《ワルフラーン ~廃れし神話》矛盾の極み
五日目くらいからだけど、師匠の様子が変だ。訓練中に背後を突然向いたり、焦點の合わない目でどこかを見ていたり、人のには鈍い俺だけど、それだけはあまりにもあからさまだから分かった。俺が師匠に聞いても何にも答えてくれないし、ヴァジュラさんにも聞いてみたけど分からないようだった。他にもユーヴァンやフェリーテさんにも聞いたけど、誰にも分からないみたいで。
フェリーテさんだけが、『分からない故に分かってしまった』なんて事を言ってたけど、俺にはよくわからなかった。
自分の見ている風景が他人と同じであるとは限らないって師匠は言ったけど、その通りだった。師匠は今でも俺じゃなくて、何かを見ている。自分の目的か、それとも俺の為か、それは分からないけど、でも―――これだけは分かる。
今の師匠は―――とても楽しそうだ。
何故かは、今なら分かる。普段の師匠は、まるで死を待つ罪人のような眼をしているけど、今の師匠はどんな狀態であれ……その目に生を宿していた。それだけで、如何に師匠が楽しそうにしているか……俺はそれだけははっきりと分かっていた。
六日目。
二階に人が居ない事を確認した後、アルドは部屋の中央に座り込み、思考を開始した。
―――人はあまりにも意外な出來事に直面すると、何も考える事が出來なくなる、もしくは狂ったように笑うのだが、アルドはそのどれでもない―――靜かに笑う事を選んだ。いやはや、実に面白い。
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面白くてそして実に不快だ。
フライダル・フィージェント。アルドが育てた弟子の中で、一番自分を殺そうと躍起になっていた者の一人だ。恐らく『彼』を除けば、自分を最も慕ってくれていた人でもある。
彼もまた例にれず、特異な質の持ち主である。確かあれには―――『帛原オーダーフォーム』という名前をあげた筈だ。自らの知識量に依存するが、どれ程いい加減な構造、出鱈目な能だろうと、それに存在を與える質だ。分かりやすいように言えば、己がは無限に武防を生産&収納できる鞘で、自分はから武防を引っ張り出すことが出來るのだ。
フェリーテの『深淵ポケット』に似てる気がするが、あちらは只の無限収納で、こちらは無限生なので、意外と違う。
何より彼は、同時に記憶複影病(どんな知識にも対応できる適応力と理解力を持つ。大抵の知識は半秒あれば完全記憶できる)と呼ばれる病を患っている為、非常に質が悪い。そもそも特異質の特殊病を持っている時點で、ある意味神様にされた存在とも言える。
そんな彼がどうしてあちら側の師をやっているかは分からないが、彼がいるという事がそもそもおかしいのだ。魔王になってからの弟子の消息は知らないが、処刑される直前の報では、キーテンにおいて二萬人の仲間と共に革命運を起こしたが、失敗。世界のどこかにあると言われる監獄國に放り込まれたと聞いていたが、まさか走したのか。
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アルドはもう一度自分の予想に抜けがないか考えたが、生憎あの切り札を使ったのは後にも先にもフィージェント一人だけ。相手が『謠』ならば知らなくとも対処は可能だろうが、『謠』は敵でない。何より『謠』と會ったのはフィージェントより後の話だし、そもそも『謠』とは異常な條件下で會った故、忘れる筈がない。やはりフィージェントだけだ。
彼が何の為にここに居るのかは分からない。気まぐれかもしれないし、再び仲間を集めんといているのかもしれない。確かなのは、自分の存在には気が付いているという事だ。
エリは言われて思い出した。
王は言われて思い出した。
フィージェントは最初から覚えている?
『邂逅の森』の能は思ったより雑なモノなのかもしれない。この分だと、他の弟子たちも自分の事を覚えていそうだ。
……待てよ。
そう言えばリスドでの時、クリヌスがこちらに向かってきた時があったが、まさかあれは……自分の魔力を察知したのだろうか。だとするならば恐ろしいとしか言いようがないが、あの強さ馬鹿の事だから、それもあり得るのが怖い話だ。が、弟子の事など考えれば考える程心配になってくるので、一先ずはフィージェントのみを気にする事にする。
立ち合いの時には師匠である私達が介する事は出來ないが、どこか別の所で戦う事は可能である。つまりフィージェントが狙っているのは、自分との立ち合い。彼もまた長している事は確実なので、アルドの知っている彼よりも、実力は數段上だろうが、問題はそこではなく、その戦いによる被害の事だ。確か以前自分が出した力は……七十まで出した記憶がある。その時でさえ國に被害を及ぼしかねない規模だったというのに、數段上と考えた場合は……國どころか大陸の危機である。あの時は『彼』が居た為、結果的に無害に終わったが、今のアルドには出來損ないの弟子とナイツ達しかいない。
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ナイツ達には申し訳ないが、ツェータ除く我が弟子との戦いにおいて被害を抑えるという點では、ナイツが何人いようと非常に心もとない。(ナイツでは弟子に勝てないので危険であるし、被害はゼロに出來ない)相手が『彼』でないのが救い―――彼は飽くまで自分以外のに対する絶対的敵意を持っているだけであるし、彼の方が良い気もしてきた。
余談のようになってしまうが、立ち合いについては心配はない。あちらの実力は々が二流剣士。魔はあの時使わなかったが、幾らか使える程度で、落ち著いて戦えばツェータでも勝つことが出來るだろう。問題は頭にが上ってアルドと対峙した時と同様の戦い方をしなければ良いのだが……こればかりは後で釘を刺しておくべきだろう。
「主様、どうかしたのかの?」
聲に反応して振り向くと、フェリーテが心配そうな表でこちらを見つめていた。『覚』は使っていないようで、その顔にはいつもの余裕が無かった。
「フェリーテ。私にはし気になる事がある。申し訳ないが、ツェータの相手をしてやってくれ」
「それは構わんが……主様、何故そんなに苦しそうな顔をしているんじゃ」
フェリーテから見れば、自分はそんな瞳をしているらしい。別段をえたつもりはないのだが、フェリーテとは長い付き合いだ。自分の気づかぬ変化も敏に気づいてしまうのだろう。そういった意味では……ありがたいものだ。
アルドは無駄と分かっていながらも、フェリーテに否定の言葉を投げかけた。
「それは違うぞフェリーテ。私は楽しい。もしかしたら自分を殺してくれるかもしれない奴と戦うのが大好きだ」
「主様……」
自分が魔人達の夢を壊してしまうかもしれない事。自分達のせいでアルドが満足に戦えない事。互いに足を引っ張り合っている事を、二人は敢えて言葉では表さなかった。言ってしまったらきっと……
「フェリーテ、頼みがある。……もしツェータに私の所在を聞かれた場合は」
「分かっておるとも。主様」
「……そうか」
二人は視線を錯させた後、肩をすれ違わせた。
今まで強さが云々。被害が云々と思考してきたが、フィージェントには勝てる自信がある。だがそれで―――魔人の夢が壊れる事などあってはならない。だが彼と戦う以上大陸崩壊は免れない。
今はまだリスドを侵略した事にすら気づいていない人類だが、大陸が崩壊したとあっては確実に気づくだろう。そうなれば魔人はいとも容易く絶される。ナイツ達はまだしも、他の魔人は間違いなく死んでしまう。そもそも現在『勝利』の異名を持つクリヌス・トナティウの実力も未知數の為、自分一人で魔人を守れるかは分からない。しかしフェリーテすらも『知らぬ理由』によって、彼と戦う事は絶対に免れない。
アルドは階段を音も立てずに降りていく。
自分のは贋だらけ。ある人は嬉しそうと言うし、またある人は悲しそうと言う。生き生きとしているという人もいれば、殺意をじると言う人もいる。
だが実際はどれでもない。どうすれば最善で何が最悪なのか。一どうすれば自分は死ねて魔人は目的を達出來るのか。不確定な未來に、アルドは尋常でない息苦しさと、不安をじているのだ。そしてそれこそが、アルドが隠し通したい本當の。
弱い所など絶対に見せてはいけない。指導者たる自分が不安を抱いていては、その部下であるナイツ達も不安になってしまうからだ。
英雄を無邪気に目指していた頃が懐かしい。あの時の自分は、どんな思いで英雄を目指していたのだろうか。最強になって、皆から褒められて、それで?
よくよく考えてみれば、自分は何故英雄を目指したのだろうか。もしもアルドが過去に戻れるのなら、たとえ自分が消えようと知っていても、自分を殺さずにはいられなかっただろう。
しかし自分は死ぬことが出來ない。何故なら自分が死ぬと悲しむ部下が出來てしまったし、何より……自分が強くなるために死んでいった者の為にも死ぬことは出來ない。なくとも、自害だけはしない。
壽命など消え去り、自分を超える者も現われず、無限に続く一日。死にたいと思う反面、周りの者に迷を掛けたくない故に死にたくはない。だがそれでも……やっぱり死にたい。
「そうの通りッ! それでだな……ん?」
何と無しにユーヴァンが後ろを振り向くが、その眼には誰一人として映らなかった。いつ開いたのか分からない扉だけが気がかりだが、それ以外はこれと言った異変も無い。
「どうしたんだよッ! ユーヴァンさんッ」
「んッああ、何という事はないさ! それでは話の続きをしよう。それでだな―――」
隨分と考え込んでしまったが、彼の事は一旦忘れておく事にする。
今回の件、しだけ気になる事がある。前前よりチャンスを窺っていたが、遂にその時が訪れた。……そう、『馴染』に會いに行くのだ。前述した通り、チャンスは以前から窺っていたが、何分ツェートの目が厳しく(本人的には速く強くなりたいのだろう)、行く事が出來なかった。ツェートと二人で行けば良いとも思えるが、それでは駄目だ。自分一人で行かなければツェータの意見も混じって、馴染の格に正當な評価を下せなくなってしまう。そういう訳でずっと行けなかったのだが……
今回こそ生涯巡り合えぬ好機だ。早い所行かせてもらおう。
「さて……ここか、な」
聳えるとまでは行かないが、この家はかなり大きい方だ。特徴的な金の壁も、アルドの視界を覆いつくすくらいはあるし、一応は富裕層なのだろう。言っておきたい事があるとすれば―――家のセンスが悪すぎる。
壁に手を付いてってみるが、これは純度百パーセントの完全なる金だ。普通の建築材に金を塗布するならともかく、これは金を丸ごと使っているだけなのだ。
一どこに家の外裝を黃金にする金持ちがいるのか。貧民が考える金持ちの家並に稚拙であり、金の無駄でしかない。
アルドの思考の中で、馴染とやらの評価が確かに下がった。相手を敬った上で言えば、
「斬新なセンスをお持ちの方ですね」
口汚く言えば、
「どこの金ビッチが建てた家だ」
と言わざるを得ない。外観からして、金の塊を家風に仕上げたとしか思えないのだ。
富裕層への嫌味だが、この金を溶かして金に替えれば、一どれ程の人間が得をするだろうか。
生憎こちらは魔人の為、関係ない話だが。
アルドは呼び鈴らしき鐘を鳴らし、聲を飛ばした。
「すみませんッ、誰かいらっしゃいますか?」
暫く待ってみたが、返答は無い―――勘違いしないでほしいが、返答が無かっただけで、反応はあったのだ。まだ分からない人に言うとするなら、返投。
即ち、攻撃だ。
アルドが退屈そうに空を見上げていると、背後の方で喧しい駆音が迫ってくるのが分かった。その正は一瞬で分かったが、あちらはこちらが気づいている事に気づいていないので、限界まで迫らせる事にする。
「キュルルルルルッ!」
この音は『鉄人メタルプロジョン』と呼ばれる魔によるもので、古代魔で作り出す事が出來る人工的な魔だ。
自分のまさに背後まで奴が迫ってきたと同時に、アルドはを翻しざま肘鉄。『鉄人』の頭部が砕け、制裝置がそのを剝き出しにした。素早く首を持ち上げて握りつぶし、制裝置への信號を遮斷する。
「甘いぞフィージェント。この程度の魔で私が殺せると……ん?」
アルドが凝視したその先には、赤熱し膨張していく『鉄人』の心臓部。他の部位は信號を失い活を止めているというのに、その心臓だけは激しく脈し、その赤を強めていく。
だが焦る事はない。落ち著いてこいつを投げ飛ばせばいいだけだ。アルドは素早く行を開始。『鉄人』を明後日の方向へと投げ飛ばそうとしたが、
「先生。がら空きだぜ」
視界外より放たれた斬撃がアルドの左腕を直撃。左腕は肘の辺りできれいに切斷され、その切り口は赤く染まった。
何が起きたか理解できず、アルドは一瞬直。それが致命的な隙となった。
「魔槍『震捩しんれつ』」
聲の方向に顔を向けたが既に遅い。剎那、明けの明星が如き輝きを持つ白銀の槍が、アルドの口に突き刺さった。
「ガッ……」
「聖槍『獅辿』……神槍『燐祓りんばつ』……剛槍『猛嶄もうぜん』……竜槍……」
一撃だけならばまだしも、さすがにこれだけの異名持ちの特を浴びてしまっては、アルドも抵抗が出來ない。
左目、心臓、片、太、背中から脳幹、頭がい骨から左足裏。決して薄れぬ意識の中、アルドは眼前のフィージェントより投擲/作され、自分のに突き刺さっていく槍を……呆然と眺めている事しか出來なかった。
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