《ワルフラーン ~廃れし神話》剎那の―――
『那嗁』は実力の寸分なく、分を作る力。ディナントの場合、分は鎧によって作られるので、本來ならば鎧を著ていない今、それは行使出來ない。
しかしこの能力の神髄とは、己の力を一切劣化させる事なく自分とは全く別のを使って分を作る事にある。それは言うなれば力の複製であり、自分と全く同じ実力の仲間が一人助けに來る様なものだ。
今まではアルドに配慮して使わなかったが、今回はそんな余裕などない。自分をして見抜けず、不意を突ける様な男が相手だ。この男に手加減などという生溫い事をすれば、最悪の事態を招きかねない。
―――これを使う事になるとはな。
切札を行使するには、宣言しなければならない。こちらが最初から全力で來る事は承知している筈なのに、強者の余裕からか慈堂はこうとしない。一撃必殺を狙っているのかもしれないが、その選択が何よりの悪手であった事を後悔させてやらなくては。
…………準備は出來た。
どうやら切札の報は持っていないみたいだし、事前に察知するのは不可能。こちらも不意打ちまでの準備は完璧に整ったので、慈堂の方に隠し玉が無ければまず決まる。ここまで余裕綽々と言わんばかりに構えられると、何かありそうな気もするが、気にしていても仕方がない。危懼ばかり先行していては、戦う事など出來ないのだ。
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先にいたのはディナント。正眼の構えから一気に踏み込み、真一文字に薙ぎ払う。慈堂は抜刀の作から繫いで剣戟を弾き、刃を返しと共に構え直して、刺突を放つ。
「フゥ…………!」
単なる一閃とはいえ、軽々と弾かれた事には驚きを隠せないが、これぐらい出來なければ自分を前に余裕の態度は取れまい。『神盡』から片手を離し、裏拳で刺突の狙いを逸らす。ディナントの裏拳は並の武であれば容易く砕出來る程度の威力はあるが、し歪んだだけで、罅一つらない。中々の名刀だが、違和がある。
折れず曲がらずよく切れる。それこそがこのジバルにおける名刀の定義だが、五大陸において『極位』や『終位』に相當する武は、通常の手段では傷一つつかず、歪む事もない。當然自分達も所有しているし、五大陸に存在する実力者、國家はいずれもその様な武を所有している。その理由は単なる蒐集などではなく、強いからだ。もっと言えば、そのくらいの強さを持たねば、自分達の様な強者には手も足も出なくなってしまうからだ。
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しかしこの慈堂という男は、五大陸の尺度に沿えば『上位』程度の刀を使っている。余裕の態度を示す割には、あまりにも武がこちらを舐めている気がしてならない。お前を倒すにはこの程度で十分だと、まるでそう言われているみたいだ。
「ふむ……程な!」
刺突を逸らされた事で生じた隙に二連撃がり込む。慈堂はそれらを完璧に見切り、これ以上ないくらいの最小限で躱しきると、突然両足で地を蹴って、大きく距離を取った。
「この程度の武も壊せぬとは……やはり確信したぞ、鬼よ。お前は私には勝てない」
「…………ナニ?」
あれだけの攻撃で歪む武で、倒せる筈がないとディナントは考えた。
あれだけの攻撃で武を壊せないならば、私には勝てないと慈堂は言った。
同じ景を目撃した筈なのに、解釈が違う。『やはり』とまで付け加えたぐらいだから、あの一瞬には余程の価値があった事は間違いない。
―――やはり何か、隠し玉が?
それとも―――単なる解釈の違いか。いずれにしても、耳を傾ける必要は無い。こちらの考えが正しいのは間違いないのだから。
「そも、武人の強さとは武で決まるものではない。確かに武の格は重要だとも。『妖』に対して専用の裝備がある様に、相対する存在によっては格とは必須なものだ。だがそれは、貴様らの主の様な強者に対してのみ適用される事であって、決して貴様及び貴様の同僚に適用される理ではない」
煽る事で判斷力を鈍らせるつもりなら、その作戦は通用しない。予期せず仕切り直す間が生まれたので、再び正眼に構え、一気に距離を詰めんと踏み込む。慈堂が居合の構えを見せたので、二歩目にしてディナントは踏み止まった。
「『極位』も『終位』も不要だ。鎧も著ていない貴様など、この一閃にて沈めてみせよう」
「…………」
相手が一度でも汚い手段を用いたのなら、こちらも正々堂々を謳うつもりはない。先にくか後にくかは分からないが、いた瞬間、仕込み通り『那嗁』をかす。それでこちらの勝利だ。
「…………マイ、る」
思にしでも勘付かれればその時點で失敗する。『神盡』を握る手に力が籠る。悟られない為には、いを骨にしてはいけない。いは裏に隠し、別の思を相手に教えなければならない。例えば、明らかな間合いの外から斬ろうとする意志を見せる、等。
空振るつもりは頭ない。間合いの外であろうとも、妖力を使えば斬撃を飛ばす事は容易だ。先程の『飛燕』がもし印象に殘っているなら、慈堂が一撃目を囮と考えるだろう。それならそれで問題ない。
全の骨を支障が出ない範囲で改造。萬が一にも両斷出來ない事を危懼し、上段に構え直す。この瞬間に攻めてこられるのが一番面倒だったが、かない。機を逃したという訳では無さそうなので、敢えて見逃したと言う方が正確だろう。
それはこちらへの徹底的な『手加減』をじる一方で、絶対にこちらを仕留めんとする気概もじられた。慈堂はこの一撃に全てを懸けている。刀の歪みは直っていないが、雙眸には心鉄の通った意志がめられていた。
正に踏み込まんとしたその瞬間、ディナントの頭を過ったのは自らのが真っ二つに分かれる未來。
―――敗北?
まさか。
この男の居合は一度食らっている。理に適ったきだが、だからこそ『鬼』の特で骨を自由に変形させられる自分とは相が悪い。刀の切れ味は相當なものだが、太刀筋さえずらせば、毒でも塗られていない限りは大した事ない。
思考の中で頭を振り、不安を無くす。それと同時に、現実のが―――踏み込んだ。
「―――鉈墮なた!」
「…………狩樓一震しゅろういっしん」
確かに捉えていた筈の慈堂の姿が、ブレた。
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