力したので、雑に投げ飛ばし、左手のを払った。

「あの、一何が……」

ワドフを離し、手を見せる。

それが魔と分かると、彼を翻すと同時に即座に武を抜き、膝を曲げて戦闘態勢を整えた。

失禮な話かもしれないが、一応は冒険者のようだ。「何が居るんですか?」

ワドフが辺りを見回すが、どこにもいない。しかしウルグナだけは、全て把握しているかのように、杖に手を掛け、じっと佇んでいた。

「リーフウルフに會った事はありますか? に緑が混じっている狼で、草むらなんかではすごく見つけづらい事で有名な魔なんです」

「いえ、酒場の話でしか……でも、下位なのでは?」

「……確かに下位ですよ。個の話ですがね」

それを証明するように、辺りの草が不自然に揺れ始める。揺れている範囲と、き方からして、その數実に二十

ウルグナは仕込まれていた杖をゆっくりと引き抜いた。それはウルグナが敵に行う、最終警告のようなもの。揺れは収まらない。むしろどんどんと大きくなっている。

「ですが、集団の場合は上位の魔に引けを取らないと言われる程、危険なんですよ」

「そ、そうなんですか?」

「ええ、ですから―――」

直後、霞むほどの速度でウルグナが後ろを薙ぐ。直後視界ワドフの視界に飛び込んできたのは、全を縦に両斷された狼の死

狼が死の直前、どんな事を考えていたかは分からない。それ程までにウルグナの薙ぎは速く、正確なモノだった。

「囲まれないように頑張ってください」

それと同時に、ワドフに三の狼が襲い掛かった。

「本當にこういう分かれ方をして良かったのでしょうか?」

エリは目の前の敵に短槍を構えながら、デュークに尋ねる。魔の名はブラインドゴーレム。名前の通り目が殆ど見えない巨人だが、それを除けば、並の武では傷一つつかない頑強な。城壁程度なら簡単にぶち抜けるその腕力といった、兇悪極まる能を持っている。

デュークはゴーレムのきに警戒。一時も目を離すつもりはなかった。

「あちらが子連れって事ですか? それとも二人とも新米だからって事ですか?」

「どちらもですよ。普通はこういう場合、貴方と私を一緒にはしません。ですが貴方は違う。彼等二人―――を信じもう一方の方向を任せています。本當に大丈夫なんですか?」

「ワドフはともかく、ウルグナは信用していいと思いますよ。何せ傭兵ですから」

「ですが―――」

言っていられるのはそこまでだった。ゴーレムがこちらに接近してくる。歩く度に起きる地鳴りが、その巨大さと強大さを十分に表している。

ゴーレムとの戦い方の基本は、集中砲火かカウンターだ。焦ってはいけない。思考を放り出し、挙を観察する。

「あいつらの心配をするより、自分の心配をした方がいいかもしれませんね。こいつは中位の中でもトップクラスの強さを持ってる。いやあ中々強そうだ」

デュークが軽口を叩いているが、彼もまた長剣を構えて、最大の警戒をゴーレムに向けていた。言葉とは対稱的に、意外と慎重な格なようだ。

「―――お互い生き殘れるよう、最善を盡くしましょう」

「ああ。俺もこんな処で死ぬつもりはないのでね。全力を盡くそうじゃありませんか」

三方向から襲い掛かる狼に対して、ワドフは後ろに下がる事しか出來なかった。

これが本當に下位の魔なのか、という聲を抑えつつ、ワドフは今の狀況を見つめなおす。

今ワドフの目の前にいる狼は、三。落ち著いて対処すれば問題ないのだろうが、この三匹だけとは思えない。ウルグナが両斷した狼のように、きっと自分達の周りには、隙を窺う狼がたくさんいるのだろう。

とはいえ、そんな奴らを相手に出來る程、ワドフは強くない。そこで近くにいるウルグナへある事を頼んでみようと思った。

「ウルグナさん」

次の瞬間、ウルグナの足元に牙を突き立てんとする狼が飛び出してきたが、あっさりと頭部を潰され絶命。

ウルグナは狼を見てすらいない。

「何です?」

「援護を頂けませんか?」

ワドフの側面から襲い掛かってくる狼がいるが、盾で狼を毆り飛ばした後、腹部に腹に剣を突き立て、狼の命を絶つ。

「ふむ。それでは―――下に避けて」

ウルグナの警告に従い、ワドフは地面に伏せる。直後に風切り音が聞こえ、ワドフの橫に落ちた。

狼の死だ。

「武を突き立てるなんて事はしないように。それはむしろ隙となりえますから一瞬」

「え、あ。はい」

ウルグナの方に五の狼が飛び掛かったが、それは犠牲を増やすだけだった。次の瞬間には五つの死が生まれ、狼の潛んでいるだろう草むらへ無造作に投げつけられる。

もうウルグナの方を見る事はなかった。足でまといになりたくはない。ワドフはそんな思いを浮かべながら、狼を見據えた。

「アオーン!」

正面から、とても良く響く雄びが聞こえた。もしかすれば向こうの二人にも屆いたかもしれない。

ひょっとして、この行為は……

「あれがリーダーのようですね。私の事はいいですから、奴を倒しに行ってください」

言われなくても分かっている。ワドフは辺りの狼を無視し、暫定リーダーの狼へと走り出した。狼はこちらに気づいているだろうが、じる様子はない。

「盾を右にッ」

一旦立ち止まり盾を右にかすと、直後に何かがぶつかった。狼だ。存外に筋力のある狼に一瞬押されるも毆り飛ばし、再び狼の所へ走りだす。

殘り距離は十メートル。何回か他の狼の襲撃が來たものの、ウルグナの指示の蔭で、何とか負傷せずに済んでいる。

あと五メートル。早くあれを殺さなければ、ウルグナの方の負擔が増えてしまうだろう。せっかく自分を信じて送り出してくれたのに、失敗する訳には行かない……!

―――そんな焦りからか、ワドフは地面に出來た小さな窪みに気づかなかった。

「キャッ!」

ワドフは後一メートルという所で盛大に転び、狼達に無防備な姿を見せてしまう。

狼との距離は殘り一メートル―――この勢では抵抗もままならない……はっきり言って、不味い。

ワドフが顔を上げると、そこには予想通りの景が広がっていた。

「あ……」

周りには十五もの狼。皆ワドフをの塊としか見ていないような、そんな目でこちらを見ている。ワドフの正面には、リーダー狼がいる。

ああ、駄目だ。自分は失敗してしまった。デュークに、エリに、そしてウルグナに。何と言えばいいのか。

何でこんな簡単な失敗を―――し注意していれば、こんな事は起こらなかったというのに。

狼達がこちらに歩み寄ってくる。ああ、狼に食われる瞬間はどれだけ痛いのだろう。の一部を目の前で咀嚼されるのか、眼球をえぐり取られるのか。たとえ死んでも死は殘るので、どっちみち狼からは逃げられない。

ワドフは目を閉じた。そして、訪れるだろうその時をれ―――

「え?」

……來ない。

恐る恐る目を開けてみると、そこにはリーダー狼に剣を突き立てている謎の人がいた。

エリかとも思ったが、エリは兜を被っていなかった。

「ふー間に合った、間に合った」

鎧の人は安堵の吐息を吐き、ワドフに近づいてきた。

「貴方は?」

「そんな事は後で説明するからさ、とりあえずこいつらを片づけない?」

口調からして? なのかもしれないが、今はどうでもいい事だ。

後ろを振り返れば、狼がまだいる事が分かるが、何だかおかしい。

増援を呼ばれたにも拘らず、狼が増えていないのだ。いや、もしかしたらウルグナの方では大量に増えているのかもしれない―――

「え?」

ウルグナの姿が、ない。

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