《勇者なんて怖くない!!~暗殺者が勇者になった場合~》プロローグ
ラグナール帝國王城、その最上階。王の居室であるそこには、まさに王の威厳を示すかのように多くの高価な調度品が飾られている。そんな品々を、まるで雑貨でも見て回るかのように、一人の年がしげしげと手に取っていた。
「うぬぬぬぬ……國王め、俺には安月給で働かせておいて、自分は豪勢な暮らしか。いいご分だなこの野郎」
彼の名はディーネ・クリストフ。発言からも分かる通り、この部屋の主ではない。では、わざわざ王の居室にって何をしているのかと言えば、何のことはない、かの國王から呼び出されたというだけの話である。
  金髪碧眼の、この世界にしては平凡な容姿。平均的な長。平均的な重。不細工では無いが、絶世の男子とも言えないそこそこの顔面。彼の容姿には、突出したと言えるほどの特徴がない。そんな平凡を極めたような彼が、一國王の居室に何の用があるのだろうか。
恐らく高級であろう、飾ってあった皿でクルクルと皿回しをしていた彼の背中に聲が掛かる。
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「國王だからな。いいご分であることは否定しない。あとその皿を置け」
「なんだ、いたのか國王。言ってくれればいいのに」
くるりとディーネが振り向くと、これまた豪勢な椅子に深く腰掛けた、壯年の男がディーネを見てため息をついていた。
彼の名はヴァルゼライド・フォン・ラグナール。このラグナール帝國の國王にして、一代で広大な領土を獲得した名君でもある。
  燃えるような赤髪に、意志の篭った強い眼。そこにいるだけで周囲を威圧するようなその雰囲気は、しかしディーネの前に悉く崩されていた。
「ここは私の部屋だぞ。居るに決まっているだろうが……それに、私の部屋に來て早々調度品のを始めたのは誰だったかな?」
「いやだな國王、こんなにあるんですから、一つぐらい貰われても問題ありませんって。ほら、このお皿も言ってますよ?『ディーネ様に貰われたいです!』って」
  皿を顔の前に掲げると、甲高い裏聲を出してありもないことを抜かすディーネ。自の知っている人の聲を出されたことも相まって、その厳つい顔に相応しくないげんなりとした表をヴァルゼライドは浮かべる。
「皿の背後に回って王妃の聲で腹話をするのは止めろ。皿の価値が下がる。あと王妃の聲を使うのも止めろ。気味が悪い」
「わーい、にべもないや」
相手は國王であろうとも、その無禮な態度を崩さないディーネ。口調こそ敬語であるが、その態度も鑑みてみると、慇懃無禮という他ない。本來ならば不敬だと言われ処刑されてもおかしくないその所業に、しかしヴァルゼライドはため息を付くだけである。その理由は、ひとえにディーネの立場にあると言えた。
「それで王様? 今回は何をすればいいんですか? 間諜の始末? 大臣の暗殺? それとも隣國の部崩壊とか?」
そう、ディーネはラグナール帝國の暗部のトップに君臨する男である。年ではあるが、その腕は一流。今まで幾度もの任務を経験し、そのすべてを功させてきた。國王が信任を置く數ない人である。
ヴァルゼライドは改まった表になると、目の前の機に一つの紙束を置く。ディーネはそれをけ取ると、資料を捲りざっと目を通した。
「王國に潛している『耳』からの報だ。この一週間のきが纏められている」
「……なるほど、『勇者』の召喚ですか。異界からのお客さんがどれだけ強いかは分からないけれど……帝國の脅威になるなら放っておけるものでもないですね」
ディーネは資料を読み終え、機に放り投げた。
「じゃあ、今回の任務は勇者の暗殺ってことでいいんですかい? 王様?」
「いや、資料を読んでの通り、勇者の數は多い。四十人以上の人間を気づかれずに消すのは流石に無理があるだろう。それにしばかり気になることもある」
「へえ、なんですかそれは?」
別の資料を機の引き出しから取り出すヴァルゼライド。それを見たディーネはうへぇ、と骨に嫌そうな顔をする。
「また資料ですか? 資源の無駄遣いは心しませんよ」
「単にお前が書類嫌いなだけであろう。いいから早く目を通せ」
はいはい全く人使いが荒いんだから、と文句を口にしながらも書類をめくっていくディーネ。やがてあるページで手を止めると、訝しげな聲を上げた。
「こいつは……」
「その通り。最近はどこの國でも魔獣の出現率が急に上がっていてな。場所によっては魔獣に占拠された所もあると聞く。なんでも市井の間では『魔王の再臨ではないのか』などと騒がれているようだ」
「與太話、として片づけるのは楽ですけどね……まさか、例の勇者達も?」
「ああ、王國が魔王との戦いのために呼び出した、とも考えられる。真実かは定かではないが、仮に真実だとすれば魔王への有効打を失うことになる。帝國にとっても魔王は歓迎できない存在だ。それはあまり宜しくない」
「じゃあ、俺のやることってのは……」
ああ、と深く頷くヴァルゼライド。
「『五本剣』が一柱、ディーネ・クリストフに命じる。この勇者召喚の真実を潛して調べてくるのが任務だ。魔王の討伐が真実であれば、そのまま勇者達の援護を。真実でなければ、帝國にとって有利になる報を持ち帰るのだ」
「ククッ、了解しました國王様。その代わり、報酬はたんまりとお願いしますよ?」
形式ばった國王の発言に、膝をついて正式な禮をするディーネ。様にはなっているが、すぐに態勢を崩した為その奔放な雰囲気は消えていない。
「丁度その召喚者の一人が王國から飛び出してな。一人でいるところを魔獣に襲われそのまま絶命した。そいつの所持品はすべて回収した為、そいつを活用するといい。國の部まで侵できるいい機會だ」
「うえ、あくどいことしますね。しかも王國から飛び出すとか、いったい何があったんですかそいつ」
「さあな」
ヴァルゼライドのそっけない一言に肩を竦めるディーネ。まあいいかとばかりに後ろを振り向き部屋の扉を開けると、そのまま鼻歌を歌いつつ去って行った。
「……ふむ」
ヴァルゼライドは彼が去った後の部屋を見回し、一つため息を付く。
「……次の給料から引いておくか」
気づけば先程の皿が消えている。有能ではあるが制は仕切れないディーネの自由さに、思わず頭を抱えたくなる彼であった。
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