《ワルフラーン ~廃れし神話》死水の陣
『烏』の魔人ことチロチンは、諜報の仕事を任されている。その第三切り札も報収集に特化したものと、正に報を扱うスペシャリストと言えるだろう。だが、そんな彼を以てしても分からない事が、たった今起きている。
―――何故、居場所が分かったッ!
『隠世の扉』は空間の外に出る切り札だ。一度外にさえ出れば、空間でのみ立する『現象』は全て無力化される。必然、どんな手段を用いても自分を追跡する事は出來ない筈である。しかし空間の中にるや否や、待ちけていたのは二刀流の男だった。
「斬り捨て免」
その一言と共に放たれた剣閃は、普通の魔人であれば間違いなく避けられなかった。いや、仮に普通で無かったとしても、原理の分からぬ追跡法に困している以上、それを避けられる道理は無かった。
「ぐッ!」
すんでの所で『刻の調』を発し、回避行為を強引に割り込ませて、必殺必中の一撃を回避。一瞥する事もなく背を向けて、全力で逃走に移った。
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どうやってかは分からないが、戦った所で勝ち目のない戦いをする程、自分は馬鹿ではない。この剣士を相手に相打ちすら取れるとも思っていない。カテドラル・ナイツの中で最弱なのはヴァジュラだが、それは誤差とも言っていい最弱だ。実際の所、彼は生相手に無類の強さを発揮出來る。一方でチロチンの切札には直接的な殺傷能力は無いので、真の最弱が誰かと言われると、それは自分になるだろう。
「逃げるか、カラスよ」
問いに答えている余裕はない。そんなものに思考の一割でも割いている暇があるのなら、どうやってこの男から無事に逃げおおせるかを考えるべきだ。現在、自分達は人気のない樹海の中で、戦している。と言ってもこちらにその意思がない以上、一方的に攻撃をけているだけだが。人気があった場合、突然魔人が出てきたら驚くだろうと思い、こんな場所を選んだ訳だが、如何なる能力でそれを可能としたか、追跡されると分かっていたのなら素直に人気のある場所を選んだだろう。背後で大木を切り伏せながら迫してくる男との距離は、およそ五歩。今からもう一度『隠世の扉』を使う余裕は無いし、それ処か、同じように追跡されるのなら、今度はってきた所で首を刎ねられる恐れがある。
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相手がどのような手段を用いているかが明確にならない以上、切札を使う訳にはいかなかった。言うまでもないが、狀況を確実に打開出來る『星の眸』は使えない。あれは我が主に多大な負擔を掛ける事になる。主のを想うならば、どうしても使用出來ない。
しかしこの剣士、対魔人における戦いに慣れている。相手がどんな魔人であるかを瞬時に見抜き、その特から即座にするべき事を行っているのだ。例えば今回の場合、木々を使っての長距離移をされない様、この男は片端から伐り倒している。倒れた樹木がこちらに襲い掛かってくる事もあるので油斷は出來ないし、伐り倒される事を考えるなら枝に飛び移るべきではない。一度でも距離を詰められれば、今度こそ逃げられない自信がある。自手段も無いので、そうなればチロチンはどうする事も出來ない。
「この俺から逃げられると、本當に思うか。英雄に屈服せし弱者よ」
背後から飛ばされた斬撃を、木々を利用しての方向転換で回避する。足場として使った樹木が、間もなく切り倒された。狙っていたかはともかく、樹木の幹がこちらに倒れ込んできたので、背後に向けて蹴っ飛ばし、しでも時間を稼ぐ事を祈った。
「斬ッ!」
こちらの祈りも空しく、一秒の時間稼ぎも出來ずに樹木は真っ二つになった。両斷された切り口から男はチロチンの背中を見據えようとするが、しかしその背中は、いつの間にか目の前から消えてしまっていた。
「…………隠れたか」
第二切り札『刻の調』は時間の拡張と収を行う。樹木は確かに一秒の時間稼ぎも出來なかったが、それでも確かに彼の視界を一度は遮った。それだけの時間があるならば、切札を用いて隠れる事は十分に可能である。辺りを徐に見回す男の気配をじながら、チロチンは全力で己の気配を殺していた。
「……………程。これは容易には見通せぬか」
気配とは、即ち生きている者の存在力。気配があればあるほど、それは生に満ちているし、逆ならば死に満ちているという事。アルドの場合、呪いによる疲労の存在もあり、彼の気配は非常に微細なのだが、今のチロチンの気配はそれを遙かに上回って……いや、下回っていた。存在しないと言ってもいいだろう。『隠世の扉』を使用しての逃亡を失敗させた男を以てしても、その気配を摑む事は不可能だった。
やがて男は、二刀を腰に戻した。
「―――闇雲に探すだけ、時間の無駄と言えるだろう。どうやら、俺もまた見つけられてしまった様だからな。この樹海そのものを切り刻み、理的に貴様を見つけ出す事は容易いが、それでは計畫が破綻する。命拾いしたな、カラスよ。貴様の持つ、その弱者の智慧には、負けを認めなければならぬ様だ」
ここで気を緩めてはいけない。しでも気配が摑まれれば、この男は間違いなく一刀の下でこちらを殺しに來るからだ。男の足音がゆっくりと遠ざかっていくが、わざと遅くしているのだろう。まだ探っているのだ。こちらを。
一歩、二歩。三歩、四歩。
遅い。遅すぎる。たったそれだけを歩くのに一時間も掛けた男は、チロチンが何処かに行ってしまったと考えたのだろう。今までの緩慢な速度とは一転して、直ぐに走り去ってしまった。念の為、もう五分程気配を殺してから、チロチンはようやく気配を殺すのをやめた。
「…………疲れた」
獨り言の癖は無いが、今は言葉に出さずにはいられない。たった一時間、されど一時間。自分にしてみれば平凡な一日よりもよっぽど濃厚な時間だった。今までは人間達を相手に狩る者として立っていた訳だが、いざ狩られる側に回ってみると、恐ろしい事この上ない。人間達が自分達を恐怖したのも頷けるというものだ。一挙手一投足のミスが死に直結すると、この時程確信した事は無かった。
如何せん、自分は長期的且つ持続的な疲労に耐はあるものの、短期的且つ瞬発的な疲労には耐が無い。らしくもなく、チロチンは久しぶりに背中を地面につけて、その場に寢っ転がった。醜態を見せたくないと思う主はどれだけ探しても居ないし、危機は去ったのだ。しくらい怠けても―――
「チロチンッ!」
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