《勇者なんて怖くない!!~暗殺者が勇者になった場合~》第十六話

 決闘は呆気なく終わった。そもそも結果の見えていた戦いを戦いと呼んでも良いのかと思わなくはないが、決闘は決闘だ。例えディーネが剣圧で宇野の魔法を凪ぎ払った時、既に彼が戦意を失っていたとしても立派な決闘である。

「き、恭介さんが!」

「しっかりしてください恭介さん!」

 ……そう。例え彼が恐怖に歪み白目を剝いた、とても立派とは言い難い姿を曬していても。

 三歳児くらいなら泣き出しそうな、中々に衝撃的な表をしているが、それでも取り巻き達が幻滅せずに彼を介抱したのは果たして求心力の表れか。

 ディーネはそんな彼らを目に、鎧を解除し練兵場の出口へと歩を進める。決闘が終わったならばこんな場所に用はない。関わってこないという契約の履行も、あの様子を見ればしっかりと果たされる事だろう。というより契約がなくても関わってこないだろうと思えるほどの怯え方であったが。

「ま、待ってくれカオル殿!!」

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「……ああメリエルさん。どうしたんですか?」

 慌てた様子でメリエルに呼び止められるディーネ。何時もの笑みを浮かべ、彼へと振り返る。

◆◇◆

ディーネがメリエルへと振り返る。彼の笑みを見た瞬間、メリエルはどこかゾッとした気持ちに襲われた。

なぜそこまで笑っていられるのか? なぜこの戦いをなんでもなかったかのように振る舞えるのだろうか? なぜ彼はここまで強くなったのだろうか?

……本當に彼は『カオル』なのだろうか?

そんな思考が頭を過ぎってしまえば、もう平靜ではいられない。彼は懸命に言葉を絞り出そうとするが、口かられ出たのは要領を得ない文字の羅列だった。

「……あ、えっと、その、だな……」

「? もしかして僕が勝ったのが意外って事ですか? ひどいですよメリエルさん!!」

「いや、そうじゃなくてだな」

メリエルが口ごもっている所を、ディーネは無理やり明るい『薫』の演技で押し通す。そんな彼の泣きっ面に蜂、傍にいた水樹の追撃が襲いかかった。

「あーら、騎士様は勝利を信じることもできなかったんですか? 全く、人が悪いですねぇ」

「なっ!? それはミズキ殿も同じだろう!! 昨日なぞ頻りに『薫大丈夫かなぁ』と連呼していた癖に!!」

「ちょ、それは言わない約束だったじゃない!! それを言うならメリエル、アンタも今日までに『カオル殿が心配だぁ』って三十回は言ってたわよ!!」

「ええい、拠のないことを言うな!! ミズキ殿もそのセリフを口にするのは四十を超えているぞ!!」

「ちょっと鯖読むんじゃないわよ!! せいぜい三十七回よ!!」

「その差に意味はあるのか!?」

そうして始まったいつも・・・のやり取り。碌でもない自らの思考を引きずり戻してくれた事に、いつもは水樹への罵倒を心でも続けるところなのだが、今回ばかりは謝をするメリエルだった。

もっとも、それは喧嘩をしている手前、おくびにも出すことはなかったが。

◆◇◆

再び騒ぎ始めた陣。このようなの諍いに割ってったところで碌なことはない。ディーネは経験則からそう判斷すると、肩を竦めて戦火から逃れるように三歩ほど後ろへと後退した。世界でも有數の実力者すら避けて通る、げに強きはの怒りということか。

(……さて、あの騎士のの対応だが)

ディーネは顎に手を當て、先ほどのメリエルの対応について考えを巡らせる。

あの明らかに普段とは違った対応。自分を見て傍目にもわかるほど揺していた。しかもあのカオル大好き人間である彼が、である。一度顔を合わせれば心どころかまで開いてきそうな彼が、である。

もしや自分のことがバレたかとも考えたが、すぐにそれを否定する。正を現すような決定的なボロは出した覚えがない。萬が一に変裝していることがバレているとしても、それを指摘せずに流すというのも考えにくい。このように人が大勢いる場所な、糾弾に適している場所ならなおさらだ。

考えられる要因としては、『薫』の急激な変化だろうか。今まで弱いと思われていた人が、その隠されていた牙を現す。小説ではよくある話だが、実際に目の當たりにするのとでは訳が違うのだ。その急激な変化に自らの知っている『薫』の姿を重ねられなくなり、一瞬戸ってしまった。こんなところであろうか。

(……いや、本當にこれだけか?)

ディーネは最悪の場合を想定する。自らの正は気づかれていない。それだけは暗部としての、帝國の『五剣』としての自信をもって斷言できる。

だが、人間の直というものは案外無視できない。メリエルが見た自分の背中に、『薫』以外の存在が映り込んでいたとしたら―?

(……まあいい。とにかくここまでの勇者の報をまとめ上げ、報告書を書いておかないとな)

自らに課された報告という任務に辟易とするディーネ。面倒ではあるが、これで飯を食っている以上無下にも出來ない。とりあえず彼は目の前のキャットファイトに発展しつつある戦いを、いつ終わるのかと遠い目をしつつ眺めることに専念することにした。

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