《勇者なんて怖くない!!~暗殺者が勇者になった場合~》第一話

 王國へ向かう馬車が、のどかな平原をゆっくりと進む。馬車の中は決して乗り心地の良いものではないが、そんな中でもディーネは席を獨占するように寢転がっており、悠々と寛いでいた。

 そんな彼の前の席には、一人のが座っている。いかにも武人然とした、ポニーテールのしいだ。自由奔放なディーネを注意するかと思いきや、彼は手元の書類に目を落としながら、優しい聲でディーネに話しかけた。

「隊長。今回の任務なのですが、本當にこの作戦で問題ないのでしょうか? 一度も見たことの無い人間になりきるなど、容易ではないと思うのですが」

そう、隊長という臺詞からも分かるように、彼はディーネの部下である。今回の任務のサポートの為、直々に呼び出されたのだ。

ディーネは目を瞑りつつも、彼の疑問に……

「……うう、もう食えねぇ」

……寢言で返した。

は顔に手を當てつつ、あきれたようにため息をつく。

「……局長。貍寢りはお止めください」

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「あ、バレてた?」

むくりと起き上がるディーネ。どうやら先ほどまでは寢たふりをしていたようだ。

「いつも局長は目的地まで寢たふりをしていますからね。嫌でも分かりますよ」

「さっすがフィル、心が通じ合ってるね。まさに以心伝心ってやつだな」

「あなたの悪ふざけの賜では無いでしょうか」

フィルと呼ばれたは、澄ました顔でさらりと毒を吐く。二人のやりとりからは、単なる上司と部下とは思えない何かをじる事が出來た。

の本名はフィリス・アメリア。ディーネがトップを務める暗部においての部下であり、普段は書兼暗殺者としてその腕を振るっている。

「それよりも質問に答えてください。本當に上手くいくのでしょうか?」

「愚問だぞフィル。出來るか出來ないじゃない。するんだよ。それが俺たち暗部の任務だ」

ディーネは自らの服のポケットを探る。出てきたのは『古谷薫ふるやかおる』と書かれ、顔寫真がられた一枚の學生証だ。

「局長、それは……」

「ああ、今回なりすます奴の荷さ。どうやら勇者達は、皆こういう板きれを持っているらしい。何の魔法効果も掛かっていない、なんともお末なだが、彼らはこれで個人を特定するらしいからな」

「顔さえ偽裝してしまえば侵は容易に出來そうですね…その服裝と偽裝魔法もその為ですか?」

ディーネの服裝はボロボロの學生服に変わっており、國王と會っていた時とは顔も変わっている。偽裝魔法によって、學生証にり付けられた寫真の人と同じ顔になっているのだ。

「まあな。このガクセイフクとかいうやつ、ボロボロの癖してやけに著心地がいいんだ。いっそのこと私にしちまいたい位だぜ」

「この板にしても、材質はなにやらよく分からないで出來ている…技があまりにちぐはぐな印象をけますね、局長」

ディーネは彼の言葉に手をヒラヒラとさせる。

「あー、その局長ってのはもうやめろ。こっからはコイツの名前、『薫』ってのを使いな。その方がシナリオに真実味が出る。あと敬語も」

「はい、わかり……わかった。カオル」

彼らの言うシナリオというのは、この『古谷薫』という人が王國に戻る合理的な理由のことである。いきなり逃げ出した人が帰ってきては、さすがに怪しまれてしまうだろう。その為、彼らは一芝居打つことに決めたのだ。

『薫』は逃げた先で魔獣に襲われ、そこで流れの冒険者に救出してもらう。そしてその後安全な場所まで護衛してもらい、この世界に怖じ気づいた『薫』はけなくも仲間の元へ戻る…という計畫だ。完璧とは言い難いが、なくとも怪しさは薄れただろう。

今回フィリスは、『薫』を助けた冒険者役だ。その為、裝備も冒険者然としたに変わっている。

「よしよし、その調子だ。あとはボロを出さないようにする、それだけでいい。そうすりゃ勝手に報が集まってくるさ」

再びごろりと寢転ぶディーネ。馬車の窓から心地よい風が吹き込み、彼らの髪を揺らす。

「そういえばカオル。國王から人工寶が下賜されたぞ。今回の任務で使っておけとのことだ」

「徹底するの早いな……」

フィリスの口調に戸いつつも、彼から差し出された人工寶とやらをけ取るディーネ。

「なんだこいつは? 腕? それにしてはデカいけども」

彼に手渡されたのは、やや大きめのゴテゴテとした裝置である。腕に取り付ける為のアタッチメントが付いており、裝置本もなにやら可ギミックが仕込まれているようだ。

「腕に取り付けて作することで、専用の鎧をに纏うことが出來るだ。一定の戦力を発揮することが出來るが、逆に言えばそれだけしか出來ない。一定の戦力まで下げるためのリミッターだと思ってくれていい」

「なんだよそれ。無用の長じゃねぇか。いらねぇって突っ返しといてくれ」

「國王様からの伝言で『使わなかった場合は給料を減らす』とのこと」

「わー寶を貰えてうれしいなぁ!!」

ややヤケクソ気味にぶディーネ。

「そして追加で伝言。『壺の分は給料から天引きしとく』だと」

「イヤー!! 俺の生活費がぁ!!」

今度は頭を抱えて馬車をゴロゴロと転げ回る。まさに稽だ。

馬車の揺れが車外にも伝わったのか、馬は落ち著かない様子で嘶く。ってい者―彼も暗部の一員だ―は、人知れずため息をついた。

「はぁ……こんなんでやっていけるのかねぇ?」

見上げた空は、どこまでも青かった。

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