《ワルフラーン ~廃れし神話》恐ろしきは神々の黃昏

ジバルの作法は知らないのだが、黙禱はこれくらいで十分だろうか。シターナの言葉をけて、アルドはこの幽世に生まれた死をかき集める事になった。火葬しようとも思ったが、ドロシア曰く、まだ生存者が居るらしいとの事で、その存在を助けてからするのも遅くは無いだろう。それと……宮本武蔵之介に対する、報を得てからでも。

死ぬ直前まで戻ってとは言うが、それでは語弊がある。厳には、奴は時間軸を無視してやり直しているらしい。

「つまり、死ぬ直前で行を変える事で、その男はさも殺してから復活したかの様に錯覚させている。時間軸の重複だよ」

「どういう事だ?」

「彼は文字通り二つの未來を歩んでいるという事だ。例えばアルド、お前に刺されて死んだとする。その瞬間に戻って、刺される前に何らかの手段で致命傷を避けたとする。すると、実際には一つの流れとして、お前が刺したけれど相手は死ななかったという風になる。仮に相手がどんな重傷をも回復出來る手段を持ち合わせているのなら、奴を殺す事は実質不可能だろう。負ける直前から何度でもやり直せるんだ。インチキも良い所だよ」

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シターナは無気力な瞳を傾けて、死の場所を指さした。その通りにアルドは異して、片足で死を蹴り上げて、肩に擔ぐ。我ながら雑な運び方だと思っているが、シターナを抱きかかえている関係でこんな風にしないと死を運べないのでどうか許してもらいたい。どうしても許せないなら勝手に呪いでも掛けてしい。恨まれる事は慣れている。自分は飽くまでこの死達を見過ごせないと思っただけだ。

では下ろせば良いという話だが、そんな事はとっくの昔にやろうとした。シターナが『この世界には、出來ればれたくないね。戻れなくなってしまいそうだ』と言わなければ、アルドもそれをやっていただろう。王剣の能力を用いて強引に侵していたから忘れていたが、この幽世に限らず、神々の世界にはとある秩序がある。

生者は、幽世のれてはいけない。れたが最後、その人間は永久に幽世へ閉じ込められてしまう。

ドロシアはそもそも生者ではないので大丈夫として、アルドも半分が執行者のだ。その影響も完全でない以上、強引に出る事は可能である。だがシターナは純然たる人間だ。生理的求の無視といい、全知を稱する智慧と言い微妙に人間とはかけ離れているが、ドロシアみたいな存在ではない。飽くまで彼は人間だ。この世界のれてしまえば、戻れなくなる。とはいえ、この幽世の造主が許可さえ出してくれれば帰るのだが、その造主は屠られてしまった。この世界に限った話でも無い様に思えるが、彼はここが嫌いらしいので、置いておく道理はない。ドロシアの助けも借りて、一時間か二時間か。この世界に果たして時間の概念があるかは微妙だが、死をかき集める事が出來た。

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「…………済まなかった」

再度の謝罪。アルドがもうし早ければ助けられたかもしれない命。その中には実力者も居り、自分との再戦を楽しみにする者も居た。インチキで殺されたと知ればどんな顔をするだろうか。

まあ……死なない事をインチキと罵るならば、アルドにも同じ事が言えてしまうのだが。

「これで全員か?」

「うん。死者はこれで全員だ。生者は……小さな魔さん?」

「え? 私?」

「お前以外に誰が居るのかな。これでも同じ魔だ。お前はどうやら異界で十數萬年をアルドと一緒に過ごしたみたいだけど、それを加味しても私の方が魔としての年季は上だ。そんな私にしてみれば、まだまだおチビさんだよ、お前は」

ドロシアは直ぐにアルドへ視線を移したが、頭を振ってそれに応える。さっきも言ったが、シターナはこういう人だ。あの異界の事など世界の外の出來事だから執行者ですら知る余地のない事なのに、彼は何もしないし何も出來ない代わりにそれを知る事が出來る。端から知り合いではないので年季については答えかねるが、確かに魔としての貫祿は、シターナの方が上である。裏を返すと、それ以外はドロシアに軍配が上がる。

「あの……えーと、シターナ? どこまで知ってるの? 私と先生の事」

「全て。寂しい事に、興味の対象がアルドしか居なくてね。必然殆どの事を知ってしまうのさ。質以外は」

だからこそ、シターナは興味を抱いた。全てを理解出來る筈の自分にも理解出來ない事。所謂、例外の所有者アルドに。本人にすれば全く以て歓迎出來る特別ではないが、そんな事は彼にしてみれば知った事ではないのである。

「シターナは……先生の事、どう思ってるの?」

ドロシアの瞳に、僅かな嫉妬の心が籠ったのを、アルドですら見逃さなかった。滅多な事では嫉妬などしない彼だが―――彼が嫉妬深い事を知っていればナイツの所になんぞ連れて行く筈はないだろうし、気心が知れているという點で言えば、彼とイティスでトップが取れる。の嫉妬がどういう原理で働くのかは知らないが、なからず嫉妬の要素は無いと思う―――今回は敵対心にも似た疑念の焔を瞳に浮かべていた。

シターナは意にも介していない。

「異としての興味という意味で尋ねているのなら、心配しなくてもいいよ。私は彼の事を異とは見ていない……正確には、誰も意識出來ない。つまらない事は嫌いでね。誰かが好きだ嫌いだというも、今の私にすればつまらない」

「つ、つまらない?」

「この世の理を知るとね……そうなってしまうんだ。知らない事を知る悅びが無くなると言えばいいかな。新鮮さが無くなる。だから私は今の所唯一よく分かっていないアルドの質に関心を抱いているし、それをハッキリ口にしたのにも拘らず、私と接してくれる彼には謝している。でも、それだけだ。好きも嫌いも私には無い。あるのは興味と無関心だけだ」

としての年季の差、とも言って良いのだろうかこれは。ドロシアに年齢は無いから、年季を重ねようがその容姿はいつまでも若者のままだろうが(自分と出會った頃の姿が固定されている)、アルドもこの會話の中に、二人の経験の差をじた。それにしても彼の発言は、ドロシアには難しすぎるのではないだろうか。『悟る』という言葉が使われるには、彼はあまりにも若すぎる。

言葉では説明のしようがない圧力がドロシアの中から疑念を消した。彼は直ぐに表を切り替えて、納得した様子だ。それはいつもの無垢な笑顔だった。

「そっか! ごめんね、変な事聞いちゃってッ」

「構わない。むしろこの件で一番困しているのはアルドの様だから、謝るならそちらにした方がいい。私にはどうでもいい事だ」

ある意味で、シターナは寛容である。無関心な事にはとことん無関心な彼は、人によっては恐ろしくの大きい人間に見えるだろう。事実はアルドの知る通りだが。

「話が逸れたのを忘れていそうだから、私が戻そう。生存者については―――ドロシア。お前が良く知っている筈だ。案してあげれば良い」

「え……あ、うん。じゃあ先生、ついてきて」

ドロシアは元來た道を引き返し、背中に翼の生えた年を見つけた場所まで二人を案し、橫にずれる。建ではあるのだがそこには扉が無く、尋常な手段でるのは不可能に思えた。アルドが取り敢えず窓を叩くが、反応は無い。

「本當にここに居るのか?」

「うん。その筈なんだけど…………」

気のせいだったなんて事はあるまい。あれが気のせいだとするならば、現実の八割がたは気のせいという事で片づけられてしまう。暫く時間を置いてから再びアルドが窓を叩いたが、部は無人である事を頑なに主張する様に返事を出さない。あの子供を見たのはドロシアだけなので、その結果もあり、アルドは猶更無人をじていた。

「壁は斬ればいいじゃないか」

「馬鹿言うな。そんな常識知らずが何処に居る」

言ってから、アルドは直ぐに発言を撤回した。

「私が悪かった。しかし普通には出てくれなさそうだな。もしくは最初から人が居ないか―――」

「居るってば! 先生、信じてよッ」

「疑ってる訳じゃない。ただ、お前と宮本武蔵之介が戦っている時に逃げたとか、そういう事まで考えたら居ないんじゃないかって話だよ」

「それは無いね」

危うく納得するところを、シターナがすかさず補足した。

「死回収の際に確認した。この建に裏口は無い。出て行くにしても権能や魔力が必要だが、ドロシア。お前なら魔力が見える筈だよ。その痕跡はあるかな?」

「無いから言ってるの!」

「そういう事だよ。彼の全能はお前が良く分かっている筈じゃないか。相手がカグツチだったりすれば話は別だけど、まさかこんな所には居ないだろうからね」

「……カグツチ?」

「お前が生まれる前に居た神様だよ。全能殺しで有名な神様だ―――と、そんな事よりも、なりふり構っている場合ではないんじゃないかな。早く生存者を助けて他の幽世に移しないと、神殺しはどんどん進んでいってしまうよ」

全てを見據えるその瞳は、さながら下界を見下ろす神々が如し。されどその実態が只の人間である事を、誰も知る由は無い。彼はこの世界に存在する正規の魔。魔の普及する遙か前から奇跡にれてきた存在らしいから。

武蔵之介も、このような存在ばかりは予想外なのではないだろうか。『彼』さえ居れば早々に決著した出來事に違いないと苦笑いをしつつ、アルドは渾の力で建を蹴り上げて、壁をぶち壊した。

「ヒャアッ!」

「きゃッ!」

禮儀を知らないでは片づけられない。何処の誰が、建を蹴っ飛ばしてってくるというのかと。そう自嘲してから、アルドは無言で手を差しべた。

「助けに來たぞ」

アルドの首に絡むシターナの手が、強く締められた。

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