《ワルフラーン ~廃れし神話》その頃彼等は

キリーヤと共に大聖堂を後にするアルドを見送った後、皆靜まりかえった。……誰も仕切る事が出來ないのだ。

普段仕切っているのがアルド故、仕方ない事と言えば仕方ないのだが、だらしないと言えばだらしない。

カテドラル・ナイツという共通の立場に、皆が居る事も原因の一つだろう。だが強さで決めてしまうと、リーダーシップの欠片もない者が主導権を握ってしまうので、それで決める訳にはいかない。かといって他の要素で決められるかというと……

皆が沈黙し、大聖堂から音が消えて五分。沈黙を破ったのはフェリーテだった。

「さて……妾達も行くとするかの」

「フェリーテが仕切るんですか?」

「その話をするでない。その話をしたら、いつまで経っても何も進まんからの」

フェリーテが扉の方へと歩いていく。皆は黙って著いていこうとするが、そんな時、右後方から不満げな聲が上がった。

「貴様に上に立たれんとな。とても不快だと言わざるを得ない」

聲の主はルセルドラグ。この期に及んで立場を気にしているようだ。フェリーテの言葉を聞いていなかったのか、はたまた無駄な議論を続けたいのか。

Advertisement

フェリーテがきを止めた。

「それがどうかしたかの。言っている事は分かるが、お主は守護組じゃ。妾が上に立っても、お主に何か命令をする事はないぞ? それでも不満か?」

「私の上はアルド様只一人。それ以外など考えられない」

ルセルドラグがどんな表を浮かべてるかは分からないが、思考から見て、『怒っている』。アルドへの好意には心するが、連攜の取れない怒りだけはやめてほしい。

「ちょっと。黙ってなさいよ、あんた! あんたのせいであたし達まで行が遅れるんだから」

「蛇ッチは黙ってろ、俺はフェリーテと話しているんだ」

「へ、蛇ッチ……テメエふざけるのも大概にしろ、殺されてえのか」

ルセルドラグの位置が分かるのは、フェリーテとアルドだけのため、位置を音だけで大雑把に把握し激するメグナは、すごく稽だ。

いや、見えていないのだから仕方ない事なのだが。

「……殺されたいのか、だと? ふん。それはこちらのセリフだ。アルド様が居ない間に殺してしまったって構わないのだぞ?」

Advertisement

アルドという抑止力が居なくなった事で、二つの殺意の奔流が激しく鬩ぎ合いを始めてしまった。

実は一度、フェリーテはこの喧嘩を放っておいた事があるが、結果は凄慘たるものだった。潰す予定だった敵本拠地を壊滅させたのは勿論のこと、その周辺の生態系を絶滅寸前に追い込んだのだ。アルドが二人を鎮めなければ、確実に生態系は壊れていただろう。

何が恐ろしいって、この被害は全て半日の間に被ったモノというのが一番恐ろしい。

あの時はどうにかなったが、今回はどうやればいいのか、フェリーテには分からない。放っておけば確実に大聖堂は壊れるだろうし……やはり彼に頼むしかないだろう。

「―――ヴァジュラ、二人を」

「え、あ、うん」

ヴァジュラは申し訳無さそうに、二人の―――と言っても、ルセルドラグの位置は正確に把握していないのだが―――間に立ち、両手を広げた。二人はそんな行を意にも介さず、ただひたすらに殺気を張り詰めた。

「その、二人とも……やめない?」

ヴァジュラとしては手荒な真似はしたくないらしい。悲しそうな顔を浮かべて忠告するも、二人の行は変わらない。迷なんてしも考えず、ただお互いを消し去りたいという衝を任せ睨みあっている。

アルドがいないとこんな事になるのかと思うと、魔王でなくともアルドの存在の重要さが良く分かる。

「そう……」

ヴァジュラは肩を落としてため息を吐いた。狼は基本的に群れる生きなので、協調の大事さを良く分かっているのだろう。

だからこそ二人の爭いは見るに堪えない。基本的な事だとは思うが、なくとも二人は理解していない。

直後、ヴァジュラが虛空に手を突っ込んだ―――手ごたえを得たかのように手を引き抜いたとき、その手には何かを裝著していた。

しい狼のデザインが描かれている一対の篭手。ヴァジュラの武裝であり、抑止という面においては最強の武だ。

ヴァジュラはそれをメグナに、もう一方をルセルドラグ(がいるであろう方向)に向けた。そこでやっと関心を持ったのか、メグナの殺気の流れが変わる。

「……ねえヴァジュラ。本気のあたしに勝てると思ってんの?」

「う……確かに、メグはこの中だったら一番すばしこいけど、でも、僕はルセルドラグの世話をアルド様から任されてるから、出來れば仲直りしてほしいんだよ。こんなの使いたくないし」

「だったらどけばあ? あっちが姿を見せて土下座してくれれば、あたしも握手位はするかもしれないし?」

「貴様が地に伏せろん。そうすれば手を取り合ってやらん事もない」

「はああ? 何であたしが地に伏せなきゃいけねえんだよ! 誰があんたなんかにしてやるか!」

「アルド様にかなりの頻度で、蛇だけに夜這いをかけようとしている貴様のセリフんは思えんな。そしてその度に私が止めて苦労している。ここは一旦私を立てて、事態を収束させようとは思わんのか?」

二人とも譲る気はないようだ―――案の定ではあるが。

「隷魂『言質』」

瞬間、二人の手首に鎖が巻き付いた。鎖を辿っていくと、そこにはヴァジュラ。鎖は生に反応するため、ルセルドラグの位置も丸わかりである。二人は抵抗しようとするが、分かっているだろうに、それは非常に無意味な行でしかない。

「僕に隷屬するか、仲直りするか……好きな方を選んで。後、それを証明するために、ちゃんと聲に出してね」

二人は沈黙した。これがヴァジュラの武の魔効果、『生を拘束及び、選択を行わせる』だ。與えられる選択肢は、常に両者にとっては選択し難い二択。しかしどちらかを選ばなければ意思決定権を剝奪され、生涯においてヴァジュラの奴隷となってしまうというモノ。

アルドに忠を盡くす二人だからこそ、ヴァジュラに奴隷にされるのは本意ではない。だが、仲直りはしたくない。そんな大したこともないジレンマと戦っている二人だが、その時間は限られている。何せこの『選択』には十五秒の猶予しか與えられていないのだ。過ぎれば勿論剝奪。この他にも例えば……

ヴァジュラに危害を加えようとすれば、剝奪。

提示されていない選択を行うと、剝奪。

ヴァジュラの言葉一つで制約は増える。破れば―――剝奪。

理不盡だと思うがそんな事はない。今回に限っての話とは言え、仲直りをすればいいだけなのだから何も難しい事はない。

勝手に複雑にして、単純な答えを難しくしているだけだ。

殘り八秒。

「ね、ねえ。あたし達これ何回目?」

「えと、八十五回目。『余計な事は喋らないで』、早く選んで」

制約が増えて、殘り五秒。

「お主ら、はよう選ばんと、隷屬効果を貰うてしまうぞ」

「時間……おㇱテぃ、は……やく」

「二人共……」

「俺様を待たせるなあ! 早く決めろ!」

他の者の焦らしをけて、あと一秒。

「分かったわよ! 仲直りします、すればいいんでしょ!」

「…………………………………………承知した」

「うん……ありがとう。じゃあ最後に『仲直りの握手』」

二人の手が、殺戮衝を抑えてるかのように、震えながらぎこちない握手をわした。全然仲直りできていないが、表面上は収まったとみて間違いはない。

ヴァジュラは微笑み、鎖を斷つ。

「あ、フェリーテ、遅れさせてごめんね。時間が押してるんでしょ?」

「う、うむ。それではヴァジュラ。ルセルドラグの世話は頼んだぞ」

「うん、気を付けてね」

この事態に只一人、チロチンだけが関わろうとしなかった。彼が考えていた事は、この事態をどうアルドに報告するか。それだけである。

現在ナイツ六人は、リスド港の酒場に集まっていた。どうしてそんなところにいるのかというと……

リスド港は未だに人間が支配する領域。そんな所に珍妙な集団六人が來れば怪しまれるに違いない。だから怪しまれないためにも、まずは打ち解けようとユーヴァンから提案があったのだ。

お前が言うなよという話ではあるが、非常に良い提案である事に変わりはない。

船が出発するまで時間もある事だし―――その提案に皆は賛した…・・・まではいいのだが。

「おお、さすがは巨人のあんちゃん! 飲みっぷりも豪快ィ!」

「いやいやこっちの赤髪の兄ちゃんもすげえぞ! いいぞ、もっとやれ」

「ふははははは! 俺様に勝てると思うなよディナ……ディナ…………ァァァァ!」

「……!」

ディナントとユーヴァンは、男達からの熱い聲援をけながら、飲み比べをしていた……

どうしてこうなる?

結果的には打ち解けているからいいにしても、比べ合う意味とは一

というかそもそも、ナイツはどうしてこんなに打ち解けるのが早いのか、チロチンには理解できなかった。

フェリーテによる妖で、容姿は確かに人間のそれになってはいるが、やはり魔人。打ち解ける事は出來ないモノだと思っていたし、ある意味それは正しい。彼等も心から打ち解けている訳ではないだろう。

だが、表面上にしろ打ち解ける事が出來る。チロチンにはそれが不思議でならないのだ。

「なぁなぁ、ファーカちゃん。俺らと飲まない?」

「フェリーテさん、俺の宿に泊まりませんか?」

「いやあ、こんな人と會えるなんて、俺はついてるなあ! ハハハ!」

も同様である。もはや同じ環境の人間はおらず、チロチンは一人だ。この環境を理解してくれる人は居ないのだろうか。

「ようよう、いいがいるじゃねえか、ええおい!」

それから數分後、男數人が陣へと近づいた。

―――それが命取りになるとも知らずに。

    人が読んでいる<ワルフラーン ~廃れし神話>
      クローズメッセージ
      あなたも好きかも
      以下のインストール済みアプリから「楽しむ小説」にアクセスできます
      サインアップのための5800コイン、毎日580コイン。
      最もホットな小説を時間内に更新してください! プッシュして読むために購読してください! 大規模な図書館からの正確な推薦!
      2 次にタップします【ホーム画面に追加】
      1クリックしてください