《ワルフラーン ~廃れし神話》それぞれの想い

その言葉に返されるべき言葉は無かった。ウルグナは只キリーヤを見つめたまま、靜止していた。次の言葉を待っているのだろうか、それともあまりの愚かさに言葉を失っているのだろうか。幾らが潤っていた頃の顔とはいえ、この時ばかりはいつものように表が読めなかった。

自分がどれだけ愚かな発言をしているか、どれほど場違いな発言をしているかは、キリーヤも分かっている。魔王の前で人間宣言など、飢えた獣を前に、を食べるようなモノ。全くもって愚かで常人には理解しがたい行

しかしこうするしか、共存の道のりは見えないのだ。魔王も人間も納得させる方法なんて、もはやこれしかない。こうでもしない限り、どちらかが滅びる事は必至なのだ。

「私が出した結論です。ウルグナ様が何を捨てる事もなく、そしていずれ人類と魔人が共存できる方法。―――如何でしょうか」

「―――正気か?」

「正気であるからこそ、私はこの回答に辿り著けたのだと思います」

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「人間になる事が、どういう事を意味するのか分かっているのか?」

が潤っている影人は揺しているのか、やや強い口調で尋ねてきた。

それは簡潔に言えば―――故郷を捨てるという事だ。共存を志すが故に、キリーヤは魔人と決別しなければならない。

そんな事は分かっていた。ウルグナ以上にキリーヤが分かっていた。

「……はい」

やめろ、今すぐその口を噤むんだ。さもないと後悔する。

「そうか……」

ウルグナの視線が全を貫く。

死ぬぞ、発言を取り消せ。

そんな聲も心なしか聞こえてくるが、キリーヤは心に決めたのだ。間違っているような事をしていたとしても、それでも何もしないよりはましだと。

自信がないのならつければいい。誰も文句は言わないし、言わせない。昔に何があろうと、先に何があろうと、もう迷いはしない。

時間は掛かっても、その道は直線だ。いずれは果てへとたどり著き、目的を達する。だから―――諦められない。

ウルグナが目を伏せた。

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「―――この任が終われば、キリーヤ、お前はリスドから速やかに出ていけ。リスド大帝國は遅かれ早かれ私の手に墮ちる……これは警告だ」

無慈悲な言葉を告げるウルグナに対し、キリーヤは力強く頷いた。

その行を肯定とみなした後、ウルグナはこちらに背中を見せる形で地面へと上を下す。

「……明日―――時間の流れの関係で、実際経過した時間は二日だろうが―――この森を出るから、しっかりと睡眠をとっておけ」

ウルグナがどんな表でそれを言ったかは分からない。悲しいのか、嬉しいのか、怒っているのか、何も分からないが、今はまだ味方でいてくれるようだ。

キリーヤは目を瞑り、そのまま靜かに寢息を立て始めた。背もたれにしていた巖から背中が離れた。

――――――フッ

最後に聞こえたその笑いは、一何を意味していたのか。

目を覚ましたころには朝になっていた。キリーヤは目をりながら、いつの間にか落ちていた上を起こし、巖へと背中を預ける。

―――昨日、キリーヤはウルグナにその意思を伝えた。忘れてはいけない。自らの発言には、責任を持たなくてはいけない。

徐々に覚醒しつつある意識と同時に、ぼやけていた視界も回復してく。先程まで正が良く分からなかったも鮮明に見える。例えば、今キリーヤの足元にいる―――ウルグナとか。

……え?

「きゃッ! ウルグナ様……」

「………………キリーヤか」

寢惚け眼になることも無くウルグナは覚醒。もしかしなくても目を瞑っていただけ、なようにしか思えない。

「今日、ですよね。森から出るの」

「ああそうだ。今日、私達は森を出る」

その言葉に、キリーヤは俯く。

「……怒ってますか?」

掠れんばかりの聲でキリーヤが尋ねるが、聞こえなかったのだろう、ウルグナが何も答える事は無かった。

「さあ、こんな國、さっさと証拠を押さえて潰すとしよう」

「え、はい」

昨日の事など無かったかのように、ウルグナは歩き出した。

あの時、ウルグナは確かに何かしらのを抱いていた筈なのに。どんなかは分からないまでも、それだけは確かなはずなのに。

「あの―――!」

―――どうした、來ないのか?

ウルグナが首を曲げ、視線だけでそう語る。

「……いえ、行きます」

ウルグナの首が戻る寸前、キリーヤは確かに見た。その口元に現れた―――わずかな笑みを。

二人が居なくなってから二日。二人はまだ帰ってきてはいなかった。エリやフィネアは『心配しなくても帰ってくる』何て拠のない事を言ってくるし、デュークにおいては、『二日酔いで捜索に協力出來ない』と抜かす始末。

日が昇り出してまだ一時間も経ってはいないが、ワドフは殆ど反的にベッドから飛び降り、支度を整えた。寢間著からいつもの服へと著替えるのに、もはや一分も掛からない。誰かがワドフの著替えを覗こうとしていたなら、無駄だ。あまりに洗練されたきは出すら許さない。

半ば飛び出すように扉を出て、砦の外へと向かう。

さあ、依頼を遂行するとしよう。

邂逅の森付近でワドフは自らの腳を止めた。時刻の関係で、砦には歩哨以外で歩いている者はおらず、前述した通りデュークやフィネアはまだ起きては來ない。

エリは起きてるだろうが、協力を仰いだ方が良かっただろうか―――いや。

生憎もう遅い。ワドフは既に魔に包囲されていた。

「ウルグナさんやキリーヤちゃん……いつ帰ってくるのかな……」

剣と盾を抜いて、周りの魔に殺気を飛ばすが、魔が恐れる様子はない。

いや、ここで弱気になってはいけない。ワドフも―――ウルグナのように強く在りたいのだ。

剎那、背後の草むらから僅かな揺れ。背後を薙ぐが、ウルグナのように上手くはいかないもので、刃は虛しくも空を切り裂くだけだった。その隙を逃すまいと、やや大きめの魔が飛び出し、こちらへ武のようなものを力任せに振り下ろしてきた。

反撃は間に合わないか―――ワドフは冷靜に右手の盾で攻撃をけた。力任せに振り下ろされたそれは、重い。盾が無事であっても、その下にあるワドフの腕の方が折れてしまいそうだ。

「フゥー……ハッ!」

しかしそこは冒険者。ワドフはを沈ませると同時に、盾をらせ武を外側へと弾いた。慣で魔の腕は外側へと吹き飛び、それにつられるように魔もまた外側へと向いた。

好機とばかりに、一閃。

その無防備な背中へと鋭い一撃を見舞われた事で、魔は金屬のれあう音のような奇聲を発し、間もなくして地面へと倒れ込み、かなくなった。

この魔。ゴブリンのような顔だが森から湧出した魔なのだろうか。は緑。リーフウルフの親戚とみて

ふと後ろを見ると、森の方からまだ何匹ものゴブリン亜種が來るのが見えた。という事は―――自分を囲んでいるのはリーフウルフだろう。

ではどうするか。ここは草むら、近くに森。簡単な話だ。ゆっくりと息を吐き、ワドフは呟いた。

「神より給われし命の燈よ。今こそその存在を昇華させ、我へと収束せよ―――『劫剣アクシスペイン』」

突如出現した蒼き焔は、螺旋を描きながら柄から鍔、鍔から剣先へとそのを広げていき、ついに剣全を包み込んだ。ワドフが軽く剣を払うと、燃え盛る焔が風に煽られ、より一層激しく燃え上がった。

下位火屬『劫剣』。己が武に僅かな時間劫火を宿し、相手を焼き払う魔だ。

ワドフは盾を投げ捨て、武を両手で握った。

「さあ、どこからでも掛かってきなさい!」

に思考を張り巡らせ、いつでもけるように剣を構えた。ゴブリン亜種がくか、それとも狼が……

何かに反応したかのように、ワドフは剣を頭上高々と掲げ、振り下ろした。その先には―――仲間と呼吸を合わせ、遠吠えを上げようとする狼。

膨大なまでの熱量が凄まじい速度で狼へと迫り、激突し拡散。ぎりぎりで左右に躱した狼もいるようだが、大半はその焔の餌食となり、この世から綺麗さっぱり姿を消していた。既に焦土と化したこの場所には、灰すら殘っていない。その浄化とも言える焔から逃れた狼も、の半分以上に酷い火傷を負っており、とてもではないが、まともにけるような個は、ワドフには見つけられなかった。

森の方を振り向いて、ゴブリン亜種を見遣る。ゆうに三十匹はいるだろうか。皆、こん棒のようなものを所持しており、こちらに炯炯たる視線を向け、こちらを敵視している。それは紛れもない殺意であり、ワドフのを戦慄かせるには十分だった。

狼に気を取られていたせいで、互いの距離は二十メートルを切っていた。

ワドフは再び剣を掲げるが、振り下ろす直前、蒼き焔がその存在を霧散。一瞬揺するが、何という事はない。効果持続時間を過ぎたのだ。

もう一回、掛ければいいなんて甘い考えは通じない。もう距離は十五メートルを切っているのだから。

戦うしかないだろう。

あの數相手に勝てるかどうかは分からない。だが、もし二人が生きているとして、もし二人が帰ってくるのだとしたら、敵前逃亡など、ださい姿は見せられない。足手まといと思われたくない。だからここで、足手まといではない事を証明するのだ。そうすればきっと―――

「ハァァァァアアア!」

己の限界まで聲を振り絞り、い立たせる。ワドフは剣を右わきにとり、剣先を後ろに下げたまま、ゴブリンの集団へと突っ込んでいった。

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